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海底火山・福徳岡ノ場の噴火で生成した軽石 沖縄に大量漂着した謎に挑む研究者たち

美ら島の国境なき科学者たち
大量の軽石が漂着した辺土名漁港=2021年10月25日、沖縄県国頭村、朝日新聞社機から、迫和義撮影
大量の軽石が漂着した辺土名漁港=2021年10月25日、沖縄県国頭村、朝日新聞社機から、迫和義撮影

沖縄科学技術大学院大学(OIST)のイミル・トゥベール准教授は2021年10月、沖縄に向かう飛行機から見えた光景に驚きました。

沖縄本島の湾や岬のあちこちに黒い物質の塊が漂っていたからです。当時はサンゴの産卵か何かと思っていましたが、あとになって約1400キロ離れた小笠原諸島の海底火山が噴火してできた軽石が流れ着いた現象であることが判明します。ニュースとしても取り上げられ、大きな注目を集めることになりました。

トゥベール博士はフランス人で、流体力学の研究者です。黒い塊の正体が判然としない段階から、その物体がどのようにして海面を移動し、沖縄にたどり着いたのかを解明したいと思いました。

2021年8月13日、小笠原諸島にある海底火山「福徳岡ノ場(ふくとくおかのば)」が噴火しました。本来なら見過ごされていたこの出来事が注目されるようになったのは、周りの海に何千万立方メートルもの軽石が吹き出し、季節風や海流の影響で大量の軽石が沖縄の海岸に流れ着いたためでした。

後にトゥベール博士は、この事象は実験室ではとうてい再現できない方法で流体力学シミュレーションを検証する自然実験となったと語っています。

海底火山「福徳岡ノ場」と沖縄県
海底火山「福徳岡ノ場」と沖縄県=GLOBE+編集部作成

軽石は2021年8月13日、小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」の噴火で生成されました。

高温高圧の岩石が環境に放出され、急激に冷えて圧力が下がることで作られます。温度と圧力の急激な変化により岩石の中に気泡が発生し、多孔質の物質ができるため、非常に軽く、水に浮くのが特徴です。

無数の軽石が固まって漂流している「軽石いかだ」は、海底火山が噴火するとよく見られる光景です。環太平洋火山帯の一角で激しい噴火が起きてもその時はわからず、のちに軽石いかだが現れることで確認されることもあります。

軽石いかだの衛星画像。灰色の帯のように伸びている
軽石いかだの衛星画像。灰色の帯のように伸びている=OIST提供

今回のケースでは、10月4日に沖縄の東にある北大東島と南大東島の海岸に軽石が漂着し始め、7日後には奄美大島周辺でも確認されました。そして10月13日。沖縄本島にも現れました。数週間のうちには、島のあちこちに巨大な軽石いかだが漂着しました。

一部の地域では港に流れ込み、船のエンジンが故障するなど、漁業や観光業に影響が出ました。

軽石いかだはいつまで留まり、その後どうなるのか――。県民の不安が募る中、トゥベール准教授は同僚の御手洗哲司准教授とともに調査に乗り出すことにしました。

2021年10月ごろに沖縄に漂着した軽石。当初は比較的大きいサイズの軽石が多かったようです
2021年10月ごろに沖縄に漂着した軽石。当初は比較的大きいサイズの軽石が多かったようです=OIST提供

◇      ◇     ◇

小笠原諸島と本州、沖縄の間には南からの海流「黒潮」が通っています。これは世界の主要な海流の一つで力強く、北太平洋亜熱帯巡回の西側部分を流れ、フィリピンから日本や中国の沿岸に暖かい海水を送り込んでいます。

小笠原諸島で生成された軽石は、いずれこの流れに巻き込まれて沖縄から北上し、日本本土に運ばれると考えられそうですが、御手洗博士の見方は違いました。

彼が注目したのは、別の海流の影響でした。黒潮の沖側に沿って、ちょうど逆方向に流れている「黒潮反流」と呼ばれるものです。黒潮ほど有名ではありませんが、軽石の現在の分布や今後の進路を考える上でとても重要な要因になると、御手洗博士は考えました。

軽石の漂流について説明する御手洗哲司准教授(左)と技術員の村田揚成さん
軽石の漂流について説明する御手洗哲司准教授(左)と技術員の村田揚成さん=OIST提供

「もちろん、北上する黒潮の流れはありますが、それよりも勢いの弱い黒潮反流の影響が大きいことはあまり知られていません」。御手洗博士がそう言うのは、彼自身が2012年に次のような実験をしていたからです。

GPSを付けたブイを沖縄の海に放ち、それがどう海面を移動するかを追跡しました。ブイは数カ月間、小さな円を描くように移動し、最終的にはほとんどのブイが沖縄の海岸に打ち上げられ、本州周辺に漂着したものはありませんでした。

一方で、軽石が沖縄に漂着した原因として、台風によって運ばれたという説を挙げる人もいました。でも、御手洗博士は懐疑的です。

なぜなら、2012年の実験では、実際に台風がブイ群の上を通過し、それによって確かにブイは一時的に大きな円を描いて移動しましたが、全体的な進路には影響がなかったからです。

台風の影響があるとすれば、軽石の粉砕が進んだことではないか、というのが御手洗、トゥベール両博士の考えです。

2人が考える軽石漂着までの経緯は次の通りです。

火山が噴火した8月、南シナ海でモンスーンが吹き荒れていました。これらの強い季節風によって軽石はまず北西に運ばれました。

ところが黒潮反流と貿易風によって軽石は南西へと進路を変え、沖縄の海岸線に漂着することになりました。その数か月後には北から冬の季節風が吹き始め、軽石は沖縄諸島に留まることになった、というわけです。

軽石は今後どうなるのでしょうか。御手洗博士は、冬の北風が夏の南風に変わる今年の6月頃まで海岸に押し寄せるか、あるいはその前に軽石が粉砕して沈むかの二つの可能性があると指摘します。このうち、後者の可能性の方が高い、と御手洗博士は考えています。

「風、波、太陽放射のすべてが影響を及ぼしますし、それ以前に軽石が砕けて沈んでしまう可能性も高いです。軽石は12月初旬に台湾に漂着し始めましたが、予想通り、かなり小さな破片であることが報告されています」

御手洗哲司准教授(右から2番目)と、彼の研究室のメンバー。左から、ポスドクのアンジェラ・アレス博士、技術員の村田揚成さん、ポスドクの山田洋輔博士、リサーチアシスタントの伊野波和美さん
御手洗哲司准教授(右から2番目)と、彼の研究室のメンバー。左から、ポスドクのアンジェラ・アレス博士、技術員の村田揚成さん、ポスドクの山田洋輔博士、リサーチアシスタントの伊野波和美さん=OIST提供

一方、トゥベール博士をはじめとするOISTの衝撃・ソリトン・乱流ユニットの研究チームは、沖縄の海岸線周辺の軽石いかだの動きを調査していますが、実はトゥベール博士は噴火が起きる約1年前から、OISTのもう一人のフランス人生物学者ヴィンセント・ラウデット教授とともにに海面にできる帯状の筋「潮目」の研究も行っていました。

ラウデット博士は、潮目は海の生物の幼生の生存に重要な役割を果たしていると考え、トゥベール博士と一緒にこの仮説を突き詰めようとしていました。そこに起きたのが、「噴火」という予想外の出来事でした。

トゥベール博士は言います。

「多くの人が軽石の影響を受けている中で申し訳ないですが、これは私の研究にとっては絶好の機会です。計画的に起こすことができない自然現象の結果を直接観察しているのですから。研究では、個々の軽石に注目するというよりも、軽石いかだがどこに移動するのかを大まかに予想することに関心を持っています」

トゥベール博士は、ウェブカメラとドローンを使って、OISTの目の前の湾を軽石いかだが移動する様子を定点記録し、軽石が集積し、周囲に分散する様子を撮影してきました。

イミル・トゥベール准教授(左)と、ともに研究を行う研究室メンバーのスティーブン・ウィンさん(中央)、ユスフ・アリさん
イミル・トゥベール准教授(左)と、ともに研究を行う研究室メンバーのスティーブン・ウィンさん(中央)、ユスフ・アリさん=OIST提供

トゥベール博士は、この映像を利用して軽石いかだの移動の大まかなシミュレーションを行いたいと考えています。

ただし、このシミュレーションは、天気予報のようにランダムで予測不可能な動きをするため、あくまで推定値を示すものであると強調し、次のように述べました。

「軽石いかだの動きは、貿易風、季節風、潮流、外洋流などの影響を受けるために非常に複雑で、大気乱流のカオス的な性質によって断片化していくため、その行方を正確に予測することは困難です」

日本からトンガ、そして世界へ

那覇市上空の機内で目撃した光景から生まれた好奇心が、今や地球上の大災害にも応用できる可能性があります。今年1月15日にポリネシアのトンガ諸島にある無人島、フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイで大規模な噴火が発生したとき、トゥベール、御手洗両博士はそう直感しました。

初期のデータによると、今回の火山噴火は1991年以来最大の規模とみられており、衝撃波が地球を2周し、太平洋と大西洋の両方で異常な波の動きが見られました。トゥベール博士はすぐに研究に取り掛かり、観測データを集め、大気波と海洋の波のシミュレーションを行いました。

トンガ諸島の無人島で起きた噴火の影響をシミュレーションした動画=OISTの関連YouTubeチャンネルより

トゥベール博士は次のように語っています。

「福徳岡ノ場の火山噴火によってもたらされたような影響がまた沖縄にもたらされることは、そうたびたびあることではないと思いますが、海底火山の噴火や、それによる軽石が陸地に漂着することは世界中でよくあることです。この研究から、これらの現象による軽石の移動、津波の発生、大気波の影響について普遍的に理解することができるようになります」

(ルシー・ディッキー  OISTメディア連携セクション)