「CSR(企業の社会的責任)の次はCPR(企業の政治的責任)!?」─そう銘打たれたイベントが1月、都内で開かれた。主催者は、スタートアップの支援をする企業「マカイラ」だ。ロビー活動やPR、キャンペーンなどで政府や世論に働きかける活動を助けている。
IT系のスタートアップは、民泊やライドシェアなど事業をする上で規制緩和が必要なことがある。個人情報などにもかかわる場合は世論の理解も必須で、新しい政策作りやルール形成が必要なことが多い。
藤井宏一郎代表は、新しいビジネスを生み出すため、こうしたスタートアップの声を届ける支援をしてきた、と説明した上で、こう語った。
「既得権益や世の中を変えないようにする人ではなく、社会変革やイノベーションを起こしたい人の小さな声を届けたいと思ってきた」
IT業界が興隆するなかで、IT企業のロビー活動も激しくなった。欧米各国でロビー活動に費やされた額を見ると、昨今では、GAFAなど大手IT企業名が上位に並び、「やりすぎている」という批判も出るほどになった。
民主主義ゆがめないカギ 透明性の担保
ロビー活動は本来、だれもが公共的な政策について有益な情報を届けて、政策策定につなげられる仕組みだ。ロビイストも企業の人間だけでなく、NGOや消費者団体など幅広い。ただ政治献金など、金銭の授受を伴うこともあり、それが過度に行われる場合には、利益誘導につながりかねない側面もある。民主主義がゆがめられないようにするカギは、透明性の担保といわれる。
OECD(経済協力開発機構)の調べによれば、2023年の段階で、主要7カ国(G7)のうち、日本以外ではロビー活動の規制があり、加盟29カ国中12カ国は、監督組織を設置している。
このうち10カ国はロビイストの名前とロビー先、具体的なロビー活動内容も登録が必要だ。3カ国は、資金の予算と支出、さらにどのような政策が対象かも明記することになっている。また29カ国中10カ国が、活動の透明性に違反があった場合は制裁を科す仕組みがある。
OECDによれば、ロビー活動の規制は米国では1940年代からあったが、OECDが2010年に「ロビー活動の透明性や公正性にかかわる原則」について理事会勧告を出してから、英国やイタリアなどにも規制が広がりだした。
日本でも古くから「鉄のトライアングル」といわれるような政官財の癒着構造を示したり、金融機関で監督官庁の大蔵省(現・財務省)を担当する人を「MOF担」と呼んだりする言葉もある。今も企業では渉外担当、スタートアップでは公共政策担当がロビー活動をしている実態はある。
ただ規制がないため、ロビイストの定義も定まらず、人数や費やされた金額などの実態も把握されていない。政治とカネが問題になっても、もう一方の当事者である企業のロビー活動を見えるようにするべきだとの声は高まっていない。
この日のイベントでは、登壇者の元衆院議員が、ロビイストら数十人が集まった会場で、「ロビー活動の情報が表に出ることになっても議員を訪問するか」と問うと、ほとんど手を上げなかった。
ある男性は「議論が固まるまではオープンにされたくない」「どの議員からまわったかが表に出るとやりづらい」と本音を打ち明けた。元議員も「仮想通貨の企業がルール作りを求めて、政治家のところに行けば、金融庁から『お前何の話に行った』と言われる」と応じ、ルール作りの議論が進まない理由の一端が垣間見えた。
もう一人の登壇者で、企業の政治的な責任を包括的に評価することに取り組むNGOを作った仏HEC経営大学院教授のアルベルト・アレマノは「ロビー活動が可視化されなければ、政策形成で、一定の力がある人の影響力のみが反映され、消費者団体やNPO、市民の声が十分に聞かれない可能性もある。日本でもルール作りは必要ではないか」と話した。
欧州でも、ルールがあっても問題は生じている。それでも透明化する重要性が共有されることで、社会のさまざまな立場の人が声をあげられる仕組みづくりにつながっている。
競争環境整わず 経済発展もそがれる可能性
ロビー活動の状況が見えなければ企業の競争力がそがれ、経済全体の成長につながらない懸念もある。一定の産業や企業の影響力が強まり、十分な競争環境が整わず、その中でそれぞれの取り分を増やそうとばかりしかねないためだ。東京大の渡辺安虎教授は「個々のロビー活動の善しあしの判断は難しいが、ロビー活動の透明化に消極的な姿勢は利益誘導だと思われかねない」と指摘する。
とはいえ、効果的な規制作りには時間がかかる。東京財団政策研究所の岸本充生研究主幹は、まずはたとえば企業のCSRリポートに政治活動も記入することなどを提起した上で「公表した方が信頼性が高まって得であるという流れをつくることも重要だ」と話した。