1. HOME
  2. 特集
  3. もう語学はいらない?AI翻訳
  4. AI翻訳ツールは語学オンチの特派員が手にした「神器」「もっと早く知ってれば……」

AI翻訳ツールは語学オンチの特派員が手にした「神器」「もっと早く知ってれば……」

World Now 更新日: 公開日:
「ドラえもん」てんとう虫コミックス12巻「ゆうれい城へ引っこし」より © 藤子プロ・小学館

5カ国、通算10年近い海外暮らしにもかかわらず…

なにを隠そう、私は語学が苦手だ。米国、ロシア、オーストリア、ドイツ、ベルギーの5カ国で通算10年近く、海外で暮らしてきたにもかかわらず……。

はじまりは大学4年のときに決行した、1年間の米国留学だった。東北の地方都市に生まれ育った私は、それが初めての海外旅行。当時テレビで夢中だった、米ドラマ「ビバリーヒルズ青春白書」のディランやブランドンにあこがれ、行き先は米西海岸を選んだ。

ネイティブ並みの英語使いに、俺はなる! そんな意気込みで入った学生寮の相部屋は、韓国人の青年だった。すぐに打ち解け、現地の韓国人コミュニティーにどっぷりつかった。1年後、身についたのはコングリッシュ(韓国語なまりの英語)だった。

就職して6年目。ロシアで1年間の語学研修を受けるチャンスが巡ってきた。大学の第2外国語でも学んだことがない未知の言語。それでも、「やる気さえあれば」と2001年、新婚の妻を日本に残してモスクワへ飛んだ。

ロシア美女には目もくれず、冬には零下20度にもなるモスクワ大学で、キリル文字と六つの格変化と格闘する日々……。

甘かった。世界でも難しいとされる言語の壁は厚く、1年後、理想にはほど遠いレベルのまま帰国。「あきらめたら、そこで試合終了だ」と、その後も省庁取材の合間にロシア語の勉強は続けたものの、どうにもモチベーションは上がらない。

当時、社内にロシア語を話す記者はきら星のごとくいた。いくら頑張っても、モスクワ赴任は10年はないな。そうあきらめかけていた時、思いがけず海外赴任の辞令が出た。行き先は、ウィーン支局(オーストリア)だった。

初めて暮らすドイツ語圏の国。そうか、運命の言語はドイツ語だったのか! 一念発起し、家庭教師を雇いドイツ語を学び始めた。

ところが、である。あれれ? 単語や文法がすんなり頭に入ってこない。英語とロシア語が、ドイツ語の邪魔をするのだ。頭の中で、第2次世界大戦の勃発である。

さらに、あろうことか、後からウィーンにやってきてドイツ語学校に通い始めた妻が、みるみる上達していくではないか。そこでやっと、鈍い私も気がついた。自分には語学の才能が無い?!

その反動からだろう、続いて赴任したベルリン支局では、すっかり開き直っていた。ドイツ語圏の人々は英語がうまい。優秀な現地スタッフにも支えられ、下手な英語でも仕事に支障はなかった。

言葉ができない分、発想と記事の表現に磨きをかけ、相手への気配りに腐心した。心の片隅で、語学へのコンプレックスはくすぶっていたけれど……。

勇気を出して使ったAI翻訳ツール。世界が変わった

昨年9月、ブリュッセル支局(ベルギー)に赴任した。五十路を過ぎて、5年ぶりの海外駐在。日本の他社メディアの記者と仲良くなるうちに、彼らが最新ツールを駆使していると知った。

人工知能(AI)搭載の翻訳システムである。もともと語学の達者な彼らですら、仕事では手放せないという。

その存在を、私も知ってはいた。7、8年前に少しいじってもみたけれど、当時は仕事に使えるレベルではなかった。

そもそも、「AI翻訳つかってまーす」なんて無邪気に言おうものなら、デスクに「特派員失格だ!」と辞書を投げつけられたに違いない。当時はまだ、そんな雰囲気だった。

だが、時代は変わった。私も人目を気にしつつ、勇気を出して使ってみたら、世界が変わった。これは使える! 仕事のスピードが激変した。英語はもちろん、ロシアによるウクライナ侵攻でニュースチェックに必要なウクライナ語まで理解できる。

もちろん、日本語で記事を書く時は、誤りがないか精査が欠かせない。でも、はじめにAI翻訳で大意をつかみ、その後に再確認することで、格段に早く、そして、より多くの情報を処理できると実感した。語学オンチの私には、まさに「神器」である。

言語学習に翻弄された日々が、走馬灯のように脳内をかけ巡った。このツールがあと20年早く世に出ていたら、人生ちがっていたかも……。そんな複雑な思いと共に、こうも考えた。

これは、子どもの頃に大好きだった漫画「ドラえもん」に出てくる「ほんやくこんにゃく」への一歩じゃないのか? 食べれば、どんな言語も自国語として理解でき、自分が話す言葉も相手の言語にAI翻訳される、未来の秘密道具。

実際、ChatGPT(チャットGPT)など生成AIの登場で、言語の壁はあらゆる分野で崩れつつある。

でも、ほんやくコンニャクが実現したら、言語学習そのものがいらなくなってしまうのか? 語学に関わる職業やビジネスの将来は? そして、外国語を学び続けてきた人類の未来にとって、どんな意味があるのか? わき上がる疑問を胸に、AI翻訳の森に分け入った。

ドラえもんで夢見た「未来」に一歩近づいた

人気漫画「ドラえもん」で、ドラえもんがポケットから出すひみつ道具の中でも、多くの人が憧れたのが、「ほんやくコンニャク」ではないだろうか。

ふにゃふにゃしたコンニャクを食べると、どんな言語でも理解でき、自分が話す言葉もすぐに相手に伝わるようになる魔法のような道具だ。

ドラえもんやのび太は、ほんやくコンニャクを食べて、ドイツ語や英語をぺらぺらとしゃべり、地球にやってきた宇宙人やロボットとまで会話してしまう。タイムマシンでさかのぼった過去の時代でも、すぐに話ができるのだ。

コミックスへの登場から40年以上。いま、日本でも外国人旅行客が、日本語で書かれたレストランのメニューなどにスマートフォンのカメラをかざし、それぞれの言語で読む姿を見かけるようになった。

気が遠くなるような語学の勉強を経ずに、食べるだけで、コミュニケーションできる。私たちが夢見たそんな未来に、また一歩、技術は近づいているのかもしれない。