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伝統のすり身文化を世界の「SURIMI」に「海のくに・日本」理事長の白石ユリ子さん

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
「浜のかあさんと語ろう会」の後、サコ・ランシネさん(右)と肩を組んでステップを踏む
「浜のかあさんと語ろう会」の後、サコ・ランシネさん(右)と肩を組んでステップを踏む=2023年10月29日、東京都中央区、鬼室黎撮影

「すり身」文化を通じて女性の地位向上へ

2023年7月7日23時55分、白石ユリ子さんは羽田空港からエールフランス293便で夜空へ飛び立った。パリで飛行機を乗り継いで目的地であるアフリカはコートジボワールの中心都市、アビジャンを目指す。旅程は43泊45日、8月下旬までの長い滞在になる。

大きな九つの段ボール箱と七つのスーツケースを抱えた同行者を含む4人の平均年齢は75歳を超えている。2023年に90歳の誕生日を迎えた白石さんは最年長である。

コートジボワールへ出発する白石さん(右から3人目)。左から2人目は高木さん、同3人目が佐藤さん。木村さんは右端
コートジボワールへ出発する白石さん(右から3人目)。左から2人目は高木さん、同3人目が佐藤さん。木村さんは右端=2023年7月7日、東京・羽田空港、鬼室黎撮影

渡航目的の一つは、150人のコートジボワール人女性を対象に、鮮魚をすりつぶして加工する日本の伝統食「SURIMI」のワークショップを開くことだ。

日本ではなじみ深いすり身だが、コートジボワールでは加工水産物といえば燻製(くんせい)や干物が主流。すり身を使った調理方法は知られていなかった。白石さんはそこでイワシやタイのすり身を使ったさまざまなレシピを伝授している。その名も「すり身プロジェクト」。

すり身はつみれにしたり、さつまあげにしたりして魚を無駄なく使い切る日本の漁業者たちの知恵の産物だ。すり身料理を煮沸消毒した瓶に入れれば保存もできる。白石さんはすり身という食文化をアフリカに根付かせようとしている。

ワークショップで受講者たちが作った「すり身バーガー」
ワークショップで受講者たちが作った「すり身バーガー」=2023年12月5日、コートジボワール・アビジャン、「海のくに・日本」提供

機内に積まれた大荷物の中には「技術編」「マーケティング編」など現地で配布する4種類のテキストとエプロン、バンダナ、エコバッグが180セット詰まっている。どれも白石さんが理事長を務めるNPO法人「海のくに・日本」が作成したものだ。イラストが満載のフランス語のテキスト。1冊目の「精神編」はこんな見出しとともに始まる。

「すり身をつくれば、人生が変わる!」

現地の水産業を一新させるような白石さんの気持ちが波及したかのように、今ではフランス語を公用語とするコートジボワールでも「SURIMI」という言葉が使われ始めている。

教え子の一人で白石さんを母国へ呼んだ立役者でもある、コートジボワール魚類販売女性協同組合会長のクリスチアーヌ・アミ・ダゴさんは語る。「ママン白石は優雅で雄弁、豊富な知識と自己犠牲の精神を持つすばらしい人です。日本のすり身加工技術はコートジボワールの水産加工の主役になっていくことでしょう」

SURIMIワークショップのリーダーたちと。白石さんは左から2人目
SURIMIワークショップのリーダーたちと。白石さんは左から2人目=2023年11月27日、コートジボワール、「海のくに・日本」提供

アフリカへの献身は、2011年に英領ジャージー島で開かれた国際捕鯨委員会にさかのぼる。オブザーバーとして参加していた白石さんは、西アフリカ22カ国でつくる大西洋沿岸アフリカ諸国漁業協力閣僚会議(COMHAFAT)から依頼され、発足したばかりのアフリカ漁業女性ネットワーク(RAFEP)のために力を貸すことになった。

2011年にモロッコで開かれたRAFEPの会合で、すり鉢とすりこぎですり身づくりを初披露し、翌年には「すり身団子」にソースをかけて参加者に振る舞った。

会場は初めて「SURIMI」料理を味わった人々の拍手に包まれ、以来、白石さんは親しみを込めて「ママン」と呼ばれる。

あれから12年。コートジボワールに足場を築いた白石さんには一つの目標ができた。

「人間は食べ物でできている。魚食文化のありがたみと食生活の大切さを教える栄養大学をコートジボワールにつくりたい。女性たちが学べば現地での生活は向上するし、地位だって上がっていくはずよ」

ワークショップの受講者である女性の多くが内戦の影響で教育を受けておらず、読み書きが苦手な状況だと知ったからこその目標だ。「だからこのプロジェクト、あと10年は続けるわよ」

海と女性・子どもをつなげる

NPO設立以前から、白石さんは海と女性をつなげる活動を実践していた。「日本にはこんなに豊かな海があるのに、漁業を知らず、生きた魚を見たこともない子どもがいるのが悔しい。全国の浜では水揚げされた魚を女性たちが一生懸命、加工したり出荷したりしているのに」

60歳の時、勤めていた出版社を退職後に女性たちの力で魚食と生活文化を支える団体を立ち上げた。「ウーマンズフォーラム魚(WFF)」。その活動は昨年、30周年を迎えた。

世界と日本の漁業についてシンポジウムや連続講座を開くかたわら、1996年に始めた事業が「浜のかあさんと語ろう会」だ。地方の港や漁村で働く女性漁業者が100匹もの鮮魚を携えて東京の小学校を訪問し、先生役となる。児童と一緒に魚を調理する企画だ。出来上がった料理を同じテーブルで食べる頃には、お互いをぐっと身近に感じられる仕掛けになっている。

124回目となった「浜のかあさんと語ろう会」で参加者にあいさつをする白石ユリ子さん(中央)
124回目となった「浜のかあさんと語ろう会」で参加者にあいさつをする白石ユリ子さん(中央)=2023年10月29日、東京都中央区、鬼室黎撮影

「漁を見に行きたい」という児童の声から、企画は児童たちが漁村を訪ねる「海彦クラブ」や、離島を学ぶ活動「われは海の子」へと広がり、やがて参加者も多様化した。白石さんは楽しそうに話す。「子どもたちが船を見て、水揚げを見て、その家に泊まって漁師の生活を経験するわけ。本当の漁業を見るのよ」

「語ろう会」はこれまで、都内各地の小学校や公共施設で開かれてきた。活動は北海道から沖縄の与那国島に及び、WFFは全国の魚と海の豊かさ、漁業の姿を人々に伝え続けている。

2023年10月29日、124回目の語ろう会は、生産量日本一を誇る北海道産のホタテをテーマにして東京都中央区の「男女平等センター」で開かれた。調理実習では都内の消費者約50人が、北海道の頓別、ウトロ、別海の女性漁業者からホタテの殻むきを学び、同じテーブルでその甘みを味わいながら語り合った。

「浜のかあさんと語ろう会」で参加者たちと一緒に記念撮影に臨む白石さん(前列左から3人目)
「浜のかあさんと語ろう会」で参加者たちと一緒に記念撮影に臨む白石さん(前列左から3人目)=2023年10月29日、東京都中央区、鬼室黎撮影

「ぷりぷりの身になって、出荷するまで4年がかり。生産者に思いをはせて食べてください」と白石さん。かたわらでは30年来、白石と歩みをともにしてきた佐藤安紀子さんが場を切り盛りしている。会場にはNPO法人コートジボワール日本交流協会代表のサコ・ランシネさんも駆けつけた。

「浜のかあさんと語ろう会」で高木義弘さん(右)、サコ・ランシネさん(左)と談笑する白石ユリ子さん
「浜のかあさんと語ろう会」で高木義弘さん(右)、サコ・ランシネさん(左)と談笑する白石ユリ子さん=2023年10月29日、東京都中央区、鬼室黎撮影

コートジボワール大統領から勲章

白石さんの意図をくんで通訳と交渉を担当する高木義弘さんとともに、白石さんがコートジボワールで初めてワークショップを開いたのは2016年のこと。「必ず帰ってくる」と約束し2021年7月に再訪を果たした。世界はコロナ禍のさなかだったが、白石さんの気持ちは揺らがず、ハンバーグやコロッケ、スープなどのすり身料理は今ではすっかり定番メニューになった。

日本の援助によってアビジャンには調理室や託児所のある「すり身研修センター」が完成し、2023年4月には白石さんはコートジボワール大統領から農事功労勲章を贈られた。

農事功労勲章を授与される白石さん(左)
農事功労勲章を授与される白石さん(左)=2023年4月4日、コートジボワール・アビジャン、「海のくに・日本」提供

1週間のワークショップには50人以上の女性が早朝から乗り合いバスに乗って集まってくる。字を書いたことのない人や子どもを背負ってくる人も多い。

最終日に白石さんが一人一人に名前と写真入りの「卒業証書」を手渡すと、学ぶことの喜びを知った女性たちが感謝の気持ちで泣き出すことも珍しくない。「ママン白石、ありがとう」。大きな体の女性たちが次々に白石さんの小さな体を抱きしめる。白石さんももらい泣きせずにはいられない。

コートジボワール漁業省の担当者と歓談する白石さん
コートジボワール漁業省の担当者と歓談する白石さん=2024年1月12日、コートジボワール・アビジャン、「海のくに・日本」提供

2023年11月24日、白石さんは通算9度目のコートジボワールへ向かった。教え子は500人を超え、今回も大勢の女性たちがワークショップを待っている。センターの隣には女性と子どもを対象にした「識字教育センター」も建つ予定だ。2024年の元旦もコートジボワールで迎えた。

同行して活動を支える木村恵子さんは言う。「栄養大学の10年計画、聞いたでしょ。あれ、白石さんは本気よ」