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AI翻訳「DeepL」CEO 日本は世界2位の市場「ビジネスでこそ利用を」

World Now 更新日: 公開日:
DeepLのクテロフスキーCEO
DeepLのクテロフスキーCEO=ドイツ・ケルンで、玉川透撮影

AIの技術革新で文脈の理解が可能に

ーーあなたがそもそもAI翻訳に興味を抱いたきっかけは何ですか?

私はポーランドに生まれ、ドイツとの間を行き来しながら育ちました。母国語はポーランド語ですが、ドイツで学校に通うようになると、ドイツ語も学ばなくてはなりませんでした。

いまでは母国語と近いレベルで使うことができます。そういう意味では、幼い頃から多言語の世界になじんでいたのは間違いありません。

でも、最初の興味は言語学や翻訳ではなく、コンピューターサイエンスでした。10歳のときに初めてコンピューターのプログラムを書きました。

その後、ドイツの大学で学び、ハイテク企業で働くうちに、AIの世界で画期的なことが起きました。コンピューター上で人間の脳の神経回路を数学的に模倣する「ニューラルネットワーク」の技術革新です。

この技術を知ったとき、言語翻訳に応用すれば素晴らしいことができる、とすぐに分かりました。幼い頃、二つの言語を知っていたからでしょう。

世界には様々な言語が存在し、そこで暮らす苦労をよく知っていました。それを解決することは、社会ひいては人類にとって重要だと考えていました。だから、AI翻訳の世界に飛び込んだのです。

ーー2017年の創業以来、DeepLの翻訳言語はいまや31(2023年7月時点)になりました。他にもAI翻訳のサービスはありますが、DeepLがとくに優れている点は何だと考えますか?

DeepLが登場した2017年は、AI翻訳にニューラルネットワークが本格的に使われ始めた時期でした。それ以前は他の方法が使われていて、私もその当時はAI翻訳の精度の低さに正直がっかりしていました。

でも、ニューラルネットワークが登場して、まったく違う次元のものになりました。

DeepLの品質の高さはまさに、このニューラルネットワークのクオリティーの高さに尽きると思います。ニューラルネットワークは、コンピューター上で人間の脳の神経回路を数学的に模倣したプログラムです。

文章をうまく翻訳するためには、このネットワークが文章の基本構造を理解し、翻訳言語のよいモデルを持っていることが必要です。

翻訳にはいくつかのレベルがあり、ネットワークは細部だけを見るのではなく、より広い意味での文脈も理解しなくては、素晴らしい翻訳はできません。

また計算能力の向上も飛躍的な進化を遂げました。AIが学習するには、膨大なデータが必要で、ハードウェアの進化も大きく貢献しました。そのような様々な変化が起きて、10年前に比べ、格段に高いレベルの翻訳が実現できるようになったのです。

DeepLのクテロフスキーCEO
DeepLのクテロフスキーCEO=ドイツ・ケルン、玉川透撮影

日本は2番目の市場。インドネシア語、韓国語なども導入

ーー2020年にDeepLの対象言語に日本語が加わると、日本でもユーザーが増え、ドイツに次いで2番目の市場になりました。なぜ、日本でユーザーがこんなに増えたと考えていますか?

私たちは常に市場を観察し、そこにどれだけAI翻訳のニーズがあるかを理解しようと努めています。とくに、その国がどれだけ対外貿易を行っているか、国際的なつながりの中にどれだけ組み込まれているかが重要なポイントになります。

そして、もう一つ重要なのは、英語の知識レベルと、どの言語で対外的なコミュニケーションをとるかという点です。

その点、日本はもちろん世界の主要な経済大国であり、輸出入が盛んです。だから、我々にとって、非常に良いマーケットになると確信していました。

ーー第2次世界大戦で敗れたドイツと日本が、DeepLのユーザー数で1位と2位というのはおもしろいですね。ただ、日本人に英語が苦手な人が多いのは分かりますが、ドイツの人々は英語がよく話せる印象がありますが。

私たちドイツ人も、じつは英語がそんなに得意でない人も少なからずいます。英語を話せるドイツ人でもDeepLを使っているのは、ビジネスの場面などで自分で翻訳するよりもスピーディーに、楽にできるからです。

外国語の新聞を読んだり、海外の人とメールで連絡をとったり、世界中でどんどんAI翻訳が活用されるようになってきました。

かつてなら時間やコストの制約から人間の翻訳者を使うことをあきらめていた場面でも、AI翻訳ならそれができてしまうからです。その世界に与えるインパクトは大きいと思います。

今とくに目を向けているのは、アジアです。インドネシア語、中国語に続いて、今年1月に韓国語も導入しました。

AI翻訳のビジネス利用で時間節約 安全面に配慮

ーードイツをはじめ欧州の企業では、AI翻訳を普通にビジネスに使っていますね。日本との違いは何だと思いますか?

我々と正式契約を結んでいる大企業の多くは当初、従業員がDeepLの「無料版」を使っていることにまず驚きます。そして、日々の業務の重要なツールに欠かせなくなっていることを知り、さらに高い品質と安全性を確保するために会社として契約します。

そうやって使い続けるうちに、企業もAI翻訳をビジネスに使うことは理にかなっていると考えるようになるのです。

ーーAI翻訳が間違えたら、誰が責任をとるのか、という話になりませんか?

もちろん、AI翻訳も間違いは起こりえます。でも、それは人間の翻訳者だって同じですよね。どちらも適切に翻訳されているか最終的な確認は必要です。

AI翻訳は格段に早く、外国語が得意でない人でも使うことができます。AI翻訳によって節約した時間を別の仕事に充てることもできるわけです。

ーー国営企業のスイス郵便局が、全社員にDeepLなどAI翻訳の使用を禁止したら、内部から反対の声が上がり、一部を除いて使用を認めざるを得なくなったそうです。ユーザーが多ければ、会社も認めざるを得ないということですね。

我々には名誉なことです。DeepLの無料版と、有償版であるDeepL Proではセキュリティーのレベルに違いあります。

もし、企業としてデータの安全性を懸念するようなら、有償版の導入をお勧めしています。我々はデータ管理に厳しい欧州を基盤に事業を進めてきましたから、データ管理をとくに重視しています。

ーーAI翻訳は語学学習という側面でも注目されています。教育現場をどう変えると考えますか?

私自身は、語学学習はとても重要だと考えています。そもそも語学学習は会話するだけでなく、脳の発達にも役立ちます。

AI翻訳が登場したからといって、それが変わることはありません。むしろ、それは電卓が発明されたときと似ています。

電卓が登場しても、数学が廃れることはありませんでした。電卓を使いこなすには、むしろ数学を理解しなくてはいけません。問題は、どれだけそれを深く考えるかなのだと思います。

だから、語学学習者にとってもAI翻訳は素晴らしいツールになるはずです。たとえば、どう翻訳したら良いか分からないものを、AIにやらせてみて、それをモデルに学ぶこともできるでしょう。これだけ高品質の機能を使わない手はありません。

DeepLで日本語から英語に翻訳してみた画面
DeepLで日本語から英語に翻訳してみた画面

ーー私のように外国語が苦手で、怠け者な人間はAI翻訳があるなら、外国語の勉強をしなくていいやと考えてしまいそうですが。

私はそうは思いません。この世界では、まだ外国語を話すというのは、非常に重要なスキルです。AI翻訳は、そのスキルをよりスピーディーに、より品質を高めるうえで、支える存在になるでしょう。

もちろん、もう語学を勉強しなくていいやという人も出てくるかも知れません。

新たなテクノロジーが登場したときは、たいていそうです。私たちの生活を向上させるものであっても、怠惰になれるならそうする人もいるでしょう。すべてはマインドセット次第です。

ーー翻訳を仕事にする人たちへの影響はどうでしょう? AI翻訳の機能が向上すれば、将来、人間の翻訳者はいらなくなる日が来るのでしょうか?

間違いなくAI翻訳を使うケースは増えるでしょう。ただ、それはこの世界で作成される翻訳の量が増えるにすぎません。やはり、ある種のケースでは人間による翻訳はなくならないと思います。

ーーじつは私自身もDeepLのヘビーユーザーなのですが、たまに日本語の訳文が欠落することがあります。どうしてなのでしょうか?

私たちもその問題に取り組んでいます。AIは時々、複雑な言い回しなどがあると翻訳せずにスキップしてしまうことがあるのです。

AIは常に質の高い翻訳をするように訓練されています。だから、翻訳を試みて、良い文章が得られないとき、そのリスクを犯すぐらいなら、まったく翻訳しない方が良いと判断することもあります。私たち人間とよく似た思考をするのです。

とくに、これは日本語で特有に多発するケースだと報告されています。私たちは今、その改善に取り組んでいます。