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アメリカの巨大IT企業で相次ぐ大量リストラ、銀行破綻に動揺したシリコンバレー住民

働くママのシリコンバレー通信 更新日: 公開日:
イラスト:tanomakiko
イラスト:tanomakiko

アメリカの「テック・ジャイアンツ」といわれるグーグル、メタ(旧フェイスブック)、ツイッター、アマゾンなどで、昨年末から大規模な人員削減が次々と発表されています。そして、その影響は金融やコンサル業界にも波及しています。

定例会議に出て「なんだか、今日は人数が少ないなあ」と思っていたら、その場にいないチームメンバーは解雇されて、生き残ったのはその日の会議に出ていた従業員だけだった――。会議室に突然呼ばれて解雇を告げられ、映画によくあるシーンのように私物を詰めた段ボール箱を抱えて建物を出た――。カードキーが無効にされてオフィスにはもう入れなくなっており、荷物は送られてきた――。こういった話を耳にするようになりました。「去年の年末から職場の雰囲気が悪いんだよね」と話す人もいました。

コンピュータープログラマーの中には、「H-1B」ビザと呼ばれる、アメリカの特殊技能職のビザで働いている外国籍エンジニアたちも数多くいます。彼らが解雇の対象となった場合、60日以内に次の仕事を見つけなければいけません。家族連れの場合は、子供は学期の途中であっても、キリがいい学年末まで滞在させてくれるわけもなく、家族もろとも荷物をまとめてアメリカを去らなければなりません。

 経費削減はホチキスにまで

今年1月、12000人の人員削減方針を発表したグーグルではその後、経費削減を強化するあらゆる取り組みが報道されました。

ノートPCの交換頻度を削減したり、エンジニア以外の従業員はノートPCがMacBookではなく、より低価格のChromeBookが標準となったり、古くなってもデバイスの交換頻度を一時停止したり。

また、13食がカフェテリアで無料提供されていましたが、そのカフェテリアも在宅で働く社員が多いことを理由に、月曜と金曜は閉鎖するかもしれない、と報道されました。

深刻度が伝わってくるのが「ホチキスとテープが社内で必要な場合、受付で借りる必要がある」という部分。グーグルといえば(他の巨大IT企業もそうですが)Wi-Fi完備のシャトルバス、ジムやヨガレッスンは当たり前、洗濯代行サービス、マッサージ、非常に高額な卵子凍結や体外受精、不妊治療までもが福利厚生の一つとして無料で社員に提供されていました。優秀な人材の引き抜き合戦を勝ち抜くために、これでもか、これでもか、というような手厚い福利厚生を導入していたグーグル。いよいよホチキスにまで言及されるようになったかと思うと、隔世の感があります。

メタのメタバース部門「リアリティーラボ」本部ビル。コロナ禍の最中は人の気配が薄かったのですが、最近は人出が多少戻ってきました。同社はメタバース構築のための支出で巨額の赤字が続いています。ここには直営店「メタストア」があり、日本からの出張者が訪れる定番スポットとなっています=筆者撮影
メタのメタバース部門「リアリティーラボ」本部ビル。コロナ禍の最中は人の気配が薄かったのですが、最近は人出が多少戻ってきました。同社はメタバース構築のための支出で巨額の赤字が続いています。ここには直営店「メタストア」があり、日本からの出張者が訪れる定番スポットとなっています=筆者撮影

自分が「インパクト」を受けたら、とにかく人に言ってまわる

筆者は実情はともかくとして、仕事柄、「いろいろな人を知っている」と思われているからでしょうか、突然「インパクト(影響)を受けた」(解雇された、と言うとストレートにネガティブな印象をもたれるので、多少聞こえのいい「影響を受けた」と表現する人が多い気がします)方たちから、「一度話をさせてください」と人づてに連絡をいただくことが増えました。

筆者と話しても彼らの時間の無駄になるのでは、と懸念しつつも、時間が許す限り、なるべくお話しさせていただくようにしています。自分がその立場だったら同じようにしていると思うからです。

ビジネス系SNS「リンクトイン」や事前に送って頂いた履歴書を拝見すると、それはそれは、うらやましいほどのキラキラした職歴の方々ばかり。エンジニア、マーケティングディレクター、プロジェクトマネージャー、UI/UXデザイナーなど、少し前であれば、引く手あまただったろう、と思う人たちばかりです。

他企業に移るとしても同時期にレイオフされた人たちと同じポジションを争うことになり、一つの求職案件に何人もが応募するので、必然的に競争率が上がり、再就職までには時間がかかります。 

日本の場合、仕事を解雇されたら、恥ずかしくて他の人には内緒にして(ときには家族にも言えず)求人サイトやリクルーターを通してひっそり、せっせと職探しする場合もあるかと思いますが、アメリカでの就職活動では、「誰を知っているか」という人脈が一番の鍵。いざ仕事を失ったら、「とにかく周囲に言って回る、ネットワーキングにいそしむ」というのが近道となります。採用する側も、一応、公に募集をかけますが、まずは身近なところからの紹介で、人となりがある程度分かっている優秀な人材を採用したがります。企業の中には、従業員の紹介者が本採用となったら臨時ボーナスが出るシステムもあるくらいです。

そんな中で起こった「スタートアップ御用達の銀行」の破綻

バブルも、バブル崩壊も人生の中で何度か経験してきていますが、FDIC (連邦預金保険公社) がシリコンバレーバンク(SVB)の資産を差し押さえ、経営破綻が発表される激震が走った310日は、金融業界の人間でもなければ、シリコンバレーのテック業界のど真ん中に身を置く人間でもない筆者ですらも、さすがにざわざわした気持ちで過ごしました。シリコンバレーに住む多くの人がそうであったように思います。

破綻が他行にもどんどん連鎖するのではないかという不安。金融発の不況が本格化するのではないかという不安。経営者たちがいち早く預金を引き出し、取り付け騒ぎになったことで、SVBが職場のメインバンクの近所の人や友達のお給料が払われずに混乱が加速するのではないかという不安――。影響を受けているであろう知り合いや友達の顔が次々と浮かびました。

ちなみにアメリカでは、月1回ではなく2週間に1回、月に2回お給料が払われることが多く、310日がそのお給料日にあたる企業も多かったそうです。

そして2日後に破綻することになるシグネチャー銀行も、筆者の勤務先が口座を持っていたのと友達も働いていたので、連絡を取り合いました。不安がどんどん高まっていきました。

東日本大震災やアメリカ同時多発テロ事件の発生日がそうであるように、シリコンバレーの住民は「2023310日、あの日、何してた?」という記憶が、後になっても鮮明に残る人が多い気がしています。

SVBは預金者の大半が法人で、90%以上が預金保護制度の上限の1口座当たり25万ドル(約3300万円)を超過していました。筆者は富裕層以外の一般の個人は口座は持てないのだろう、と思っていたくらい、「スタートアップ御用達の銀行」というイメージがありました。

日本のメガバンクから最近までシリコンバレーに駐在していた知人に聞くと、彼らの中でSVBは、「シリコンバレーといういわゆる『投資』が中心と言えるエコシステムの中で、預金と貸し出しがメインとなる“銀行“というビジネスモデルを大成功させている巨大な存在」というイメージだったそうです。

「世界中の英知と企業とお金が集まってくるイノベーションの中心地で、エコシステムの中のプレーヤーとして活躍することを目指さなければ、シリコンバレーに来た意味がない。自分の銀行の付加価値をどのように高めていくか、大成功している(ように見えた)SVBに一太刀浴びせたい」という理想を掲げていましたが、現実は「(SVBのような)銀行、投資家(VC)、起業家が密接なインナーサークルを構築してマネーを循環させていることで成り立つビジネスモデルであり、よく言われる『シリコンバレーの敷居の高さ』と同様、新参者が入り込む余地のない世界に見えた」と言っていたのが印象的でした。現実は「アリがゾウに立ち向かうようなレベルだった」と。

相当な数のベンチャーキャピタルがSVBに口座を持っていたので、必然的にスタートアップの方も資金調達の際はSVBに口座を開設して融資を受ける、というシステムができあがっていました。シリコンバレーの数多くのベンチャーキャピタルとスタートアップにとってはSVBはインフラそのもの。他が入り込めないような独占的なポジションでした。

金曜日の混乱を抑えるべく、日曜日にはアメリカ政府も全力でサポートする姿勢を即効で見せました。大統領が預金全額を保護すると発表しなければ、いったいいくつのスタートアップやベンチャーキャピタルが潰れ、どれだけの家族が路頭に迷っていただろう、と思います。

SVBとファーストリパブリック・バンクの手厚い顧客サポート

筆者の非常に個人的な体験に基づいてではありますが、破綻したシグネチャー銀行も、破綻は免れたものの経営不安が高まったファーストリパブリック・バンクも顧客サービスが手厚いという印象がありました。

新型コロナウイルス影響を受けて、アメリカ政府は雇用継続と再雇用の促進を目的とした給与保護プログラム(Paycheck Protection Program)を経済対策として打ち出されました。銀行経由で申し込みが開始されたのですが、申し込みが殺到し、すぐに予算を使い果たした結果、受け付け停止となってしまいました。

メインバンクも含めてどこも、筆者が勤める小さな非営利団体には対応してくれず(請求する金額によって銀行に手数料が入ります)、筆者の当時の上司やマネジメント部門の人たちも含めて誰も助けてくれず、一人で銀行に電話をかけまくってもらちがあかず途方に暮れていたときに、「ミホ、第2期で枠が少しあるから申し込む?」と唯一助けてくれたのがシグネチャー銀行の担当者でした。

知り合いの日本のスタートアップ企業も、アメリカの大手銀行では申し込みが複雑であったり、口座開設が不可能だったけれどもシグネチャー銀行ではストレスなしでさくっと口座開設ができ、担当者が丁寧にフォローしてくれたり、他にない顧客体験だったと言っていました。

リーマンショックの後、アメリカでは「これだから大きい金融機関はダメだよね。やっぱり中小銀行だよね」といった風潮だったのが、今回のことでお金の流れも人々の印象も真逆の反応になってしまいました。

シグネチャー銀行はその後、フラッグスター銀行に買収されましたが、現場の素晴らしいサービスがなんらかの形で継続されればと希望しています。

SVBやシグネチャー銀行の破綻から1カ月となり、預金も全額保護されることからひとまず落ち着きを取り戻した感があります。テック・ジャイアンツにしても、大量採用しすぎていたのでは、という報道も多々あります。

こんなときだからこそ、イノベーション聖地と言われる底力で、またみんながわっと驚く「世界を変える」が新しい価値が生まれたら、と思わずにはいられないのです。