明治神宮外苑だけではない 消える都市の樹木 住民「もっと対話と情報を」浜町公園
共通しているテーマは、公園という公共スペースは何のために存在するのか、どのように利用すべきか。近隣住民にとっての樹木の価値、そして移植することでその価値は保てるのか。自治体が公共スペースの利用に関して近隣住民の同意を得る義務はどれほどあるのか。自分の周辺環境の変化について、市民はどれほどの声を持てるのか。こうしたテーマは、より小規模ではあるが、浜町公園(中央区)の仮校舎建設問題で今また浮かびあがっている。
10月1日、爽やかな天気の日曜日の午前、中央区の浜町公園では、大きな樹木に囲まれた円形の平面スペースで親子3組が楽しそうにキャッチボールやサッカーの練習をしていた。しかし、この場所は近い将来、中央区の計画によって大きく変わろうとしている。
彼らが遊んでいたのと同時刻、公園の隣にある区民館の会議室では、住民グループ「浜町の緑と歴史を守る会」が開催した「住民意見交換会」に、近隣住民と中央区議員20人が集まり、この場所の将来について語り合っていた。
意見交換会開催のきっかけは、中央区が浜町公園内に仮校舎を建設するという計画だ。日本橋地域の人口増加に伴い、生徒数の増加が今後も見込まれることから、中央区は日本橋中学校改築を行う計画で、それに伴い約20億円(2023年度補正予算)をかけて仮校舎整備を行う。
2025年にスタートする改築工事中の4年間、仮校舎が必要となるため、それを浜町公園内の南西部分に置く予定だ。
公園の該当エリアを、現在ある樹木(イチョウ、ケヤキ、モミジ、ヤマモモなどの大木)30本を撤去して園内2000平方メートルを更地にし、プレハブ3階建ての仮校舎を作る計画だ。樹木の新たな根を出させる根回しなどの準備が2023年6月から夏にかけて行われたため、枝が切られたり、幹巻きされたりしている樹木が目立つ。
意見交換会に臨んだ市民の多くにとって、この計画は初耳だったそうだ。
「公園にオレンジのネットが張ってあって、何をしているだろうと思っていました。今日の意見交換会のチラシをもらって初めて、何が起きているかを知りました」と30代の近隣住民女性は語った。
中央区は町会長や学齢児童の保護者に対して説明会を行ったが、一般区民向けの説明会はその時点ではまだ開かれておらず、公園のすぐ近くに住んでいる人でも計画の内容を知らないという人が結構いたようだ。
7月末に「浜町の緑と歴史を守る会」が公園利用者や近隣住民554人を対象にアンケートを行ったが、4分の3は浜町公園の一部に中学校仮校舎建設の計画があるということすら知らなかったそうだ。
仮校舎建設計画の内容について、近隣住民からは様々な側面から疑問と懸念の声が上がっている。
まずは、樹木のことだ。仮校舎建設予定地には30本の中高樹木があって、中には20メートルに達する、推定樹齢100年弱の高く立派な形の樹木も多い。
計画されている校舎の建設用地を用意するためにそれらを全て撤去する必要がある。伐採ではなく、移植の予定だと区は強調するが、仮校舎の撤去後に公園がもとの状態に復旧されるかは心配だ。
中央区には苗圃(びょうほ)がないので、30本の樹木は千葉にある苗圃までトラックで運ばれ、そこに移植され、4年後に浜町に戻すという計画になっている。千葉まで運ぶことがなぜ問題かというと、トラックで運ぶために、まずトラックに乗せる必要があり、交通の邪魔にならないようにする必要から、はみ出した枝をかなり切り落とさなければならないからだ。
樹木が専門の千葉大学名誉教授の藤井英二郎氏によると「公共の道路を通るにはトラックの荷台幅まで枝を切る必要がある」。要するに、枝のほとんどが切られることになり、その結果「電信柱のようになる」と藤井氏は予測する。
10月1日の意見交換会では、一般社団法人「街路樹を守る会」の代表、愛みち子氏が、移植の実態を示すため、過去の類似例として、日本橋一丁目再開発にあたって昭和通りから茨城県内に仮移植されているイチョウの街路樹を紹介した。
現在苗圃にあるイチョウの写真を見ると、元の樹形が分からないほど枝が落とされ、幹と枝の剪定跡にこぶだけが残っている状態だった。現在の大きく枝を広く伸ばしている浜町公園の樹木も同様の扱いを受けるでしょうから、公園に戻しても同じ風景を再現することは数十年間は無理でしょう、と愛氏が言う。
中央区に聞くと、現時点で使用する車両はまだ決まっていないものの「搬送にあたっては、使用する車両に積載できる大きさに剪定(せんてい)します」との答えだった。
愛氏は意見交換会でこうコメントした。「移植がアリバイ作りに行われることがあります。念入りにやらなければ、結局のところ『頑張りましたが、残念ながら枯れました』ということにならないか心配です」
景観以外にも浜町公園の樹木をできるだけ元の状態に保つべき理由がある。
ビルが密集している都市環境において、冷却効果を持つ樹木は非常に重要だと藤井氏は説明する。藤井氏によると、日光がコンクリートに当たると、熱が蓄積し、その後その熱が周囲に放出される。これがヒートアイランド現象につながる。枝葉が高い位置で広がった高木の樹冠はこの現象を防ぐことができる。そのため、高木の樹冠被覆(canopy cover)をできるだけ増やすことが大切だ。東京の暑い夏を考えると、これは生死に関わる問題になる。また、いつ来るかわからない首都直下地震を考えれば、仮設校舎と周辺ビルの間に火炎や熱、火の粉を遮る高木は残すべきだという。
地球全体の気温が上昇し、記録的な猛暑が続く中、都市の暑さ対策における樹木の役割が注目されている。ニューヨークなど世界各地の都市が大規模な植樹キャンペーンに乗り出している。英医学誌「Lancet」誌に掲載され、大きな注目を集めた研究によると、ヨーロッパの都市で街路樹の被覆率を30%まで高めることで、都市のヒートアイランドによる2000人以上の早死を防ぐことができるという。
樹冠の広い樹木が多くあるため、夏の浜町公園の南西とそれに隣接している地域は周辺より明らかに涼しい。そこにある樹木が全てなくなったら、クーラー効果が失われ、周辺は暑くなるのではないかと心配する近隣住民もいる。現在の樹木の冷房効果、そしてその樹木を取り除いた場合、公園や近隣の住宅にどのような気温の影響があるのか、シミュレーションを行ったかと中央区に聞いたところ、実施していないとの回答だった。
浜町公園の濃い緑に魅力を感じて、そばに住むことを選んだ市民もこの計画によって愛している景観を失ってしまう問題もある。
公園に面した部屋に住んで、「浜町の緑と歴史を守る会」の活動を手伝っている藤村朋子氏は「公園は変わらないと思うのは当然でしょう。その前提でこの周辺の人たちは、借りて住む部屋を決めたりマンションを買ったりしたんです。生活の一部になっている緑がなくなってしまうのは、大きな出来事です」と言う。
住民意見交換会に出席した川畑善智中央区議会議員は「高齢者の散歩から子どもの遊び場まで、浜町公園は市民の憩いの場です。その環境が激変することは大きな問題があると思います。防災の観点からもこの計画には課題があります。浜町公園のグラウンドは災害時の救援物資の集積所として指定されていますが、仮校舎建設によって500名余りの生徒たちが、一時的にもグラウンドに避難することになり、物資の集積にも影響が出る可能性があります。また、生徒たちの避難や近隣住民の避難についてもどのように対応するのか区から明確な情報はありません」と述べた。
7月25日、中央区に提出した意見書の中で、藤井氏はこう指摘した「根回しされた高木は、公道に接する公園周辺部にも及んでいることから、仮設校舎は緑陰樹や遮蔽植栽もなく公道に接することになり、教育環境としては決して良好な環境とは言えない」
周辺に樹木がなくなり、道路のぎりぎりの場所に仮設校舎が設置されると、周りの住宅に教室の音、特に音楽の練習などが聞こえてくるのではないかと言う心配もある。
「浜町の緑と歴史を守る会」代表の小川裕司氏は公園に仮校舎のような施設を建てた前例があったかどうか調べたが、災害直後以外を除き、似た事例は見つけられなかったそうだ。このような異例な方法を取らずとも、仮校舎を別の場所に設置することは可能なのではないかとの疑問を持っているそうだ。
「一番気になるのは、『まだ決まっていないから計画の詳細を発表できない』と言うが、発表した後は『もう決まったことだから』と言って、何もできないということになるのではということだ」と語る。
筆者の取材に応じた中央区広報課によると、区は複数の代替案を検討した。
新中学校の校庭及びそれに隣接する千代田公園に建設することも考えたが、工事により発生する騒音及び振動による教育環境への影響が大きいため不可と判断した。(浜町公園内の北西部分にある)浜町運動場内も検討したが、地下に「浜町公園地下駐車場」及び「地下鉄都営新宿線」があるため、地下の構造物に影響なく仮校舎を整備することが難しいことに加え、運動場の利用にも大きな影響が及ぶため不可と判断した。
なお通学区域内に中央区所有の施設や公有地などはないそうだ。結果として、「仮校舎の想定建築面積が2000平方メートル程度必要であることに加え、校庭や体育館なども必要となることから、既存施設(総合スポーツセンター及び浜町運動場)を活用でき、良好な教育環境を確保できる浜町公園を選定しました」と回答した。
仮校舎の設置場所や設計に関して、市民側が代替案を考えたりそれを中央区に提案したりする活動を阻んでいるのは、情報開示の欠如だ。
仮校舎の設計に関して「浜町の緑と歴史を守る会」が区に計画の詳細の開示を請求したところ、完全に「黒塗り」の資料しか出てこなかった。10月1日の説明会に臨んだ小坂和輝中央区議員によると、入札の時点で情報がオープンになるため、現時点では議員であっても現段階の設計計画の詳細を見られないそうだ。
質問に対して、中央区は「仮校舎の施設内容は検討しているところであり、未確定の部分が多い状況となります。このため、開示請求のあった検討資料につきましては、中央区情報公開条例に基づき不開示(黒塗り)としました」と答えた。
さらに、「仮校舎の整備による公園への影響を最小限とするため、必要最小限のコンパクトな仮校舎とする計画を進めています」と説明した。
代替案について区と区民の間に対話はなく、区が決めたことを前提に進んでいるという不満が強くある。
意見交換会に臨んだ50代女性が「近隣住民をないがしろにしている。なぜそんなに不透明なやり方をしているのでしょうか。普通のマンションを建てる時にも説明会は行います。公共施設なのになぜしていないのでしょうか?」とコメントした。
意見交換会に参加していた30代の女性は「環境問題が注目されている今だからこそ、もっと柔軟な対応が必要。中央区として新しい視点を持って対応して頂きたい」
愛氏はもっと端的に述べた。「区民の持ち物であり、区の環境インフラである樹木を、区は別案も検討せずに、強引に取り除こうとしている。住民無視であり、非民主的と言わざるを得ないと感じている」。
先日、中央区が一般市民への説明会を開催するという通知が公園の近くの住宅に届いた。10月19日、20日、21日に計4回の開催で、各回は1時間程度の予定。参加申し込みの締め切りは1週間も前の10月13日に設定されている。
区によると、説明会は「仮校舎整備の概要と、整備による近隣や公園利用等への影響についてお知らせする」目的であるため、代替案に関するディスカッションは視野に入っていないと思われる。説明会についても、「もし1時間だけだと、一方的な説明のみで、質疑応答はできないだろう」との懸念も意見交換会で出た。
最近、筆者は神宮外苑の再開発計画の見直しを求める活動に携わっているが、浜町公園の計画と類似していることを強く感じる。
役人が市民に知らせずに秘密裏に計画を立てる。市民は、自分たちが愛してやまない公共空間に何が起こるかを左右する手段を持たない。真の対話や協力ではなく、一方的な説明会。樹木を単に建築の邪魔になるものと考え、他の優先事項を優先して樹木を犠牲にする。樹木は簡単に移植できるという安易な思い込み。都市のヒートアイランドにおける大木の重要な冷却効果に対する認識がない。
神宮外苑も浜町公園も、都市計画のプロセスと東京における樹木の扱いについて重要な問題を提起している。
10月1日の意見交換会に参加した多くの人の反応は藤村氏のこの発言に要約されている。
「中学校の拡充は大事です。でも、たった4年間のためにそこまでする必要があるのか?公園を破壊してもいいのか?なぜ木をそんなに軽く考えているのか理解できません。子供たちのためにも緑豊かな状態のままであって欲しい」