岸田文雄首相は「国家安全保障戦略(NSS)」など安保関連3文書の年末までの改定を目指している。NSSは2013年にできたが、中国の軍事力拡大など安全保障環境が大きく変わったため、根本的な見直しが必要だという声が強い。日本政府関係者によれば、7日に発表した2プラス2共同文書は、新しいNSSの方向性を踏まえながら作成された。
その象徴が、共同文書の「国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意」という表現で、焦点の一つが、「敵基地攻撃能力」だ。しかし池田氏は「今、日本が置かれている状況は非常に厳しい。敵基地攻撃能力を認めれば全てが解決するわけではない」と語る。
北朝鮮や中国はそれぞれ1千発以上の弾道ミサイルを保有し、移動発射台も備えている。日米の情報資産を総動員しても、すべてのミサイル発射を事前に探知できるとは限らない。敵基地攻撃能力があれば日本の安全を確保できる、とは言いがたい。
昨年11月、ある政策提言が世に出た。折木良一元統合幕僚長が主宰し、池田氏も参加した国家安全保障戦略研究会が、国家安全保障戦略の見直しに向けてつくったものだ。
提言は、「直接、脅威が及ぶことを防止し、脅威が及ぶ場合にはこれを排除する」という従来の抑止構想では、対応しきれなくなりつつあると警鐘を鳴らしている。河野克俊前統合幕僚長は著書『統合幕僚長』で「ゴールキーパーだけでは百%試合に勝てない。攻撃しなければ戦いに勝てないのは常識だ」と説く。
安保専門家の間では、専守防衛の意味について「日本を攻撃する敵の拠点を破壊することも認めるべきだ」「敵の攻撃と同じ規模の報復を行う態勢をつくって、攻撃を思いとどまらせるべきだ」という意見が相次いでいる。池田氏らの政策提言も「反撃能力についても抑止力の一部として、保有することを前提とした政策策定を急ぐべきである」としている。
また、共同文書は「日米は、米国の拡大抑止が信頼でき、強靱なものであり続けることを確保することの決定的な重要性を確認した」と説明した。ただ池田氏によれば、核問題に関わる米研究者らは、米国による「核の傘」が機能するかどうかは米政権の性格や、米国を取り巻く情勢によって左右されると証言している。
バイデン政権は、核兵器による攻撃を受けない限り核兵器を使わない「核の先制不使用」宣言を検討しているとされ、池田氏は「バイデン政権に拡大抑止を確認する必要があった」と語る一方、「ただ、米国に念を押すばかりで、果たして核の傘が本当に機能するだろうか」とも語る。
北朝鮮は2017年11月、米国東海岸に到達できる大陸間弾道ミサイルの発射実験に成功した。米国防総省は昨年11月、中国の核弾頭数が2030年までに千発になるとする報告書を発表した。米国に対する核攻撃の危険が高まるほど、米国が日本のために核攻撃に踏み切る可能性が低くなるように見える。
池田氏によれば、米国とロシアは数十年にわたる核軍縮協議の経験がある。池田氏は「米国は中国とも、多国間のみならず2国間の核軍縮協議の機会を何とかつくりたいと考えているが、中国が拒否している」と説明。核兵器を巡る日本の安全保障環境は非常に不安定になっているとの見方を示す。
そのうえで、池田氏らの提言書は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という「非核三原則」について「三原則を遵守するだけで、国の安全を全うできる状況ではなくなりつつある」とする。韓国でも、野党大統領候補の尹錫悦前検事総長が、1990年代に韓国から撤去した米戦術核の再配備を選挙公約にしている。
池田氏は「米国の拡大抑止を信頼できるものにするためには、日本が積極的に議論する姿勢を示すことが必要だ」と語る。「日本の核兵器保有を強く警戒する欧米諸国の心理をうまく使うようなしたたかさも必要だ。お願いしているだけでは、米国の核の傘は機能しないかもしれない」
池田氏は「あらゆる選択肢」という表現について「日米が、通常兵器に加え、サイバーや宇宙、電磁波といった新領域、核兵器も含めて連携して対応するという意味だろう」と語る。
また、共同文書は「(日米は)同盟の役割・任務・能力の進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎した」と伝えた。日米防衛協力の指針(ガイドライン)は「日米両政府は、平時において、日本の平和及び安全に関連する緊急事態について、おのおのの政府の関係機関を含む改良された共同計画策定メカニズム(BPM:Bilateral Planning Mechanism)を通じ、共同計画の策定を行う」としている。日米関係筋によれば、台湾有事も含め、非公式の意見交換は既に始まっている。
池田氏は「台湾有事がどの事態にあたるかという政治決断とは別に、日米の間でそれぞれ何ができるかを検討しているはずだ」と語る。同時に、「国家安全保障局や官邸と連携し、早めに政治決断をしてもらえるよう調整も行っているだろう」と話す。
さらに、共同文書は「日米の施設の共同使用を増加させることにコミットした」と明記した。中国が脅威と捉える在日米空軍や米海兵隊は三沢、横田、岩国、嘉手納に集中している。米軍は中国の弾道ミサイルの脅威を弱めるため、航空機やヘリを自衛隊の基地や民間空港などに分散配備させたい意向を持っているとされる。
ただ、航空自衛隊基地で航空機を攻撃から守る掩体壕があるのは、千歳、三沢、小松の各基地程度にとどまっている。自衛隊元幹部によれば、冷戦時代にソ連軍の爆撃を避けるため、北日本から順番に掩体壕の建設を始めたが、防衛費が足りず、不十分な状態が続いているという。宇宙やサイバー、電磁波といった新領域の対応も含め、防衛費の更なる増額は避けられない情勢だ。
日本は1976年、三木武夫内閣が「防衛費はGNP(国民総生産)比で1%を超えない」と閣議決定し、GDP比で1%以内に防衛費をおおむね収めてきた。他方、北大西洋条約機構(NATO)は2024年までに「対GDP2%」を達成する目標を掲げる。韓国の国防費もGDP比2%を上回っている。日米両政府は7日、2022年度から26年度にかけた5年間の在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を1兆551億円とする特別協定にも署名した。
池田氏は今後の日本の防衛費の行方について「わが国の置かれた安全保障環境等を考慮すれば、防衛費は少なくともNATO加盟国並のGDP2%程度とすることが適切だ」と語る。一方で、「ただ、急激に実現しようとするとわが国の予算全体にゆがみが生まれるから、徐々に達成するしかない。NSSや防衛大綱、中期防衛整備計画の見直しで真に必要な防衛力を検討したうえで、その実現に向けて、GDP1%という枠にこだわらずに計画的に予算を充当していくべきだ」とも指摘する。
また、日米両政府は7日、共同研究や共同開発、共同生産などに関する書簡を交換した。池田氏によれば、日本では民間企業が独自に軍事機密を扱うことができず、諸外国との協力が限られてきた。池田氏は「最近の軍事技術は民間でも使えるデュアルユースが多い。今回の書簡で、政府が窓口になり、官民が一体になった日米協力が可能になった」と語る。
一方、池田氏は「私たちが提言書をつくったのも、国民に現在の安全保障環境がいかに厳しいかを理解して欲しかったからだ」と語る。「今が平和だと感じれば、専守防衛や非核三原則を変えたい気持ちにはならない。国民の意識がついてこなければ、政府与党がNSSを改訂したいと考えても、中途半端にならざるをえないだろう」
安倍晋三元首相は昨年12月1日、台湾で開かれたシンポジウムにオンライン参加し、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と述べた。中国政府は激しく反発した。池田氏は「軍事的観点から見れば中国をあまり刺激せずに、しっかり日本の防衛を固めるのが良いが、発言には、日本国民の意識改革を狙う意図があったのかもしれない」と語った。