進む人類初の「浮かぶ都市」計画 海面1m上昇で大半が海の下…国の存亡かかる
ここでいま、世界で初めての「浮かぶ都市」計画が進んでいます。浮かぶ都市は、地球沸騰の時代を生き延びる切り札となるのか――。2023年末、モルディブの首都マレへ向かいました。
サンゴ環礁の内側にあるラグーン(礁湖)に、家々が立つ巨大ないかだのような基盤を浮かべ、ひだ状につなげる。都市全体が巨大な船のように浮かんでいるため、従来の埋め立て工事のように環境や生態系を破壊せず、海面上昇にも影響されないという。
ブレーン・サンゴ(大脳サンゴ)から着想を得たというデザインのこの都市は、人口約51万人の国で、1万3000戸、約4万人の住まいになる計画だ。今年5月にも着工を予定し、2028年までにまず5000戸の完成をめざしている。
「環境を破壊せずに、どう人口増加に対応し、海面上昇を乗り越えるか。私たちの答えが、浮かぶ都市計画です」
昨年末、モルディブ政府とオランダ企業による合弁会社のモルディブ事務所を訪ねると、「モルディブ・フローティング・シティー」のディレクター、イブラヒム・リヤズさん(52)が、意義を語った。
温暖化が進むと、氷床の融解や海水の熱膨張で海面上昇が起きる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、2014年までの20年間の平均水位と比べ、2100年までに最大1.01メートル上昇する恐れがある。
モルディブの人口はこの30年で倍増。中でも、同社の事務所のある首都マレ島には、人口の半分に迫る約20万人が暮らす。海岸近くまでぎっしりと住宅やビルが林立する中を、車やオートバイが縫うように走り抜ける。自然豊かな観光客向けのリゾート島とは全く異なる、世界屈指の人口過密都市が広がっていた。約2平方キロメートルの平らな島は、海抜1.5メートルほど。わずかでも海面上昇が起これば、多くの人々の住まいに影響が出ることは、容易に想像できた。
「浮かぶ都市」計画はのはじまりは、10年以上前にさかのぼる。気候危機を世界に訴えるため、2009年に潜水服で海中閣議を開いたことで知られる当時のモハメド・ナシード大統領が働きかけ、運河や海に浮かぶ建築で蓄積があるオランダの企業との技術協力が実現。波のパターンや海流など過去のデータから環境への影響の調査を重ね、計画を進めてきた。
海に浮かぶ住宅を、陸地と同じように不動産として扱えるのか。サンゴ環礁やラグーンの管理は通常、観光省の管轄だが、住宅用の開発許可はどの省庁が担うのか。登記や保険は……。
前例のないことだらけな上、2度の政権交代もあって、想定より手続きに時間がかかったものの、まもなくの着工を予定するという。
建設が予定されているのは、マレからボートで10分ほどの、緩やかな円を描く環礁に囲まれた約2平方キロメートルのラグーンだ。
まず、浅い環礁の一部を埋め立て、浮かぶ都市を守る外周の「島」をつくる。埋め立ては部分的で、海流が妨げられないように計算されている。次にラグーン内に数本の「柱」を建て、基盤が流されないように係留する。一つの基盤に十数棟の住居や店舗を建て、電気や上下水道などもこの基盤に通す。自転車や水上バスが住民の足となり、太陽光や海流を使ったゼロカーボンの都市を描く。
マレ近くの海に実物大の「浮かぶモデルハウス」があるという。港から小舟で5分ほど沖へ向かうと、係留されたクルージングボートの合間から、ポツンと浮かぶカラフルな建物が現れた。
「小さなデッキだから、少し揺れるかも。でも、本物は十数棟が一体となった大きな構造だから全く揺れませんよ」
リヤズさんの案内でデッキへ飛び移ると、予想に反して、揺れはほとんど感じなかった。路地に見立てた空間の片側に平屋と2階建ての住宅が、反対側には軒下にバーカウンターを併設した店舗タイプの平屋が立っていた。地面には白い砂が敷かれ、家の前にはカウチセット。「子どもたちが路地で遊び回り、人々が井戸端会議に花を咲かせる。モルディブの昔ながらの島の風景がモデルです」
2階建て住宅は、1階にダイニングキッチンとリビング、2階は小さな書斎と寝室2部屋。ルーフテラスになっている屋上から、海の向こうに島が見えた。首都の住宅事情を改善するため、1990年代後半からマレ島の北東に埋め立ててつくった人工島フルマーレだ。拡張工事をへて現在はマレ島の2倍の広さで、二つの島は橋で結ばれている。
島の端には団地のような建物群が見えた。「二十数階建ての公営住宅です。あれと同じ価格帯を浮かぶ都市で実現したい」。人工島の高層住宅を指さしながら、リヤズさんが意気込みを語った。2階建てタイプで25万ドル(約3700万円)ほどをめざすという。
「これまでは埋め立てで土地不足を解消してきた。だが、埋め立てによって周辺の海流などが変わり、別の海岸が侵食され、失われた分を補うためにさらに埋め立てを行い、また別の場所が浸食され……と、負の循環が生まれている。新しい方法が必要なのです」
マレから西へフェリーで10分、隣島のビリンギリは、一変して低層の住宅街とビーチが広がるのどかな住民島だ。
海岸沿いを歩くと、砂浜が波で削られ、ヤシの木が傾いて根がむき出しになっている箇所があった。海岸線が道路のそばまで迫り、土囊が積まれている。
地元の環境NGO「セーブ・ザ・ビーチ・モルディブ」の代表ハッサン・ベイベ・アフメドさん(36)によると、現状では、未知数の部分が多い温暖化の影響以上に、島内外の埋め立てによる海流の変化の影響が顕著だという。
高校生のころ、遊び場だったビーチで埋め立て計画が持ち上がり、友人たちと座り込んで抗議したのが、今日の活動につながる。べイべさんらが守ったビーチは、今も住民たちの憩いの場になっている。NGOでは、島の清掃や子ども向けの自然教室のほか、サンゴの調査や工事予定地からのサンゴの移植にも取り組む。
周辺では2016年、海水温が上昇し、広範囲にわたってサンゴが白化した。共生する植物プランクトンが抜けて白くなり、長く続くと死に至ることもある現象だ。
白砂のビーチは、サンゴからできている。この国を支える観光業も漁業も、美しい海によって成り立っている。
「私たちは海とともに生きてきた、海の民。環境を破壊しない開発が必要だ。浮かぶ都市が実現したら、理想だと思うよ」。アフメドさんはこう期待を寄せた。
世界の巨大都市の9割が海面上昇に対して脆弱だとされる中、「浮かぶ都市」への注目は高まっている。国連人間居住計画(UN-Habitat)は2021年、韓国・釜山市と米企業とともに、釜山沖に1万2000人が住む浮かぶ都市の構想を発表した。サウジアラビアで建設が進む未来都市「ネオム」でも、紅海上での計画が公表されている。