先日、埼玉県の自民党県議団が、小学校3年生以下の子どもだけで公園で遊ばせたり留守番させたりすることを「子どもを放置する虐待行為」とみなして禁止する、いわゆる「留守番禁止条例案」(正式には埼玉県虐待禁止条例改正案)を県議会に提出したところ、保護者などから「子育てをしている人の立場を理解していない」「現実的ではない」という声が多数上がりました。
母親のみが育児を担うことも多い「ワンオペ育児」の家庭が少なくない日本では「子どもを一人で行動させることに制限をかけられるようでは日々の生活に支障をきたす」という声が多くあります。
この条例改正案は波紋を呼び、今回、県議団は取り下げを決めました。ただ日本と海外では「保護者による子どもの監護」に関する考え方に違いもあるようです。
「子どもは未熟な存在」と考え、大人が監護義務を負うドイツ
筆者は昔よく日本テレビの番組「はじめてのおつかい」を見ていました。独特のナレーション、そして近所の人たちに見守られながら子どもが買い物するという「ほのぼの」とした雰囲気が好きでした。
同時に筆者が育ったドイツとのギャップも強く感じました。
ドイツでは昔からAufsichtspflicht(監護義務)という言葉を日常生活でもよく使います。「子どもが自分自身や他人に対して危険な行為をしないための責任は大人にある」という共通認識があるため、基本的に子どもが幼稚園や学校に通っている以外の時間帯については保護者が監護義務を負います。
「親が何々をしたら罰金を払わなければならない」といった具体的な罰則規定はないものの、ドイツの社団法人「子育てアドバイスに関するドイツの相談所」(Bundeskonferenz für Erziehungsberatung)では「4歳から7歳までは、30分以上一人にしてはいけない」「7歳から12歳まで、2時間以上一人にしてはいけない」「12歳から14歳は、4時間以上一人にすることも可能」「14歳からは自由」としています。
同じ年齢であっても、「一人にしておくと危険なことをする傾向のある子ども」と「そうでない子ども」がいるので、その人格や成長過程によって、親が臨機応変に対応することは許されているものの、ドイツでは「一人で行動する子ども」について、日本よりも(親に対して)厳しい視線が注がれがちです。
「子どもは未熟な存在である」「世の中は危険」と考えられているのです。
性犯罪に及ぶタイミングをうかがっている小児性愛者、子どもに暴言を吐くことで日ごろのストレスを解消しようとする人など、残念ながら世の中には「悪い大人」も多いのです。
一昔前であれば「欧米は危険だけれど、日本は治安がいいから」という声をよく聞いたものですが、旧ジャニーズ事務所の例を見ても分かるように、昔の日本が必ずしも安全かというとそうではありませんでした。
今よりも子どもに対する性犯罪の認識が低く、被害に遭った当事者が、自分がされた行為について話しにくかったということを考慮しなければいけません。今はようやく様々なことをオープンに語ることにできる社会になりつつありますが、保護者が「目を光らせる」に越したことはありません。
日本には子どもの自立を考え、送迎禁止の教育機関も
日本の満員電車に乗る私立校の小学生だと思われる子どもを見ると、ハラハラさせられることがあります。
「ホームと車両の間の隙間に落ちるのではないか」「子どもに痴漢をする大人がいても、こう混んでいると、犯罪が目に留まりにくいのではないか」などと思ってしまいます。
小学生が一人ではなく複数人で移動する場合、リスクは減ると思われますが、本来最強なのは、やはり「良識のある大人が同行していること」です。ところが日本の教育機関では一部「子どもの自主性を重んじる」という観点から保護者や大人による送迎を歓迎しない傾向があります。
「自立」と「子どもをどう守るか」のバランスはどこの国でも難しいものです。
前述の通り、ドイツでは「保護者による監護義務」に厳しい社会なので、子どもの多い玩具店などにはEltern haften für ihre Kinder. (和訳「親は子どもの責任を取ります」)という看板を目にすることがあります。
厳密に言うと、親は子どもに関して法的な責任を負うのではなく、「子どもに対する監護義務を怠った結果、子どもの行為によって損害が生じた場合、保護者が弁償などの法的な義務を負う」という意味です。
ドイツのデパートやショップなどでこの看板をよく見かけるのは、「親が子どもを注意してみないで、子どもが商品を壊した場合は、弁償してもらいますよ」という店側からの注意であるわけです。
日本の感覚だと、子ども自身のことよりも、商品のことを優先して考えているとも受け止められるこの看板について、違和感を持つ人もいるかもしれませんが…。
まず見直されるべきは、大人の働き方とジェンダーロール
多数の反対意見があったことから今回取り下げが決まった埼玉県虐待禁止条例改正案ですが、条例が禁止しようとしていた「放置」の内容には小学校3年生以下の児童が「子どもだけでおつかいに行く」「子どもだけで公園で遊びに行く」「不登校の子どもが日中家にいる状態で、親が買い出しや仕事に行く」「ゴミ捨てに行くため留守番させる」「小学校1年生から3年生だけで登下校する」「18歳未満の子と小学校3年生以下の子が一緒に留守番をする」「車などにどんなに短時間であっても残していく」が含まれていました。
近年、車の中で子どもを置き去りにした結果、熱中症などで亡くなるケースが相次いでいることから、後者の例には意味があるように思いますが、その他の項目も含む「全体」を見ると、「現状では非現実的な内容」だと言わざるを得ません。
共働きの夫婦に子どもがいる場合、常にどちらかの親が子どもについていることは、今の日本だと実質的に不可能です。
前述のように「小さい子どもには保護者がついているべきだ」というのがドイツでは共通認識ですが、ドイツの労働時間は日本人よりも20%短く、役職がついている男性でも時短で働くことが少なくありません。
夫婦で時短勤務をしていれば、「親のどちらかが子どもと一緒にいる」ことも非現実的ではありません。それがままならない場合、ドイツでは積極的にベビーシッターを使います。
一方、日本では「正社員の時短」があまり普及しておらず、親は子どもの行事や病気の時を除いて会社を休みづらい雰囲気があります。今回の埼玉県虐待禁止条例改正案は、「一人親の家庭」や「夫が仕事に没頭し実質的に女性のワンオペ育児になっている家庭」への配慮が感じられないものでした。
性別に関係なく時短で働いても昇進に影響が出ないような体制づくりをすることや、学童保育の枠を増やすなど国や自治体として「先にやるべきこと」が多々あります。
今の時代、「どこの家にも専業主婦が一人いて、常に子どものケアができるはず」というような昭和の考え方とはサヨナラしていただきたいものです。