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韓国でハンストが今も盛んに行われる理由、「ど直球勝負」の人生観 世間の受け止めは

牧野愛博のThe World Inside Out 更新日: 公開日:
韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表
韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表=左は2023年1月12日、右は入院中の同年9月18日、いずれも東亜日報提供

ハンガーストライキは、韓国政治のパフォーマンスの代表格だ。

1983年5月、当時の野党指導者だった金泳三(キムヨンサム)元大統領が全斗煥(チョンドゥファン)政権に対し、メディア統制の全面解除など5項目の要求を掲げて23日間のハンストを行ったのが代表例とされる。金大中(キムデジュン)元大統領も収監中だった1977年に6日間、議員内閣制への改憲に反対した1990年に13日間、それぞれハンストを行い、世間の共感を集めた。

韓国の金泳三・元大統領(左、2006年10月11日、東亜日報提供)と、金大中・元大統領(2009年4月2日、朝日新聞社)
韓国の金泳三・元大統領(左、2006年10月11日、東亜日報提供)と、金大中・元大統領(2009年4月2日、朝日新聞社)

ところが、今回の李在明氏のハンストは韓国内でも、一部の熱狂的支持者を除けば、ほとんど支持を得られなかった。

それは、自身の逮捕を防ぐための「防弾断食」だとみられていたからだ。李在明氏は断食にあたり、「日本の核汚染水(処理水)排出への反対」「尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の民主主義破壊への謝罪」などを掲げた。韓国政界筋の一人は「要求内容が無理筋だったり、あいまいだったりするものばかりだった」と語る。断食をするほどの切実な理念や主張が見られなかったことが、「保身のための断食」という見方に結びついた。

ソウルの国会議事堂前でハンガーストライキに入る韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表(中央)
ソウルの国会議事堂前でハンガーストライキに入る韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表(中央)=2023年8月31日、東亜日報提供も東亜日報提供

パフォーマンスも際だった。

前述の韓国メディア幹部は韓国のハンスト文化について「闘争を始めるとヒゲも剃らない。体力が落ちて床に伏せった姿をメディアに見せてアピールする。李在明も弱った姿を見せて、拘束に耐えられないと言いたかったのではないか」と批判的に語る。

別のメディア幹部は「YS金泳三氏)が闘争したころは、韓国でも生活が苦しい人が多かった。断食をしている人への共感を呼びやすい社会背景があった」と語る。20代の女性公務員もハンストについて「どうしてそんなことを、とは思うが、同情する気持ちには余りなれない」と話す。

ハンガーストライキの開始から19日目に病院に搬送される韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表(最初に搬送された病院から別の病院に移動している)
ハンガーストライキの開始から19日目に病院に搬送される韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表(最初に搬送された病院から別の病院に移動している)=2023年9月18日、ソウル、東亜日報提供

韓国ではハンストまではいかないが、いったん何か事が起きれば、政治家や市民運動家が激しいパフォーマンスを繰り広げる。

1974年8月に起きた文世光(ムンセグァン)事件では、朴正熙(パクチョンヒ)大統領の妻、陸英修(ユクヨンス)氏が在日韓国人によって射殺された。当時、韓国の日本大使館に勤務していた町田貢元駐韓公使によれば、韓国では「名前は韓国人でも、日本で生まれて日本で育っている」として、大規模な反日運動が起きた。毎日数千人がデモを行い、日本大使館を目指した。町田氏がある日、デモの様子を見に行くと、参加者がわらを切る押し切りで、次々に小指を詰めていたという。最近でも、抗議の意思を示すために丸坊主になる「サクパル」(剃髪)のパフォーマンスが時々行われている。

韓国の知人たちに、「なぜ、そんなパフォーマンスを繰り返すのか」と聞くと、皆、異口同音に「自分の信念を示すためだ」と答える。

韓国の人たちは「本音と建前」という文化を嫌う。とにかく、「ど直球」で勝負する。本音をぶつけ合うので、職場などではしばしば激しいケンカも起きる。それでも、翌日になるとケロリと忘れ、何事もなかったように一緒に仕事をしている。「本音と建前」を使い分ける人間を嫌う人も多い。日本の役人が使う「検討する(実際はやらない)」という言葉を誤解して、後でもめたという話も何度も聞いた。

仲間の髪を切る朝興銀行労働組合員の男性。政府が大株主だった銀行の売却方針に抗議して集団剃髪式やハンストが行われた
仲間の髪を切る朝興銀行労働組合員の男性。政府が大株主だった銀行の売却方針に抗議して集団剃髪式やハンストが行われた=2003年6月17日、ソウル、ロイター

もちろん、同じ文化が続くとは限らない。20代公務員のような「MZ世代」(1980年代半ばから1990年代初めに生まれた「ミレニアル世代」と、1990年代後半から2010年の間に生まれた「Z世代」を合わせた世代)の政治に対する関心はどんどん落ちている。

9月のソウルの街で、よく「1人デモ」のパフォーマンスを見かけた。労働問題や福利厚生、安保など主張は色々だが、マイクで道行く人々に訴えている人は間違いなく50代以上に見えた。歩みを止め、主張に耳を傾ける人はいなかった。李在明氏の行動は、ハンストを博物館に送る契機になりそうだ。