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「インド英語」を堂々と 生きることはしゃべること、のインド人に学ぶ英語上達の極意

World Now
さまざまな言語の文字が書かれたインドの紙幣=奈良部健撮影

■イギリス植民地の遺産

「君のヒンディー語は上手だ。しかし、英語はずいぶん日本語なまりだね」。出張先のホテルで、受付の男性から私は突然、こう言われた。悪気はなさそうだ。だが私は大人げなく「インド英語も聞き取りづらいよ」と言い返した。

すると、男性は「俺のは英国式だ」

「英国に住んでいたの?」

「いや、ここは英国だっただろう」

このやりとりは冗談だったとしても、英語を自由自在に使いこなすインド人には、自分たちの英語こそ正統で、アメリカ英語は崩れた言葉だと言い張る年配者さえいる。と思いきや、アメリカ英語をしきりにまねしたがる若者もいる。

ヒンディー語、英語、パンジャービ語、ウルドゥー語で書かれたデリーの標識=奈良部健撮影

言語に関する最新の国勢調査はないが、インド応用経済研究所の2011年の調査によると、インドで英語を流暢(りゅうちょう)に話せるのは約4%。5000万人以上だ。「一定程度話せる」を含めれば、20%で2億人以上になる。

ただ、首都ニューデリーに住んでいると、実感では英語を使いこなす人の割合は、もっと多い気がしてくる。もちろん農村部では地元の言葉が話されるのだが、役人や企業関係者には豊かな英語の表現を使う人が多いし、大学の授業はほぼ英語で行われる。

自由に英語を操る友人たちの会話を聞いていると、突然ヒンディー語と英語がスイッチする。一文の中でも、従属節がヒンディー語なのに、主節が英語になることも。「家族の会話で母語と英語をどのように使い分けているのか」と聞いても、「無意識に英語になってしまう」と答えるほど、母語並みに英語を話す人は相当数いる。

「俺は英語ができる」と誇らしげなタクシーの運転手が目的地までしゃべり続け、練習相手をさせられたことがあった。文法に多少の誤りがあろうと自分はできると信じ、公言して、何度も話すうちに上達していく気合がある。そんな人たちを含めれば、英語話者は格段に増えるだろう。

堂々と英語を話すインドの人たちは、インド流の英単語をつくってしまうこともある。知られているのは、postpone(延期する)という単語の接頭辞を変えることで、prepone(前倒しする)という単語を生み出した。

■生き残りのための言語

インドでは、英語を使いこなせるか否かが、「学の有無」を判断する重要な指標になっている。北部の公立学校では主にヒンディー語で授業が行われるが、中間層は競って我が子を英語の私立学校に通わせようとする。「英語は生き残るための最低条件。いい教育やいい職は英語なしには手に入らない」。友人の母親たちは口々にそう言う。

19年のインド映画「ヒンディー・ミディアム」では、私立の名門小学校に子どもを入れようと、お受験に振り回される母親がこう断言する場面があった。「この国では英語は言語ではない。階級なのよ!」

多言語国家のインドは、州によって異なる公用語がある。英語は旧支配者の言語であると同時に、独立を勝ち取るためにインド全土から集まった闘士たちの共通言語でもあった。

連邦公用語はヒンディー語で、英語は補助公用語となっている。憲法施行(1950年)の15年後には英語は公用語の地位を失い、ヒンディー語だけにすることを決めていたが、ヒンディー語以外の言語を母語とする南インドの人々らが、英語の公用語からの削除に反対し、実質的に無期延期され、公用語の地位をいまも保っている。それほど、英語はインドという国にとって因縁の深い言葉だ。

さらにインドは教育現場で、①母語や地域語、②連邦公用語、③それ以外のインドの言語または外国語、の三つを学ぶべきだとする政策「三言語定則」を掲げる。誰もが最低でも、三つの言語を使うべきだとされるので、多言語話者が当たり前の社会でもある。

■おしゃべりが外国語上達のコツ?

日常生活で英語を自在に操る人々は、もともとの能弁さも相まって世界でインド人の存在感を高める。国際会議の議長や海外の大学教授の役目は「いかにインド人を黙らせ、日本人をしゃべらせるか」、というフレーズは有名だ。

90年代に米国のスタンフォード大学でMBAを取得した日本の男性(57)は「当時からクラスの成績上位者10人のうち、6~7人はインド人留学生が占めていた。米国の大学では授業への貢献度も評価の対象となるため、発言数が多いインド人は評価も高かった」と振り返る。

ヒンディー語には人生のはかなさについて「今日回る舌が明日は止まる」という表現がある。生きることはしゃべること。英語でも恥ずかしからずにどんどん話しかける態度が、巧みな言語習得にも影響しているように思えてならない。そんなインドの人の姿を見ると、「言葉を発することは他人と関わる第一歩」という原点にも気づかされる。