「透明な球体の中に濃い灰色か黒色の立方体がある物体が、先導機の50フィート(15メートル)以内に接近した」
米軍の元パイロットがえたいの知れない物体との遭遇体験を生々しく語った。2023年7月。米議会の公聴会での証言だ。
ライアン・グレイブス氏は2014年、米東海岸バージニアビーチに駐留する海軍の第11戦闘飛行隊、通称「レッド・リッパーズ」のパイロットだった。
沖合での訓練中、まずは赤外線システムで、そして最終的には目視でこの物体が確認されたのだという。
議会が未確認飛行物体(UFO)に関する公聴会を開く背景にあるのは、急速に高まった世論のUFOに対する関心だ。
発端は2017年、米紙ニューヨーク・タイムズが「米国防総省が2007~2012年にUFOの調査をしていた」と報道したことだ。プロジェクト終了後も調査自体は続いていると指摘した。
2020年には、海軍の航空機が撮影し、UFOである可能性が取り沙汰されていた謎の飛行物体の映像を、国防総省が初めて公式に公開。物体の正体は「わからないまま」とした。
その後、同省にUFO担当部署が新設された。米情報機関の2021年の報告書では宇宙人の証拠は見つからなかった一方、いったい何なのか説明できない目撃情報も多く残り、米航空宇宙局(NASA)がUFOについて調べる研究チームの創設につながった。公聴会の開催も、議員たちから透明性を求める声の高まりがあったためだ。
「安全保障か科学の問題」
グレイブス氏らの目撃情報は、本当に宇宙人がいるのかという興味本位の関心もさることながら、もし米軍が把握していない軍事技術が存在していたら安全保障上の脅威になるという点も相まって注目された。グレイブス氏は元軍人らしく、こんな懸念を表明した。
「敵、味方を識別することは、我々にとって非常に重要だ。未確認のターゲットがあるにもかかわらず、無視し続ければ敵が付け入る隙となる」
そして、グレイブス氏はこう主張した。「外国の無人機に見えるなら、緊急の国家安全保障問題だ。そうでないなら、それは(地球外に知的生命体がいるかどうかという)科学の問題だ」
議論をさらに過熱させる要因もあった。国防総省は何かを知っているのに隠しているのではないか─。そんな疑惑だ。
この公聴会では、米情報機関での勤務経験があり、内部告発者となったデイビッド・グルシュ氏も証言した。
グルシュ氏は、情報機関で働いていたとき、米政府が極秘で宇宙船を回収しているという話を複数の政府関係者から集めたと主張している。
公聴会では、「機密情報でこの場では言えない」と詳細を明らかにしない場面も多かったが、国防総省がプロジェクトを秘密にし続けているとして疑問を投げかけ、情報公開のあり方を問うた。
米政府は「UFO」ではなく、「未確認異常現象(UAP)」と呼ぶ。この問題がここまで安全保障や情報公開と複雑に絡み合う原因の一つが、米軍が極秘に開発している軍事兵器や、他国の政府が試した極超音速(ハイパーソニック)兵器を米軍パイロットがたまたま見た可能性も否定できないことだ。
もしそうだとしても、米軍は敵国に自国の軍事力や偵察力を知らせることになってしまうため、認めるわけにはいかないという事情がある。だが、米国でUFOへの関心が高まり、議会を巻き込んだ騒動に発展するのは初めてのことではない。
1950年前後には、ニューメキシコ州ロズウェル近郊にUFOが墜落し、宇宙人の死体を回収したとされた「ロズウェル事件」などがあって「UFO目撃事件」が大々的に報道され、市民の関心が急上昇した。
結論は出たものの……
米空軍は20年弱をかけて「プロジェクト・ブルーブック」でUFOを調べ、1966年には議会も公聴会を開いた。結局、「さらなる調査は必要ない」とした1969年の「コンドン報告」を経て、プロジェクト・ブルーブックも終焉(しゅうえん)を迎えた。
国防総省は今年3月、数々の疑問や関心に応える形で、1945年以降の米政府の機密プログラムの包括的な検証結果を公表し、UFOが地球外知的生命体に由来すると確認した証拠はないと結論づけた。
ただ、その報告書のなかでは、UFOを回収して機能の復元を試みる計画が米政府内に提案され、2012年に却下されていたことも明らかになった。
直近の事象の検証は別途報告される予定で、米国のUFO騒動が収まるのか、見えていない。