古代ローマの遺跡を発掘する考古学者は、よく焼き物を見つける。難しいのは、そこからだ。
何に使われていたのか。ワインを入れておいたのか。食品を運んだのか。食卓で使う器だったのか。飾りとして楽しんだのか……。そんな論争が、よく起きる。
でも、今回は使途を明確に特定できた。紀元5世紀後半のローマ時代の遺跡から出てきた、いくつかの円錐(えんすい)形のかめの一つだ。
それは、ポータブルトイレだった。裏付ける証拠が、ちゃんと見つかった――という研究論文が2022年2月、考古学誌「ジャーナル・オブ・アーキオロジカル・サイエンス・リポーツ」に掲載された。
それによると、オレンジがかったこの素焼きのかめは、イタリア・シチリア島の遺跡「ジェラーチェの別荘」から出土した。直径は、上の開口部が13インチ(33センチ余)で、底部よりも長く、高さは1フィート(30センチ余)ある。
実際にどう使ったのか。今回の研究チームは、上からそのまましゃがみ込んだことも考えられるとしている。が、より可能性が高いのは、穴が開いた木のイスか、枝を編んだイスの下に置いた使用法だ。穴にはフタをしていたと見られている。
こうした室内便器は、遺跡を発掘するとよく出てくる。最近では、エルサレムの2700年前の現場で見つかった。エジプトでもテル・エル・アマルナの遺跡から紀元前1300年ごろのものが出土した。ギリシャでは、最も古いものは紀元前6世紀にさかのぼる。
いくつかの文献によれば、ローマ時代の室内便器は黄金やメノウの仲間のオニキスでできていたとも記されている。ただし、実際に発掘されたのは素焼きか、せいぜい銅製にすぎない。
用途の根拠となるのは、多くの場合はまずその形だ。家のどこにあったのかという場所も、よくからんでくる。
しかし、現在はさまざまな技術を使って、もっと正確に特定している。今回は、人間の腸に寄生する虫を探して用途を突き止めた。
このかめは、見つかったときは割れていた。このため、まず破片を貼り合わせて復元せねばならなかった。外側には、2本の波形の線が飾りとして刻み込まれていた。内側には、底部と側面にかさぶたのように固くへばりついた塊があった。
石灰化した凝固物で、かめの内容を特定する手がかりになると思われた。そこで、一部をこすり落として分析した。
有機物を分離するのに、酸性液に浸した。すると、腸にすみつく寄生虫の卵が見つかった。(訳注=線虫の一種の)鞭虫(べんちゅう)の卵で、人間の排泄(はいせつ)物にまじって出てくる。かめの使途は明白だった。
鞭虫は、現在では世界中で8億人が感染しているとされている。衛生状態のよくない熱帯地方が多いが、米国南部でも見られる。
この寄生虫は、結腸をすみかとし、排泄された卵は宿主の体外で成長段階に移る。鞭虫に汚染された土壌に触れた手をよく洗わなかったり、土そのものや食物に付着したりしていたものが、口から取り込まれて体内で成虫になる。
鞭虫による症状は、まったく表れないか、軽い下痢にとどまることもある。しかし、子供に感染すると、重い場合は発育不全や認知機能の異常につながる。きちんと薬を飲めば治る。
鞭虫は、犬や狼、豚などの動物にも感染する。しかし、今回のかめから見つかったのは、ヒト鞭虫(Trichuris trichiura)だった。人間だけに寄生する種で、他の動物にうつることはない。
「この論文のすごさは、その手法に秘められた可能性にある。さらに発展させれば、誰もが使える一般的な方法になりえるからだ」と米ネブラスカ大学教授のカール・J・ラインハルト(今回の論文には関わっていない)は期待する。生物学などの自然科学的な分析を用いる環境考古学の専門家だ。
「実に簡単な手法で、誰もがどこででも使えるはずだ。博物館にある標本にだって適用できる。だから、この研究チームには、このやり方が分析手法として確立するまで発展させ、みんなが恩恵を受けられるようにしてもらいたい」
「古代の寄生虫の分析手法は、まだ他にもある」とこの論文の筆頭執筆者ソフィー・ラビノウ(英ケンブリッジ大学の博士号取得候補者)はいう。例えば、DNAやたんぱく質を探るやり方だ。
その上で、今回のように酸性液に浸した方が、「はるかに早く、簡単で安上がりにできる」と指摘する。「しかも、適正に実施されさえすれば、とても信頼できる結果を得られる」
「出土した焼き物を抱える研究者にとっては、新たに加わるよい検査キットになるだろう」とラビノウは思う。「この手法を適用できる未処理の対象物件は、考古学の世界には山ほどあるのだから」
そして、「ローマ時代に限らず、焼き物はどの時代の文明にあってもよく保存されている。それに、さまざまな種の寄生虫も、時を超えて潜んでいるに違いない」と続ける。
では、ほぼ2千年たった鞭虫の卵に感染する恐れも出てくるのか。
「ありえない」とラビノウは言下に否定する。考古学者も、博物館を訪ねる人も、そんな寄生虫の心配をする必要はまったくない。
「わずか数カ月で、間違いなく死んでいるから」(抄訳)
(Nicholas Bakalar)©2022 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから