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俳優守るインティマシーコーディネーター 日本でも養成、安心できる作品をもっと

World Now 更新日: 公開日:
インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん
インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん=松本敏之撮影

映画やテレビドラマなどのスタッフロールに、「インティマシーコーディネーター(IC)」のクレジットを見かけることが増えてきた。ICは、映画やテレビドラマなどの作品の制作現場で、ヌードやセックスシーンなどインティマシー(親密な)シーンの撮影をサポートする役割を担う。浅田智穂さんはNetflix作品『彼女』で2020年に日本初のICとして仕事を始め、是枝裕和監督の映画『怪物』やNHKドラマ『大奥』などの作品でICを務めている。ICへの需要が高まるなか、浅田さんはICの養成にも乗り出している。

脚本を細かくチェックし、俳優の安心安全な撮影をサポート

――インティマシーコーディネーターという言葉を聞くようになりました。浅田さんも多くの作品に携わっていますね。どんなお仕事ですか。

これまで40本ほどの作品に関わりました。映画、配信、NHK、民放、舞台…いろいろなところから声をかけていただいています。導入された作品はまだ多いとは言えませんが、映像業界内の認知はだいぶ広がってきていると思います。また2022年に新語流行語大賞にノミネートされたことでたくさんの人が知るようになったかと思います。

一言で言うと、映像制作に置いてヌードや性的な描写などのインティマシ―シーンを撮影するにあたって、俳優のみなさんが肉体的、精神的にも安心安全に撮影できるように、かつ監督の意向が最大限発揮できるようサポートするスタッフです。また、LGBTQのアライ(性的マイノリティの人々を理解し支援する人々)として活動することも役割の一つです。

――具体的にはどんな流れでサポートするのでしょうか。

まずは脚本を読んで、インティマシーシーンだと思う場面をチェックします。

ヌード…水着で隠れる部分の露出をヌードとしていますが、そういう露出があるシーンやキスシーンなどの場面はもちろんですし、最終的にインティマシーシーンにならなくても、確認しておきたいところもあります。

例えばお風呂から上がって髪を乾かすシーン。服を着ているのか、下着姿なのか、バスタオル一枚なのか。そういうことまで脚本に書いてないことが多いので、露出がどの程度になるのかなどを細かく聞いていきます。

キスシーンも、脚本のなかにはっきり書かれていなくても、実際には現場の雰囲気でキスシーンになることがあるんですよね。それを確認するために監督に「このシーンは、良い雰囲気までで終わるんですね、キスの可能性はないですか?」と聞きます。すると監督が「ああ、もしかしたらキスするかも…」となる場合もあります。

そうやって事前に確認しておけば、俳優たちが突然現場で言われることがなくなります。事前に聞いていれば問題なくできたことでも、撮影当日にスタッフ全員の前で聞いていなかったことを要求されたら、パワーバランスのある関係性の中でNOと言うことはとても難しいです。そのようなことが起きないように、事前確認がいかに大切かと言うことをいつも話しています。

――細かくインティマシーシーンについて監督からヒアリングした後、俳優と話し合うんですね。

はい、俳優の一人ひとりと、どこまでならOKかお話しします。日本の場合はマネジャーなどが同席することがありますが、基本は俳優と私の2人で確認します。圧力をかける可能性のあるプロデューサーや監督が同席することはありません。プレッシャーのない中で話すことが大事です。

話し合いの中で同意が得られれば問題ないですが、俳優側から「それはちょっと」となると、監督に相談し、双方が納得する描写を考えます。

その後、同意書制作のサポート、メイク部や衣装部、演出部と準備して、撮影当日を迎えます。現場では、俳優からの同意を再度確認します。共演者との許容範囲の確認もします。撮影中は俳優のケアをしつつ、露出範囲をモニターで確認したりします。

事前に同意した内容でも当日に「やっぱりできない」というのも俳優の権利です。

――監督が望むものと、俳優側の「これはOK、これはNG」というラインをすりあわせるときに、もめることはないですか?

「困ったな」というケースはゼロではないですが、最終的には、俳優が同意したことしか撮影しません。

そもそも、ICは必ず入れなければいけないとルール化されていません。制作サイドの決断から声がかかるんです。私の場合、プロデューサーから仕事の依頼が来ると、私が設定しているガイドラインを説明させていただき、一緒に守っていけるか確認します。その時点で無理だと言われて、お断りした作品もあります。

なので、ICを入れて一緒にやろうと決めた制作サイドは、俳優がしたくないことをさせるつもりはないと思います。ただ、どこまでできるかを聞きたいんです。

インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん
インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん=松本敏之撮影

ルールが決まってない日本では「お願い」ベース

――浅田さんが考えられたガイドラインがあるそうですが、それはどのようなものですか?

私が設けているガイドラインは三つあります。

まず一つは、インティマシーシーンに関しては、事前に俳優に説明して同意を得たことしかしないこと。二つ目は性器の露出がないように必ず「前貼り」をつけること。三つ目は、撮影時のクローズドセット。必要最小限のメンバーで撮影をしようということです。

――ガイドラインを作ったのはなぜですか。

もともとICの仕事はアメリカの俳優組合のルールに基づいたものなんです。アメリカだと明らかにやってはいけないというルールがあり、そのルールを破った場合にはペナルティがあります。一方で日本にはルールがそもそもないので、全て「お願い」ベースなんです。

私一人が頑張っても、スタッフやキャスト、みなさんにルールを守ってもらわないと役割が果たせないんです。そのなかでどうすれば俳優を守れるかを考えて、最低限のルールを考えました。この三つさえ守られれば、俳優の尊厳は最低限守られます。

――浅田さんはアメリカで資格を取ったと聞きました。

はい。私は2020年の春にアメリカの団体、Intimacy Professionals Association(IPA)で養成プログラムを修了し、IPA公認として活動を始めました。コロナ禍だったのでオンラインでした。ICは2017年ぐらいからアメリカで活動が活発になりました。その頃ちょうどワインスタインの事件があり、一気に需要が増えたんです。

――日本ではまだ資格を持っているICが浅田さんを含めて2人だと聞きました。

ええ、知っている限りでは2人ですね。

「どうやったらなれますか」「資格が必要ですか」「お手伝いがしたい」とたくさん聞かれるのですが、資格があればできるというより、資格を取るために勉強したことをきちんと理解してるかどうかが大事だといえますね。

――「資格があればいい」というものでもない、と。状況の違うそれぞれの現場での対応が必要でしょうしね。認定制度はどんなカリキュラムなんでしょうか。

現場での仕事の前に理解しなければいけないことがたくさんあるんです。

ジェンダーやセクシュアリティに関する知識や、人権のこと。同意を得ることの大事さ。何がハラスメントで、どういったものがトラウマになるのかなどが含まれます。とても繊細なことで、誰かを傷つけてしまう可能性がありますから。

――浅田さんは「株式会社Blanket」を設立して日本でICの養成にも乗り出すんですね。需要が増えているんでしょうか。

私はスケジュールの関係で断っている作品もありますし、2人では足りてないですね。ただ需要が増えているとはいえ、一気に大勢の方をトレーニングすることは考えていません。なので今回受講者は若干名です。3月からトレーニングが始まります。その方々がきちんと独り立ちするまでサポートして、それから第2回のトレーニングを開催しようと考えています。

人数がいなければインティマシーコーディネートが広がっていかないことは確かなので、バランスを考えながらやって行きたいと思います。

これまでは英語でしかトレーニングが受けられなかったので、日本語でやろうと。会社をつくってIPAの認定カリキュラムを日本で教えるライセンス契約をしました。そのアメリカのカリキュラムに加えて、これまでの自分の経験から見つけた、日本の撮影現場に合った方法を伝えていければと思っています。海外と日本の現場でのルールが全く違うので。

私も資格を取ってすぐは、いかにルールを守らせようかと考えがちでしたが、アメリカに合わせるのではなく日本独自の方法を考えてきました。例えばアメリカでは、同意した内容から変更がある場合「撮影の48時間前までに提示してOKをもらわなければいけない」というルールがありますが、日本ではそのようなことは難しいです。それでも変更は事前に連絡することや、俳優が必ずNOといえる状況で聞きましょう、と決めておけば、俳優を守ることができます。

インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん
インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん=松本敏之撮影

観客を裏切らないことの大切さ 制作現場での意識改革も

――そうやって俳優さんが守られていると分かれば、映画やドラマも安心して見ることができますね。#MeToo運動以降、好きな映画だったのに俳優さんが実は辛い目に遭っていた、ということが分かって、ショックを受けることがありました。

ええ、そういう声を本当に良く聞きます。

この仕事を始めたときに、俳優の方から頼ってもらえたり、監督、制作側から頼りにもらえたりしたら嬉しいなと思っていました。でも、まさか観客やファンの方からICがいてくれると安心だといわれるとは思っていなかったんです。そこはすごく嬉しかったです。逆にその方々を裏切ってはいけないなという思いが強くなりました。

実際、出演者や制作者の数よりも、見ている方の数がずっと多い訳ですよね。私の名前がICとしてクレジットされることにどれだけの重みがあるのかということを意識しています。

――視聴者の目が変わったように、ICの存在によって、制作現場での意識も変わっていくのでしょうか。

まだまでですが、同意を得ることが大切だという意識は徐々に生まれてきているのかなと思います。映像業界だけでなく、生活の中でも。

日本ではアメリカなどに比べると、同意が大切にされる文化がなかったので、そこがこの仕事をするときに苦労しているところでもあります。日本では言わなくても分かる、という考えが広く浸透していますので。

エンターテイメント業界でルールがないのは、インティマシーシーンだけの話ではなくて、長時間労働、低賃金なども同じで、なかなか改善されません。映画業界はフリーランスで仕事をしている人が多いですが、契約書が作成されることもまだまだ進んでいません。

私はエンターテイメント業界でずっと通訳をしていましたが、ICの仕事をすることになったきっかけは、Netflix 映画『彼女』の撮影前にNetflixから声をかけてもらったことでした。出演された水原希子さんがICという職業を知り、自分の作品への導入を望まれました。

オファーを受けたときには業界を知っている分、「これは難しい職業だな」と思って即答はできませんでした。確実に大変だと分かっていることを、この年齢でいまから新しくやるのかと不安もあり、1週間ぐらい悩みました。

でも、映画業界の様々な問題をどうにか改善しようと、いろんな人がずっと頑張っているのを見てきました。自分にできることはなかなかないと感じていましたが、ICの仕事を通じて、直接自分が動くことで人間の尊厳を守ることができるかもしれないと思ったんです。人間の大事な尊厳を守ることに、自分が少しでも貢献できるのではと思いました。

インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん
インティマシーコーディネーターの浅田智穂さん=松本敏之撮影

傷つけたいと思って作品をつくる人はいない

――「Blanket」では、ICのトレーニングのほかにも、LGBTQ +インクルーシブディレクターのミヤタ廉さんと一緒に活動されるそうですが、どういう活動ですか。

そもそもICの役割として、「LGBTQのアライとなる」というのがあるんです。ただこの仕事を始めた4年前は、日本でそこがピックアップされると、仕事の内容が勘違いされるかもれないという懸念があり、あまり強調しませんでした。

でも40本ほど作品に関わってきたなかには、たくさんのLGBTQのキャラクターが出てきました。ICとしてその部分もなるべくケアはしてきたつもりですが、LGBTQの属性にあてはまらない自分が、当事者としての見解を持つことができなくて、それが間違っているのか、正しい表現なのか、自信が持てなかったんです。

そんななか、去年の夏にLGBTQ+インクルーシブ・ディレクターのミヤタ廉さんとお仕事をする機会がありました。作品を守っていきたいという考え方が共通していて、一緒にやっていけたら心強いと思ったんです。

――確かにLGBTQのキャラクターが登場する作品が増えています。でも当事者から厳しい声があがることもありますね。

海外の作品を見ていると、例えば学園ものだったり、同じマンションの登場人物だったりに性的マイノリティーのキャラクターがないことがまずないぐらいになっています。

日本も少しずつ変わってきて、私たちの周りにそういう人たちがいるということを作品のなかでも描き始めているので、そこでお手伝いしていきたいと思っています。

とってつけたような表現にならないように、リアリティーをどう確保するか。あくまでもエンターテインメントですから、教科書通りに行かないこともありますが、これからますますそのようなキャラクターや作品が増えてくると思うので、正しい描き方のためにはLGBTQ+インクルーシブ・ディレクターが必要だと思います。

ミヤタさんができることはたくさんあります。脚本を読んで、LGBTQに関する表現について確認したり、話の内容として違和感がないつくりになっているかなども考えます。当事者のキャスティングを含めてできることはいろいろあると思うので、まずはご相談いただけたら嬉しいです。

いままでは見せてこなかったことを、しっかり描いていこう、でも正しい描き方が分からないと制作側も迷っているのではないでしょうか。

誰かを傷つけたいと思って作品を創っている人はいないはずなので、その気持ちを少しでもサポートできたらと思っています。