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古代エジプトから量子暗号まで 進化続ける鍵の形 「絶対破られない」は可能?

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鍵が3本並んだ写真。左端はアンティークな鍵。真ん中は持ち手の部分が華やかにデザインされていたアンティークの鍵。右はマンションなどでよく使われている銀の鍵。
(左から)1800~1900年ごろ、イギリスで作られたとされるウォード錠、1900年代前半に作られたとみられるレバータンブラー錠、今日、流通しているシリンダー錠。鍵の原型は古代エジプトまでさかのぼる=美和ロック提供、山本正樹撮影

「最古の鍵」は紀元前2000年ごろ 管理や財力の象徴としても

世界の鍵や錠前の歴史を写真や文章にまとめた『錠と鍵の世界』。この本を企画・監修した大手鍵メーカー「美和ロック」(東京)によると、世界最古の鍵はエジプトにさかのぼる。ナイル川沿いのカルナック大神殿の壁画に錠前の絵が残されていることから、紀元前2000年ごろには木製の錠前があったとされる。

世界最古の鍵といわれる古代エジプト錠の複製
世界最古の鍵といわれる古代エジプト錠の複製=2023年1月17日、東京、星野眞三雄撮影

かんぬきに数個の穴をあけ、歯ブラシのようにいくつかピンがある棒をさしたりぬいたりすることで開閉する仕組みで、現在の「シリンダー錠」の原型だ。

ローマ時代には、穴に差し込んで回してあける金属製の鍵がつくられている。南京錠などに使われる「ウォード錠」のルーツと言われ、ポンペイの遺跡からは、錠前の専門店も見つかっている。

古代ローマでは鍵を指にはめて携帯し、男性は一生の伴侶とすべき女性に巡り合うと、鍵を指から抜いてその女性の指にはめたという。これは婚約指輪のルーツといわれている。

婚約指輪のルーツになった古代ローマの指輪鍵
婚約指輪のルーツになった古代ローマの指輪鍵=美和ロック提供

鍵は古来、管理の象徴、権力や財力を示す象徴とされてきた。中世のドイツでは主婦が鍵を持つ権利を法律として定めた。また、ヨーロッパ全域や帝政時代のロシアなどでは、王侯貴族の侍従や名家の執事に鍵を渡すことは、その人に大きな権限が与えられたことを意味した。

中世都市の城門の鍵は都市の象徴で、現在でも姉妹都市を提携するときには鍵を交換するしきたりが残っている。

日本最古は飛鳥時代 防犯目的の鍵が発達しなかった時代も

日本最古の鍵は、1995年に野々上遺跡(大阪府羽曳野市)から出土した鉄製の海老(えび)錠(長さ17.2センチ)とされる。羽曳野市教育委員会文化財課によると、7世紀中頃の飛鳥時代のものとされる。エビが尾を曲げたような形で、かんぬきなどに用いられた。

参事の武村英治さん(55)は「衣類や調度品、文書などを入れるふた付きの木箱である倭櫃(やまとびつ)に、鍵をかけるつぼ形の金具の痕跡が残っており、この種の容器に使われたと推定できる」と話す。

飛鳥京跡苑池でも7世紀後半のものとみられる海老錠が出土しているほか、正倉院にも唐から伝わったとされるものが納められている。

野々上遺跡から出土した日本最古の「海老錠」=羽曳野市教育委員会提供
野々上遺跡から出土した日本最古の海老錠=羽曳野市教育委員会提供

その後は、中国渡来の錠前を忠実に模倣して作ったようなものがみられるものの、しばらく大きな変化は見られなかった。日本は比較的治安がよかったうえに住宅は引き戸が多く、かんぬきや心張り棒ですんでいたからだ。

鍵をかけるのは蔵ぐらいで、その鍵も手で簡単にあけられ、防犯というよりは飾りのようなものが多かった。戦国時代が終わり江戸時代になると、武器の需要が減り、仕事が激減した刀鍛冶(かじ)らによって手の込んだつくりの錠前がつくられ、広まっていったという。

明治から大正にかけ、洋風建築が増えて引き戸から開き戸に変化したのに伴い、錠前も西洋化した。

「美和ロック」商品開発本部長の木下琢生さん
「美和ロック」商品開発本部長の木下琢生さん=2022年2月10日、東京都港区、本間沙織撮影

庶民にまで広がったのは、1960年代の高度経済成長期だ。美和ロック商品開発本部長の木下琢生さん(53)は「金型をつくって鍵を大量生産できるようにしたことで、住宅公団で使われるようになり、一気に普及した」と話す。

人間そのものが「鍵」になる生体認証 「絶対破られない」量子暗号

コンピューターやインターネットの登場で、鍵は進化を遂げている。物理的なものだけではなくなり、「大切なものを守る」という鍵のかたちも変わりつつある。

鍵を持ち歩いたり、パスワードを覚えたりするのではなく、人間そのものを鍵にしてしまおう。そんな技術が「生体認証」だ。

銀行のATMでお金を引き出すときに、暗証番号だけでなく、手のひらなどの静脈の模様で本人確認する静脈認証も使われている。スマホのロックも指紋や顔認証で解除できるようになった。他にも、黒目の内側にある瞳孔の周りのドーナツ状の虹彩(こうさい)などで認証する技術が開発されている。

いずれも人それぞれ固有のものを持っているため、本人確認の鍵として使われている。物理的な鍵やパスワードを必要としないため、盗まれたり忘れたりする心配がなく、偽造もしにくい。

ネットバンキングではパスワードを入力することで振り込みなどができるが、パスワードは「ハッシュ関数」にかけて英数字に変換して送っているので、ネットの途中で盗み見されても問題ない。あるデータとそこからつくられたハッシュ値を送ると、そのデータが変えられた場合、データを受け取った人がつくったハッシュ値がまったく異なる英数字になるため改ざんがわかる。さらに、ハッシュ値から元のパスワードやデータを復元するのは不可能だ。

誰もが見ることができるネットの世界で暗号化技術は進み、「絶対に破られない」といわれる「量子暗号」も開発された。もしどこかで見られた場合、量子の状態が変化して確実に見られたとわかる仕組みだ。

暗号技術を鍵として使うだけでなく、暗号そのものをお金のように扱ってしまうビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)も現れた。暗号資産のブロックチェーンは、分散して監視していることもあって改ざんできないとされる。

とはいえ、完璧な鍵はない。

2018年には、暗号資産交換業者「コインチェック」が管理していた約580億円分の暗号資産が外部からの不正アクセスで流出した事件も起きた。ブロックチェーンは「公開鍵暗号」を使った安全な仕組みだが、交換業者の「秘密鍵」が盗まれたため起きた事件だった。

情報セキュリティーに詳しい中央大学教授の岡嶋裕史さん(50)は「ハッカーは守りの堅い量子暗号やブロックチェーンそのものを破ろうとするのではなく、暗号資産や秘密鍵を持つ送り手か受け手のコンピューターを攻撃してデータを盗もうとするだろう」と指摘する。