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中国の「頭脳流出」再び増加中 収入減っても国外へ 多くが指摘したそのきっかけとは

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
テクノロジーの専門家ら、中国の最も優れた人材が海外に流出している
テクノロジーの専門家ら、中国の最も優れた人材が海外に流出している。だが、多くは米国には向かわない。その理由を彼らに聞いてみた=Xinmei Liu/©The New York Times

彼らは中国や西側諸国の最高レベルの大学に通った。北京、上海、深圳で中産階級の生活を送り、米国とのテクノロジー競争の中核を担う中国企業で働いていた。

現在、彼らは北米、欧州、日本、オーストラリアをはじめ各地の先進国に暮らし、仕事をしている。

若者から起業家まで、中国人は政治的な抑圧や経済的展望の暗さ、そしてしばしば過酷な労働慣行から逃げ出すことで自分たちの思いを表明している。テクノロジーの専門家など高学歴で中産階層に属す中国人たちの国外脱出が増え続けているのだ。

「私が中国を去ったのは、社会や政治の環境が嫌だったから」とチェン・リアンシー(36)は言う。2020年初頭に国を出るまでは、中国の二大テクノロジー企業の百度(バイドゥ)と阿里巴巴(アリババ)の人工知能プロジェクトに携わっていた。

彼は、中国が2018年に国家主席の在任制限を撤廃して、最高指導者の習近平が権力の座に無期限にとどまることが可能になったことをきっかけに、国外脱出を決断した。

「民主化されるまで、そして人びとが何も恐れることなく暮らせるようになるまで、中国に戻るつもりはない」とチェンは言う。現在はロンドンにおり、テクノロジー企業Meta(メタ)で働いている。

記者は、チェンら専門職の中国人14人にインタビューし、加えて数十人とメッセージをやりとりして、なぜ生活基盤をそっくり移そうと決断したのか、どのように外国でやり直しを図ったかについて尋ねた。彼らの多くが中国のハイテク産業で働いていたことに驚かされた。高給がもらえるからだ。

だが、記者が最も驚いたのは、彼らの大半が米国以外の国に移住したことだ。中国は頭脳流出問題に直面しているが、米国はそれをうまく取り込んでいない。

中国がまだ貧しかった1980年代や1990年代、中国の最も優秀な人材は西側諸国で学び、働き、そしてその地にとどまろうとした。国連の調べによると、中国人移民のピークは1992年で、87万人超が国を後にした。

その数は2012年には約12万5千人に減少した。中国が貧困から抜け出してテクノロジー大国になり、世界第2位の経済大国になったからだ。

中国政府は、(海外に出ていた)科学者その他の熟練した人材を呼び戻すために奨励策を打ち出し、国内に引き留めておこうと尽力した。中国教育省によると、2016年には留学生の80%以上が帰国した。比率は、20年前の約25%と比べるとかなりの上昇だった。

この流れは逆転した。国連のデータによると、2022年にはパスポートの発行や渡航の制限があったにもかかわらず、実質31万人余りが海外に移住した。今年は3カ月を残して、移住者数はすでに2022年全体と同じレベルに達した。

記者が取材したうち、かなりの数の人がチェンのように、中国が憲法を改定して習近平の事実上の終身統治が可能になった後、国外に出ることを考え始めたと語った。新型コロナウイルス流行による3年近くにわたる継続的なロックダウン、大規模な感染検査、隔離を伴う「ゼロコロナ」政策が最後の一押しになった。

記者がインタビューした人のほとんどは、(記事には)姓だけを使うよう求めた。政府の報復を恐れてのことだ。

その一人、フーは海外移住を決意した時、中国南西部にある国営の防衛技術企業でエンジニアとして働いていた。憲法改定後、彼と同僚は仕事よりも政治学習集会への参加に時間を多くとられ、残業を余儀なくされていると感じた。

習近平が恐怖とプロパガンダによる支配を強めるにつれ、社会的・政治的な雰囲気がぴりぴりとし、息苦しくなっていった。フーは、パンデミックに対する厳格な統制に反対だったので、必要だとする両親と口論になり、それをきっかけに関係が疎遠になったと言う。

彼は、誰ともめったに話すことなく、政治的な引きこもり生活を送った。昨年末に仕事を辞め、カナダの就労ビザを申請した。現在、彼と妻はカナダのアルバータ州カルガリーに向かっている。

記者が話を聞いた中国人移民の大半は、移住先に米国を選ばなかった理由について、ビザや永住権の申請プロセスが複雑で見通しが立たないことを挙げた。

米国が中国人に発給する学生ビザは長年、将来有望な移住者の出発点だったが、その発給数は米中関係の悪化に伴い2016年から減少し始めた。

2023年は前半の6カ月間で、英国は中国人に10万件以上の学生ビザを発給したのに対し、米国が発給したF1ビザ(訳注=一般的な学生ビザで、米国内の認定大学や私立高が主な対象)はざっと6万5千件だった。

フーは、米国の対中制裁リストに載っている大学で学び、国防企業に勤務していた。その経歴が米政府の保安審査手続きをパスすることを難しくさせるので、米国移住は考えに入れなかったと言う。だが、最終的には憧れの国、米国で働きたいと思っている。

テクノロジーの専門家のなかには、より充実した社会保障やワーク・ライフ・バランス、さらには銃規制を理由に、米国ではなくカナダや欧州諸国を移住先に選んだという人もいる。

チャン(27)は2022年7月に移住を決意した際、移住先をリストアップしてみた。カナダ、ニュージーランド、ドイツ、北欧諸国だ。米国は入れなかった。就労ビザを取得するのが非常に難しいことを知っていたからだ。

コンピュータープログラマーのチャンは、米シリコンバレーのあくせく働くハッスルカルチャーが中国の過酷な労働環境とあまりにも似ていると感じていた。彼女は深圳でトップのテクノロジー企業で5年間、長時間労働をした後、辞めたのだ。

女性がもっと平等に扱われる国も探した。今年、ノルウェーに移住した。そこで3年間納税し、語学の試験に合格したら、永住権を取得できる。

チャンは、ノルウェーでの収入が深圳で働いていた時よりも約2万ドル安くても気にしないし、税金や生活費が高くてもかまわないと言っていた。仕事は午後4時に終えることができ、仕事以外の生活を楽しめる。

35歳になっても、雇用の継続には高年齢すぎるとみなされる心配はない。35歳の壁は、多くの中国人が経験する差別の一つだ。政府が、個人の人生を一変させる「ゼロコロナ」のような政策を打ち出すのではないかと、いつもおびえながら暮らす必要もない。

記者が話を聞いたテクノロジーの専門家のほとんどは、移住したことで収入が減った。「自由の対価を払っているような気がする」とチョウは言う。

彼は、米国で教育を受けて北京の自動運転のスタートアップ企業で働いていたが、辞めた。現在、西欧の自動車会社に勤務している。「そうするだけの価値がある」と彼は言っている。

もう1人の移住者チャオは、米国への長くてつらかった旅路について語った。

中国東部の山東省の寒村で育ち、5年前、工学博士号を取得するため米国に渡った。当初は、今年後半に修了したら帰国するつもりだった。米国と違って、中国は隆盛に向かっていると信じていたのだ。

しかしチャオは、中国のパンデミックへの対応を知り、自分の信念に疑問を抱き始めた。

「すべてがウソの上に成り立っている国には戻れない」と彼は言った。

だが、米国にとどまるのは容易ではないだろう。チャオは就職の内定をもらっており、「STEM」(訳注=科学〈S〉、技術〈T〉、工学〈E〉、数学〈M〉の四つの教育分野の総称)の卒業生として科学か工学の分野で一時雇用の資格を得られるだろう。期限は3年間だ。

この間に、H-1Bビザ(訳注=専門技術者として米国で一時的に就労する人を対象にしたビザ)の抽選に参加するつもりである。彼は計算してみた。3年間の期限切れまで、抽選にはずれ続ける可能性は40%だ。米国に滞在し続けるために学校に通い直すか、会社に海外ポストへの派遣を頼む必要があるかもしれない。

「私は時々、夜にこのことを考えると、人生はみじめさと不安に満ちていると感じる」とチャオ。「そんな時は眠れない」と話していた。(抄訳)

(Li Yuan)©2023 The New York Times

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