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捨てる油がお金にかわる 廃食油が航空機を飛ばすSAFに 独自アプリで家庭からも回収

World Now 更新日: 公開日:
フードコートで出た廃食油を回収するファットホープス・エナジーの作業員
フードコートで出た廃食油を回収するファットホープス・エナジーの作業員=2024年1月16日、マレーシア、松本真弥撮影

脱炭素を迫られている航空業界で、「切り札」と呼ばれているSAF(持続可能な航空燃料)。航空会社の需要が高まるなか、カギを握るのがSAFをつくる原料となる廃食油の獲得競争だ。熱を帯びるマレーシアの現場を取材した。

マレーシアの首都クアラルンプール郊外にあるショッピングセンターのフードコート。バナナの葉で三角形に包まれた郷土料理ナシレマやホットドッグなどを提供する17店舗が並び、地元客でにぎわう。

店ごとに仕切られたキッチンにいた従業員ファイズ・イムブロンさん(27)のスマートフォンにアプリの通知が届いた。「request successful(受け付け完了)」

ほどなく陽気なキャラクターの絵が描かれた小型タンクローリーが、フードコートのテラス席が並ぶ車寄せに到着した。料理に使われた廃食油が詰まったコンテナを、作業員たちが車のそばまで運ぶ。車のタンクにホースでつながった吸引器をコンテナに突っ込み、バキュームカーの要領で廃食油をタンクに移していく。作業完了の証拠として空のコンテナの写真を撮り、ものの15分で作業は終了。タンクローリーは次の店に向け、走り去っていった。

フードコートで食事をする人たち
フードコートで食事をする人たち=2024年1月16日、マレーシア、松本真弥撮影

フードコート運営会社オペレーションマネジャーのナズミ・アフェンディさん(37)は「ゴミになるはずの廃食油がお金にかわり、運営費用の一部に回せる。こんなに良いことはないね」と満足げだ。

フードコートの各店舗から出る油を集めると、月間で2、3トンにのぼる。全量を回収業者に買い取ってもらっていて、月6000~9000リンギット(約19万~28万円)の収入になるという。

捨てられていた油がなぜこれほどの金額で買い取ってもらえるのか。

回収を手がけるファットホープス・エナジー社の創業者で最高経営責任者(CEO)のビネシュ・シンハさん(35)は「回収した廃食油は石油元売り業者に販売しているが、元売りはそれをSAF(持続可能な航空燃料)などの原料にしている。SAFの需要の高まりで廃食油の量は全然足りていない。いまの100倍に回収量を増やしても、残さず売り切れる」と説明する。

廃食油の取引価格は2倍以上に 盗難や偽装も

SAF需要の高まりの背景にあるのは、航空業界の脱炭素の規制だ。国連の専門機関「国際民間航空機関(ICAO)」は国際線に対して新たな規制を導入し、今年1月から二酸化炭素(CO2)の排出量を2019年比で15%削減することを義務づけた。

対象は欧米諸国や日本など先進国が中心だが、2027年からはブラジル、中国、インドといった新興国にも拡大する。自動車のように電気や水素燃料で飛ぶ航空機はまだ実用化されておらず、これまでの機体にそのまま使えるSAFに航空各社が熱視線を注いでいる状況だ。

SAFの需要の高まりが、原材料となる廃食油の争奪戦を世界で引き起こしている。日本の全国油脂事業協同組合連合会によると、廃食油の取引市場はないため国ごとに価格の差が大きいが、現在の世界での取引価格は1トンあたり12万~18万円台に達している。2年前の2倍以上の水準だという。

高値で売れる廃食油を集めようと、日本では銀座などの繁華街で店先に置かれた廃食油入りの一斗缶が盗まれたり、海外では新品のパームオイルが廃食油として売られたりする有り様だ。

フードコートのキッチンではさまざまな料理がつくられていた
フードコートのキッチンではさまざまな料理がつくられていた=2024年1月16日、マレーシア、松本真弥撮影

そんな争奪戦の「勝ち組」ともいえるファット社。廃食油の回収網は、マレーシア国内に加えシンガポール、インドネシア、ブルネイ、タイ、フィリピンの40拠点に拡大している。回収量はコロナ禍だった2020年を除き、前年比8~10%のペースで伸ばしている。

シンハさんが事業を始めたのは2007年。「当時は廃食油なんて見向きもされなかった」。当時、自動車向けのバイオ燃料の原料は、パーム油、大豆が主流だった。廃食油の処理技術はまだ確立されておらず、既存の自動車や飛行機のエンジンに使えるかどうかもはっきりしていなかった。

テレビ番組がきっかけ 車を廃食油で走らせた

起業のきっかけは、10代のころに見た英BBCの人気テレビ番組「トップ・ギア」。自動車を使った様々な実験にチャレンジする番組で、あるとき自動車に廃食油を入れて英国内を走行する企画が放映された。それを見たシンハさんは、父親から譲ってもらった20年ものの三菱パジェロに、廃食油とディーゼル燃料を混ぜ給油すると、無事走った。不純物が原因か数日後にその車が壊れたため、濾過(ろか)技術を高めることにした。家族や友人にも頼まれるようになり、「これはビジネスになるのでは」と感じた。

英国留学から帰国後、シンハさんは友人たちと事業を始めた。自らトラックを運転して朝から街を回って廃食油を集め、夕方に戻ったあとは夜通し濾過などの処理作業にあたり、処理を終えたものを業者に売った。当初は自転車操業だったが、赤字だったのは創業1年目だけで、以降は成長を続けている。

廃食油の回収を手がけるファットホープス・エナジー社のビネシュ・シンハCEO
廃食油の回収を手がけるファットホープス・エナジー社のビネシュ・シンハCEO=2024年1月16日、マレーシア、松本真弥撮影

いま事業拡大の原動力になっているのが、自社開発のアプリだ。ファット社はマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどの店舗だけでなく、屋台や家庭からも廃食油を回収している。回収量が多い事業者からはアプリを通して回収依頼を受け付け、タンクローリーで引き取りに行く。個人事業主や家庭には、ファット社の拠点に持ってきてもらい、置いてあるタンクに自分で移してもらうが、回収量はアプリで管理する。

廃食油の買い取り価格はパーム油の市場価格と連動しているため、売る方ももらえる金額が分かりやすく納得感がある。目をつけた日系企業が、アプリシステムの提供を求め訪ねてきたこともあったという。

シンハさんは力を込める。「かつて鯨油が原料だったように、エネルギー源は置き換わっていく。人口密度の高い東南アジアでは、廃食油が重要な資源の一つだ」