なんとかしたい、二つの「分断」
――2022年から高校生を対象に、海外の社会課題を探究して将来のキャリアについて考える短期プログラム「クロスブリッジ」を始めました。その狙いは何でしょうか。
私自身の問題意識として、いま社会と世界が大きく分断してしまっていることがあります。それによって、日本や世界が大事にしてきた民主主義が危機に瀕していることが大きな課題感としてあります。(パレスチナの)ガザ地区のように、世界が敵と味方に分かれて戦うような分断も、様々なところで起きています。
その中で、なんとかできるかもしれないなと思っている身近な分断が二つあります。
一つがコロナ禍で起きた大きな分断で、日本の若い世代の人たちが海外で起きていることと分断されてしまっている感覚をすごく持っています。
社会課題の解決に対しては、よくも悪くも、いわゆる「SDGs教育」の中で一般的になってきてはいます。身近な課題に目を向けて「日本のこの問題を解決したい」という子どもたちや起業家の数は増えているんじゃないかと思うんです。けれど、紛争や貧困問題などの海外の課題を「自分ごと化」して解決しようと思っている人の数は、41歳の自分の同世代と比べても、どんどん少なくなってきている感覚があります。
理由の一つには、留学に行ったりバックパッカー旅行をしたりして、世界の現状を見て「これは何とかしなきゃいけない」と思うような経験をする機会が、コロナ禍によって減ったり、そういう経験をした先輩がいなかったりする状態が、おそらくこれからしばらく続いてしまうことがあります。
そのほかに、(国連難民高等弁務官を務めた)緒方貞子さんや(アフガニスタンなどで人道支援に尽くした医師の)中村哲さんが亡くなったりして、本当に国際協力の世界をリードしている輝かしい日本人がいなくなってしまったことで、「この人を目指して世界のために貢献したい」「世界の分断を何とかしたい」と思う人が減ってしまっている。このままだと日本から世界の社会課題をなんとかしようという動きが出なくなってしまうのではないかという危機感が強かったんです。
そこで、オンラインでも手軽に世界の課題と触れ合う機会を提供したいなと考えました。しかも、「知りましょう」ということではなく、体験として提供するということができたらいいなと思ったんです。
もう一つは、教育における機会の格差という分断です。
コロナ禍でも、経済的に恵まれている人たちには様々な探究学習のメニューが用意されていたり、留学に行き続けたりしている一方で、経済的に恵まれていない人にはそうした探究の機会が提供されていない現状があるのではと思います。これが日本の教育の大きな問題点であり、新たな分断を生んでしまうのではないかと危惧しています。
だから、もっと開かれた、グローバルな探究の場を作るということが、分断をなくして、よりフラットな世界を作って、ひいては民主主義を守るようなことにつながっていくんではないかと、そんなふうに思いました。そうした二つの分断をつなぐような取り組みが「クロスブリッジ」で、2022年から始めたところです。
高校生の「変化量」に驚く
――2022年にパイロット事業として1期目を始めてみて、どうでしたか。
生徒たちの間につながりが生まれたことと、その子たちが一歩を踏み出すきっかけになったことを、すごく実感しています。
今回、参加した学生たちからは、学校で社会課題について何か言うと「お前、意識高いな」と言われて浮いてしまうので、本当に思っていることを正面から話したり考えたりすることはなかったという声をたくさんもらいました。
そういった学生たちの声を聞くにつけ、本当に何かしたいという思いを持っている人たちがつながり合ってコミュニティーになっていくことには、とても大きな価値があるんだなと思っています。
もう一つは、こういうきっかけを高校生に提供する価値はすごくあるなと思いました。高校生は吸収力が高く、行動変容につながりやすい。1期生の学生はアメリカの大学に進学したいという話まで出て、こちら側が想像していなかった変化を見せてくれました。若い世代の「変化量」はすごいなと思いましたし、この世代に対してしっかりした球を投げれば、ものすごい勢いで彼ら彼女らが打ち返してくれるというのは、改めて実感したところです。
――プログラムでは「ピアメンタリング」も特色として打ち出していますね。ピアメンタリングとは、具体的にどのようなものですか。
社会人向けでもやっているのですが、「正解がない中で、モヤモヤしている気持ちをシェアする」ことです。このピアメンタリングを行うなかで、ひらめきや大きな一歩につながる何かが出てくるので、「一足飛びに正解までいかなくていいんだよ」という基本ルールの中で、対話を促しています。
学校教育だと、どうしても「受験」というゴールがあって、「この時間の中でここまでいく」と時間も限られているけれど、今回は課外活動でもあるので、時間的な制約もなく、正解はないということは初めから分かっている中で対話ができたことが、少なくとも学校教育の中にはないようなものだったのではと思います。
1期生の振り返りでもメンタリングが良かったという声が多く聞こえました。私たちから投げかける言葉がどうだったかというよりは、心理的安全性が担保されているからこそ、自分のどんな興味や将来の夢を語っても「それ、いいんじゃない」と認めて、勧めてくれる受容性のようなところ、安心感が良かったと言ってくれていましたね。かっこつけなくていい、何を話してもいいという環境で、信頼できる同世代や少し年上の先輩、クロスフィールズの職員と話ができるのが良かったと思います。
自分の関心ごとを率直に話せるコミュニティー作り
――全編オンラインのプログラムは参加しやすいですが、世界の社会課題を「身をもって体験した」という感覚は得られるでしょうか。
1期目を振り返ると、一番の強みは対話の時間にあったと我々は思っています。もちろん現地に行くことは大きな経験だとは思うんですが、それはおそらくこのプログラムで経験したようなことがあれば、きっとそれぞれが目指してくれるだろうなと思っています。
ですから今回は「行く」という刺激よりも「開く」ことを戦略的に選びました。安心安全の場を作り適切な刺激を与えることはオンラインでもできるし、そこは我々が突き詰めてやってきたことです。
このやり方によって、先ほど「分断」の二つ目でお話しした、現地に行くようなセッションに参加できない子たちにも門戸を開きたいと思っています。
――確かにオンラインであれば地方にいる学生たちにとっても貴重な機会になると思います。小沼さんは埼玉県出身で、神奈川県内の高校に通ったそうですが、学生時代にこうした世界の社会課題を学ぶ機会があったのでしょうか。
なかったですね。私の場合は、大学1年の時に911アメリカ同時多発テロが起きて、それまで(自分が)唯一解と思っていた西欧世界に対しての反動というかセンセーショナルなものを経験して、「何かもっと見たい」という気持ちに突き動かされて、その年の冬にバックパッカーの旅に出ました。
それでいうと、今ガザで起きていること、ウクライナで起きていることについて、「何かおかしなことが起きている」とくすぶっている人、何かをしたいと考えている人たちがいるんじゃないかなと思います。
そういう人たちに対して、クロスブリッジのような場を提供できるのはうれしいですね。たとえばガザ地区で起きていることについて、自分が考えていることを友達に話したり、学校で話したりする機会は、たぶん重すぎてなかなかないかもしれない。
でもクロスブリッジの場であれば、正面から話せるのではと思います。そういった機会があることが、すごく大きいと思っています。自分が関心を持っていることに対して、思いきり安心して話せるコミュニティーがあっていいんじゃないかなと思います。
高まる社会課題への関心
――次にソーシャルビジネスについても伺いたいのですが、その現在地についてどう感じていますか。
少し世代論になってしまうかもしれないんですけれど、社会課題に対する関心自体は、今のミレニアル世代(1980~1990年代半ば生まれ)やZ世代(1990年代後半~2000年生まれ)、あるいはα世代(2010年~2020年代半ば生まれ)は、これだけ社会課題が目につくようになったりしているので、必然的に上がっていくだろうなと思います。
一方で、もう少し上のロスジェネ世代やバブル世代は、どちらかというと、自分がどれだけ経済的に成功するか、出世できるのかに注目してきた面があると思うんです。ただ、人生が長くなってくるなかで、会社勤めのその先に、自分が人間として何をしていくのかにも目を向ける人たちが増えてきていて、お金を稼ぐ・出世をするだけで自分の人生が幸せだとか、世界はそれでいいと思わない人が増えている気がしています。
その層が今、ソーシャルセクターとつながって学んだり、自分が培ってきたもので貢献したりしたいという熱量が、世代として高まっている感覚があります。まだ一部の感度が高い人たちが動いている段階ですが、これからこういった動きは徐々に増えていくだろうなという感覚を持っています。
――クロスフィールズでは、NPOなどのソーシャルセクターに、ビジネスセクターの役員(ボード)級の人材をマッチングして協働の機会をさぐる「ボードマッチング」事業も動き出していますね。
2023年5月のボードマッチングイベントでは全部で15人のビジネスパーソンの方と、五つのソーシャルセクターの団体が「お見合い」をしまして、その中で半年間の「お付き合い期間」に進んだ人たちが累計で8人いました。そのうち数件は、役員就任や出資といった形で、今後もしっかりとした関係性に昇華していくことが視野にあります。やはり出会いがあれば、そこに新しい化学反応が起きて、何かが変わっていくんだという感覚を持っています。
今回の参加者にはベンチャー企業の方も結構いらっしゃって、若くして会社を創業して、比較的若いうちに上場までして、ある意味で経済的な面ではすでに成功を収めた人が、改めて自分のキャリアを探索する手段の一つとして見ているような気がします。
課題が解決され続ける世界をつくるには
――ロスジェネ世代や40、50代の一般の人たちが、社会課題が自分ごとだと思うには、何が必要でしょうか。
社会課題の定義はいろいろあると思うんですが、どの人も「助ける側」に回ることもあるし、「助けられる側」に回ることもあります。加害者や被害者という立場性は、レンズによって全然違うものだと思っています。
たとえばクロスブリッジのプログラムでは「ブルンジにいる人はかわいそうですね。日本にいる恵まれた我々が助けましょう」と言うかというと、まったくそうではなくて、むしろ途上国や社会課題の現場にいる人たちこそ輝いていたり、そこから学べるものがあるので、学び合いを大事にしています。
社会と自分がどうつながっているのかに気づいていく。これは40、50代の方にもお伝えしたいメッセージだと思います。「カンボジアの課題を解決してください」と言うよりは、例えば職場での問題や、自分が関わっている事業が生み出してしまっている環境負荷など、その人たちが身近な課題にまずは気づくことは、とても大事だと思います。
それで言うと、実は個人的に事業としてやりたいなと思っていることは40、50代の男性が直面している問題です。彼らがこのまま「会社人」としてだけ生きていくと、おそらく60、70代に孤独・孤立の当事者になってしまって、それが日本全体として大きな社会課題になっていくおそれがあると思っています。
その意味でも、社会とつながっていくだとか、自分の価値に気づいて、会社組織の外と接するようなことをやっていくことが、日本社会全体として、あるいはこれから高齢社会を迎える多くの国にとってものすごく大事な活動じゃないかと思っています。
そのくらいの見方をすると、何が社会課題で何が社会課題じゃないかとかではなくて、みんなそれぞれもっと世界に、社会に目を開いて、そことつながっていくってことをいろんな形に広げていけば、課題はどんどん解決され続けていくんじゃないかなと思います。
――社会課題といっても広いし、自分も包含される関係なんですね。
「これは社会課題で、これは社会課題ではない」という定義は存在せず、突き詰めると誰かが困っていることや、この問題をなんとかしたいと思う人の主観によって、課題が課題になるんだと思っています。
たぶん正解はないから、自分がこれで生きづらいなと思うようなことだとか、「あれ、なんでこんな風になってしまっているんだろう」ということを個人が表明していくということ、それから、そういったものを受け取った時に解決しようと行動を起こすことの積み重ねが、社会課題が解決され続けることの根本になってくると思うんです。
だから、あまり難しく考えずに、自分が「なんでこうなってしまったんだろう」とか、「これをなんとかしたい」という思いを持つことが大事だなと。それは自分が被害者かもしれないし、自分が課題解決の当事者かもしれないし、あるいは自分が加害者と気づいてしまうことかもしれないですけれど、そういったことについて会話をしていくことによって、社会はより良くなっていくじゃないかなと思います。