ハンガーストライキは、韓国政治のパフォーマンスの代表格だ。
1983年5月、当時の野党指導者だった金泳三(キムヨンサム)元大統領が全斗煥(チョンドゥファン)政権に対し、メディア統制の全面解除など5項目の要求を掲げて23日間のハンストを行ったのが代表例とされる。金大中(キムデジュン)元大統領も収監中だった1977年に6日間、議員内閣制への改憲に反対した1990年に13日間、それぞれハンストを行い、世間の共感を集めた。
ところが、今回の李在明氏のハンストは韓国内でも、一部の熱狂的支持者を除けば、ほとんど支持を得られなかった。
それは、自身の逮捕を防ぐための「防弾断食」だとみられていたからだ。李在明氏は断食にあたり、「日本の核汚染水(処理水)排出への反対」「尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の民主主義破壊への謝罪」などを掲げた。韓国政界筋の一人は「要求内容が無理筋だったり、あいまいだったりするものばかりだった」と語る。断食をするほどの切実な理念や主張が見られなかったことが、「保身のための断食」という見方に結びついた。
パフォーマンスも際だった。
前述の韓国メディア幹部は韓国のハンスト文化について「闘争を始めるとヒゲも剃らない。体力が落ちて床に伏せった姿をメディアに見せてアピールする。李在明も弱った姿を見せて、拘束に耐えられないと言いたかったのではないか」と批判的に語る。
別のメディア幹部は「YS(金泳三氏)が闘争したころは、韓国でも生活が苦しい人が多かった。断食をしている人への共感を呼びやすい社会背景があった」と語る。20代の女性公務員もハンストについて「どうしてそんなことを、とは思うが、同情する気持ちには余りなれない」と話す。
韓国ではハンストまではいかないが、いったん何か事が起きれば、政治家や市民運動家が激しいパフォーマンスを繰り広げる。
1974年8月に起きた文世光(ムンセグァン)事件では、朴正熙(パクチョンヒ)大統領の妻、陸英修(ユクヨンス)氏が在日韓国人によって射殺された。当時、韓国の日本大使館に勤務していた町田貢元駐韓公使によれば、韓国では「名前は韓国人でも、日本で生まれて日本で育っている」として、大規模な反日運動が起きた。毎日数千人がデモを行い、日本大使館を目指した。町田氏がある日、デモの様子を見に行くと、参加者がわらを切る押し切りで、次々に小指を詰めていたという。最近でも、抗議の意思を示すために丸坊主になる「サクパル」(剃髪)のパフォーマンスが時々行われている。
韓国の知人たちに、「なぜ、そんなパフォーマンスを繰り返すのか」と聞くと、皆、異口同音に「自分の信念を示すためだ」と答える。
韓国の人たちは「本音と建前」という文化を嫌う。とにかく、「ど直球」で勝負する。本音をぶつけ合うので、職場などではしばしば激しいケンカも起きる。それでも、翌日になるとケロリと忘れ、何事もなかったように一緒に仕事をしている。「本音と建前」を使い分ける人間を嫌う人も多い。日本の役人が使う「検討する(実際はやらない)」という言葉を誤解して、後でもめたという話も何度も聞いた。
もちろん、同じ文化が続くとは限らない。20代公務員のような「MZ世代」(1980年代半ばから1990年代初めに生まれた「ミレニアル世代」と、1990年代後半から2010年の間に生まれた「Z世代」を合わせた世代)の政治に対する関心はどんどん落ちている。
9月のソウルの街で、よく「1人デモ」のパフォーマンスを見かけた。労働問題や福利厚生、安保など主張は色々だが、マイクで道行く人々に訴えている人は間違いなく50代以上に見えた。歩みを止め、主張に耳を傾ける人はいなかった。李在明氏の行動は、ハンストを博物館に送る契機になりそうだ。