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サントリー新浪社長「株主資本主義への逆風、日本企業への追い風ではない」

World Now 更新日: 公開日:
ダボス会議に出席した、サントリーホールディングスの新浪剛史社長=スイス・ダボス

――米国の著名経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が昨年、株主資本主義からステークホルダー資本主義への移行を宣言しました。

アメリカが大きく変わろうとしているのは良いことです。持続可能性を新たなフロンティアとみて、投資を増やす流れになっている。

一方で、日本企業は今までもしっかりやってきたぞ、大丈夫だぞ、とは全く思いませんね。日本は株主に対するコミットメントが圧倒的に弱く、そこはもっとやらないといけない。余剰資金がこれだけ銀行にたまっているのをどうするのか、株主からはもっと厳しく問われるべきです。

米国のように短期的な視点でアクティビストから責められるのはいかがかと思うけれど、日本は長期で価値を高めていくにしてもマーケットで評価されている時価総額が低すぎる。会社の価値はしっかり高めないと。

世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の主会場となった会議場=スイス・ダボス

アメリカ型経営、良さと悪さ

――サントリーは「ジムビーム」「メーカーズマーク」などの著名ブランドを抱える米蒸留酒大手ビーム(現ビームサントリー)を2014年に買収しました。統合を進める中で明らかになった米国型企業経営の強さと弱さは。

収益に対するこだわりがすごく強いのは学ぶべきところです。なるべくお金も人も使わずに良い商品を作ろうとする。人数が少ない中で仕事を回すので、ムダなことをしない。5時半以降は、仕事がなければ帰ってジムにでも行く。結果を、キャッシュを生み出すために、自分の生産性を上げるプロフェッショナルなんですね。

一方、悪いのはあまりにも時間軸が短期的なところです。

工場もなるべく少ない投資でやろうとするが、短期的にはキャッシュをつくっても、長期的には問題なんですよ。良質な商品を、腰を据えてつくっていこうというのはアメリカでは難しい。ものづくりは、何年もかけて改善と向上を重ねるのが基本ですから。

アメリカの自動車産業も大変ですよね。まず時間をかけて人をじっくり育てていかないといけないのに、育てる文化がない。人は外から連れてくるものなんです。それで私たちは工場に力を入れました。

――米ケンタッキー州にあるビームのバーボン蒸留所で、作り手の話を聞いたことがあります。何代にもわたってバーボンづくりを受け継ぐ。短期的な利益とは別の価値に重きを置いていたように感じました。

サントリーホールディングス傘下の「ジムビーム」の蒸留所=米ケンタッキー州

まさにビームとの統合では、生産現場同士なら絶対に話し合いができると思い、まずそこからはじめました。すごく熱い連中が多い営業現場も、話し合いができました。その生産現場と営業現場が虐げられてきたのがアメリカの弱点ですね。

他方、(ビームの本社機能がある)シカゴはマーケティングやファイナンスが強い。MBA(経営学修士)の世界ですね。給料も高い。しかし、話し合いができない。これでは我々の求める商品をお客様に届けられない。だから現場から役員を出して、工場に投資して、これがサントリーだと思い切りやりました。ケンタッキー工場の質はだいぶ良くなっています。

――ビームのシカゴ本社から学んだものもあるのでは。

現金収支のマネジメントです。なんでサントリーはこんなに粗利が低いビジネスをやっているのかと、ずいぶん指摘を受けました。

確かにそうだなと思うこともあり、効率を上げて収益を伸ばしました。それとダイバーシティー(多様性)ですね。たとえば、女性をこの役職で使いたいとビームが言ってくる。酒の世界は比較的男性社会でしたが、それをあえて女性にしたいと。非常にうまくマネージしている。ビームの副社長クラスの2人は女性です。

サントリーホールディングス傘下の「ジムビーム」の蒸留所では、ハイボールの試飲もある=米ケンタッキー

「お金のにおい」とは一線画したい

――サントリーはビジネスで得た利益を、再投資だけでなく顧客・取引先や社会貢献にも使う「利益三分主義」を掲げてきました。「ステークホルダー資本主義」の実践なんでしょうか。

サントリーグループとして『水と生きる』を約束しています。二酸化炭素対策もいろいろやってきたので、ある意味でその通りだと思う。

ただ、ステークホルダーという言葉がついていたとしても、『キャピタリズム』(資本主義)は少し違和感がある。サントリーとしてはあまり好きではないですね。というのも、まだ『ダラーマーク』($)のニオイがするんですよ。もうけを意識した行動をしてきたのではなく、社会に愛されたいという思いでやってきた。ダラーマークとは、一線を画しているんです。

――それは非上場のオーナー企業だから可能なのですか。

サントリーホールディングスの新浪剛史社長=スイス・ダボス

もし上場していたとしても、同じ理念を貫いていると思う。鳥井信治郎がつくった創業精神があるから今がある。社会との共生は、お金もうけとは縁遠い世界でやっている。そうして愛されるからこそ、長く商売をやらせてもらえている。ステークホルダーといくら言っても、結局は銭もうけのためにやっているんだと思ってしまうが、我々は逆です。もっと広告を打って、そういうメッセージを前に出していかなければならないのかなとは思います。

――企業はビジネスで収益を上げることに集中すべきで、社会的な問題は政府が規制や予算などで対応すべきだという考え方もあります。

社会との共生については、僕は自分の強い分野ならばやるべきだと思う。我々が『水』をやっているのは、そこから恩恵を被っているから。天然水を使えば使うほど次の世代に足りなくなるので、天然水を育む活動をやっている。地球温暖化で迷惑をかけることもあり、プラスチックの使用も最小限にしている。我々の成長のため使わせてもらっているが、社会にとっての害をなくす努力をすべきだと。

ただ自分たちのビジネスと全く違う世界でやるのは、フィランソロピー(慈善活動)の財団でもつくってやればいい。それはうちもやっています。ただ企業としてフィランソロピーみたいな話をもっとやろうというのが、ダボスで起こっています。でも、施しをすればいいのでしょうか。それはたとえば(米慈善団体のビル&メリンダ・)ゲイツ財団がやるべき話で、そこまでくると行きすぎかなと思います。

――株主資本主義の見直しの流れの中で、とくに米国では経営者への高額報酬にも疑問が強まっています。

悩ましいですね。うちの子会社のビームの社長の方が、僕より圧倒的に高いからね。アメリカは高すぎると思います。キャリアが上に行くにつれ給料もどんどん上がるんですね。ただ、開拓の歴史を持つアメリカのカルチャーでは、いくら給料をもらっているかが社会的ステータスとイコールだから。これを大きく変えるのが本当にいいことなのかどうかは分かりません。また、アメリカは非常に効率的にできていて、高い給料を払えばいい人材が来るのも確かです。

CEOを現場に行かせた

――日本の経営者報酬はかつて低いと言われていたのが上昇傾向にあります。

ある程度のところまでは来たと思う。ただ日本はゲマインシャフト(共同体)だから。あまりに差をつけると生産性が一気に下がるので、僕はこんなもんでいいんじゃないのかと。CEO(最高経営責任者)は、みんなの仲間なんですよ。そことの間に分断をつくっちゃいけない。現場が大切なんです。

ビームのCEOなんてかつては現場に行かなかった。一切ね。それを行かせるようにしました。行かないとクビにするぞと。向こうとしては、現場に行くことがステータスとしてはおかしい、あまり格好よくないという感覚でした。しかしCEOが現場に行くことがサントリーの価値です。今のCEOはしょっちゅう、行きすぎるぐらい行っています。

世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の主会場=スイス・ダボス

――経営者の超高額報酬は、米国の格差問題の核心だとの意見もあります。

いかに現場との目線を近づけるか。これをやらないとおかしくなっちゃうんじゃないですか。今のままでは格差はもっと広がると思います。これだけ金利が低く、株価が高いと、ファイナンス(金融)で金持ちがさらにもうかることになります。アメリカの課題はすごく解決が難しくなります。(米民主党の大統領選候補者指名争いに出馬している、ともに左派の上院議員の)バーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンが出てくる。その気持ちは分かりますね。状況は悪くなっていると思います。

社会との共生→収益、のエコシステム

――だからといって日本企業が正しかったと安心するのは間違いだと。

やはり生産性が低いですからね。日本は前からステークホルダー資本主義をやってんだというのは間違い。キャピタリズムはやっていないな。日本企業にはキャピタリズムが足りないと思います。

――さきほど、あんまり「キャピタリズム」とは言われたくないともおっしゃっていましたが。

社会から生かされることで収益を上げているので、社会貢献はやらないといけない。一方で、もっと利益率は上げないといけません。サントリーならば利益率はだいたい11~12%なのを、世界のレベルである15%にしていく。社会に評価されているなら、収益は高くないと。社会になくてはならない、マネもされない商品をつくるということですから。

そのためには社員のモチベーションを高くしないといけない。そのためには『サントリーはいい会社ですね』と周りから言われるのがすごく重要。社会との共生は、その点でも大事で、エコシステムになっていると思います。ただもうけのためにやる、となった途端に、サステナブルには収益が上がらなくなります。

――日米の強みをうまく融合することは可能でしょうか。

その二つをアウフヘーベン(止揚)できるかどうかですね。ビームとの統合は難しいと思ったが、ビームが動いてくれたのは時代が変わっているからです。若い人たちに対してウイスキーを売り始めていて、彼らが社会との共生を求めている。次世代にボイス(発言力)が移ってきたのが大きい。(2000年代以降に成人した)ミレニアル世代が権力を持ってきた。ステークホルダーを大切に、という議論はずっと昔からやってきたが、今これだけ盛り上がっているのは、ミレニアルズが消費の中心になっているからです。

サントリーホールディングス傘下の「メーカーズマーク」の蒸留所=米ケンタッキー州

――米国のミレニアル世代が企業に大きな影響を与えている一方、日本の同世代はそこまでのパワーをまだ発揮できていません。

アメリカでミレニアルズが声を出せるのは、経済的に安定してきたから。経済がぼこぼこだと、こんな議論はできません。平和になったということもあります。中国といくらやりあっても、ミサイルの撃ち合いまではやらないと思っている。一方で、日本ではミレニアルズの声があまりない。氷河期の後で就職が難しかったことが大きい。就職がよくなったのはこの5、6年のことです。アベノミクスの成果として安倍(晋三首相)さんがよく言っているのは就職で、これはその通りかもしれない。本来はボイスをつくっていく、社会の中堅どころが非常に厳しい時代だったのは、日本にとっての課題です。