カップさんのツイートは12月4日。自宅を整理していて、9月に日本に入国した時の書類を見つけたのがきっかけだった。
新型コロナウィルスに対する注意を促す厚生労働省の文書に、「the」や「s」の誤りや抜けを赤いペンで書き入れた写真と、#泣いちゃう英語 というハッシュタグを付けた。
今朝アパートを整理しながら、9月入国した時にいただいたこの書類を見つけました。大きな混乱を招くほどではないですが、文法の間違いや不自然な言い回しが多いので明らかにネーティブチェックを受けていません。なので印象が悪いです。この紙、何万枚配ったでしょうか?#泣いちゃう英語 pic.twitter.com/X7FePBvxoA
— ロッシェル・カップ (@JICRochelle) December 4, 2022
このツイートで言いたかったこと、批判や反発を受けて感じたことについて、カップさんに聞いた。
目的は何かを考えれば…ネイティブ・チェックは必須
――指摘に対し、批判や反発が多く集まりました。
なかには、私が英訳を担当した個人を責めると思った人もいたようなのですが、私が指摘したかったのは、システムとプロセスの問題だということです。こんな問題の多い文書を許可・利用している厚生労働省のシステムの問題を提起するつもりでした。
私が尊敬する品質管理の専門家、ウィリアム・エドワーズ・デミングの言葉に「失敗の理由の85%は従業員ではなくシステムとプロセスの不備です。経営者の役割は個人に責任を求めるのではなく、プロセスを変えることです」というものがあります。
ある組織がバイリンガルの文書を作る時、ネイティブ・チェックを入れるなどの品質を保証するプロセスが必要です。
この文書を見ると、明らかにそのようなプロセスがなかったんです。
予算の問題で、ネイティブ・チェックが無理だという人もいましたが、日本は外国人に対して日本のイメージを向上する目的で、Cool Japanの取り組みに大きな金額を出しているでしょう?それでいて日本への入国者全員に配る書類がこのクオリティーなのは、改善すべきじゃないでしょうか。
――意味は通じるから良いじゃないか、という人もいました。
ええ。私のツイートの日本語だって間違っているじゃないか、という人もいましたね。
私はツイートや会話で、母国語じゃない言語で完璧であるべきだと言ったわけではありません。しかしこの文書は、組織が正式に出す印刷されたもの。「通じれば良い」会話やツイートとは別のスタンダードが必要ではないでしょうか。
今回の文で、意味はある程度通じるかもしれませんが、不自然な言い回しや誤りがあると、読まれなかったり、信用しなかったり、誤解されたりする恐れがあるのです。
――英語の文書があるだけでも感謝しろという反応もありました。
この文の目的は何でしょう?入国に際してルールを守ってもらうことです。そしてコロナウイルスの感染を広げないことですよね。それを通じて日本人も(感染から)守ることでしょう?
最初はそれでも遠慮して最小限の間違いを指摘したんですが、その後改めてこの文章を書き直してみました。
すると「オフィスに連絡して下さい」と書いてあるのに電話番号がない。「アプリを使って下さい」と書いてあるのに、そのアプリを検索する手がかりも書いてないんです。
昨日赤ペンを付けた時に、かなり遠慮して最低限のことだけを直したし、直さなかった間違いと不自然や分かりにくいところが沢山ありました。
— ロッシェル・カップ (@JICRochelle) December 5, 2022
本当に分かりやすい文章にするなら、この感じで良いと思います。追加も提案しました(書かないとどこに電話すればよいかどのアプリを探せば良いか分からない)
これでは目的を達成できません。だからやはりそこは謙虚になって、ネイティブ・チェックを受けるべきです。クオリティーを保障するプロセスが必要なんです。
日本のお役所ではこういうことがよくあります。
以前ワクチンの接種券が区役所から自宅に送られてきましたが、中の書類も封筒も100%日本語でした。私は日本語が読めますから問題ありませんでしたが、日本に在住する外国人全員が、日本語が読めると期待するのは、非現実的です。
せめてワクチン関連の書類だと分かるように封筒に英語などの外国語で書いてあれば、大事な書類だと分かってどうにか内容を知ろうと思うでしょう。なのにそれもなかった。これも目的は何かを考えれば、当然英語、中国語、ベトナム語などの表記が必要だったと思います。
――こんな風に言われては、実際に訳を担当した人が「可哀想だ」という反応がありました。
個人へ批判ではないということがなかなか理解されなかった。
私の批判したのは担当した個人ではなくシステムについてでしたが、ある意味、私もその担当者が可哀想だと思います。
ミスを指摘されることではなく、ちゃんとしたシステムがないままに担当させられていることが、可哀想です。業者に外注されたかも知れませんが、それにしても組織としてチェックする必要はあったでしょう。
「アメリカやそのほかの国では、翻訳者だけではなく、文を翻訳してほかの言語に移すプロセスを管理する専門家がいるんです。それほど専門的な仕事なのです。
日本の企業などの弱点は、本来専門家がすべきことを、アマチュアの人がしていることです。
「背景には頻繁な人事異動と専門知識を身につける機会の欠如があるでしょう。もう一つの問題として、日本では、我慢を美徳とする文化があると思います。文句を言うのは「良くないこと」だと。でもそれでは改善もありません。
ミスの指摘はトラウマ? 語学が上達するチャンス
――反応を見ていると、私も含めてですが学生時代に英語で苦しめられた記憶から、感情的に反発した人もいたのかなあと思いました。
はい。ある人は英語のミスを指摘されることを「トラウマ」と表現していましたね。
なぜそれが「トラウマ」になってしまうのでしょう。学校の先生の指摘の仕方が優しくなかったでしょうか?それなら非常に残念です。
しかし、語学が上達するにははコミュニケーションを頑張って話そうとする必要があって、そうしながら時々間違いをするのは当たり前です。失敗を恐れてしまえば何も言えなくなって、外国語が上達しません。
私のかつての日本人の上司に、とても英語が堪能な人が一人いました。一度その人になぜ英語が上手なのかききました。すると「僕の英語は良く聞けば間違いだらけ。だけど間違いを恐れないで使う。そうすると、英語で声を掛ける人が増えて、さらに練習の機会も増える」と。
――ミスを指摘されるのは上達の機会ですね。
そうです。私も日本語の上達の鍵は、チェックしてもらうことでした。日本語のツイートもそうです。
あるとき私が「植木を殺した」と書いたら、そういうときは「枯らせた」と言うんだとフォロワーが教えて下さいました。こういう表現は教科書にないから使わないと分からない。ありがたいです。
そして私が矛盾だと感じたのは、私が間違いを指摘したことに対して批判する人が、私の日本語のツイッターに対しては「間違ってる」と言うことです。
私はお互いにミスをすれば指摘できる社会にしましょう、と提案したいです。ようするに、心理的安全性のある社会。
――なかには「英語帝国主義的」という批判もありましたね。
多様な英語を認めろ、という人もいましたね。私も面白い和製英語を見るとクリエーティブだなと思うことはありますが…。
そんな反応をした人は、複数形と単数形がなかったり、a やtheといった冠詞の区別のない英語を、日本で本気で作ろうと思っているんでしょうか。
専門家ではないので詳しくはありませんが、シンガポールやインドには独特の英語がありますが、文法の基本は同じじゃないでしょうか。
――ハッシュタグの#泣いちゃう英語 も批判されていました。
もともとは、3年ほど前から街角で見かけた英語の誤りを指摘するツイートをしていたところ、「役に立つ」「ありがたい」という反応があったんです。それで日本人の友人がこのハッシュタグを提案してくれました。
日本人の英語をバカにするという意図はまったくありませんでした。
話題になったツイートを含め「言い方が悪い」という反応もありましたが、私はアメリカ人なので、表現の仕方が違うし、日本語でツイートするときは英語よりもストレートになることもあると思います。そこは今後、より気をつけたいなと思いました。
批判もありましたが、指摘されてとても役に立ったと書き込んでくれた方もたくさんいましたし、フォロワーは1000人ほど増えました。
私のクライアントの企業でも、突然アメリカ人が上司になったり、グローバルな場で活躍したりする人が増えてます。日本ではこれからますます英語が大事になると思いますので、目的を達成する正しい英語の大切さを、引き続き指摘していきたいと思います。