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冷たい北の海で、島の家族を襲う時代の波 遅咲きの人気作家がドイツ社会の縮図を描く

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
『ZUR SEE』=山本正樹撮影

ドイツの風景といわれて海を思い浮かべる人はあまりいないだろう。

グリム童話に出てくる深い森や雄大なアルプスのイメージが強いドイツだが、実は国の北端はバルト海と北海に面している。南欧の陽光あふれる海ではなく、どちらかといえば重くて暗い海だ。

本書『海へ』は、北海に浮かぶ島に暮らす家族の一年を描いた小説である。

300年前から島に暮らしてきたザンダー一家。

初老の父イェンスは船乗りだったが引退して、干潟にぽつんと立つ小屋で野鳥観察員として孤独に暮らす。

その妻ハネは、一家が受け継いできた伝統的な葦(あし)ぶき屋根の家で3人の子供を産み育てた。かつては本土からの静養客相手に貸し部屋業をしていたが、現在は郷土博物館で観光客に島の伝統を伝える。

先祖と同様船乗りになった長男リックマーは、嵐で伝説の「波の白い壁」を目にしたトラウマから船を降り、アルコールに溺れる日々。妻にも去られ、40歳過ぎて実家暮らし。

長女のエスケは島の高齢者施設でかつての船乗りやその妻らを介護している。島の伝統と生活がいまや観光客の需要を満たす消耗品になってしまったことに腹立ちを覚える。

末っ子ヘンリクは一家で初めて船乗りにならなかった男。島の現状にも自身の人生にもなんの憂いもなく、毎朝無邪気に海で波と戯れ、集めた貝殻や流木でオブジェを作っている。ファンの女性が次々に押しかけ女房となるが、誰も長続きしない。

本土から隔絶した島も時代の変化と無縁ではない。

都会人が不動産を買い漁り、葦ぶき屋根の家に天文学的な値段がつく。移住者や別荘族が従来の住人とは別のコミュニティーを築き、ヘンリクのオブジェを「芸術品」ともてはやしては、展覧会まで開いて購入する。かつての海の男たちはいまや観光客にショーとして漁を見せて暮らす。

観光客の嗜好(しこう)も要求も変わり、かつてハネが営んだような常連客と友人づきあいする貸し部屋業は時代遅れに。

時代の変遷にもまれるザンダー一家だが、それぞれが抱える悩みも、互いの確執も、なにひとつ言葉にしない。小説はそれぞれの孤立した視点から語られ、互いのコミュニケーションはほとんどない。

それでも家族は家族。四季が一巡するあいだに、5人それぞれに転機が訪れる。

野鳥保護団体の若者と触れ合ううち人恋しくなったイェンスは、突如小屋を出て家に戻る。

海上葬の船の船長になったリックマーは、本土から来た魅力的な女性に出会う。

年に1度会うだけだったエスケの同性の恋人が、本土から訪ねてきて狭いアパートに居候する。

そしてある日、海に泳ぎに出たヘンリクが戻ってこなくなり……。

著者デルテ・ハンゼンは1964年、北海沿いの町フーズムに生まれた。2015年のデビュー小説『アルテスラント』が社会現象と呼べる大ベストセラーとなり、50歳を過ぎて一躍有名小説家になった。2作目の『昼時』は映画化もされた。海へは読者待望の3作目だ。

彼女の作品はどれも北ドイツが舞台で、密度の濃い地方小説と言える。

一方で現代ドイツ社会の縮図でもあり、時代の変遷や社会の矛盾、人間の普遍的な愚かさと弱さを冷徹にえぐり出す。暗く厳しい北の海を思わせる硬質な筆致のなかに、誰も悪者にしない、なにも断罪しない、包み込むような温かさが垣間見える。

コロナ、ウクライナ、移民等の諸問題で社会の分断が深まるドイツで、ハンゼンの小説がすさまじい人気を誇るのは、この視線によるものかもしれない。

ドイツのベストセラー

(フィクション・ハードカバー部門)
Börsenblatt誌1月11日号より

Mimik ミミック
Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック

ベストセラー作家の最新作。人の表情や身振りから深層心理を読む女性が主役。

Zur See 海へ
Dörte Hansen デルテ・ハンゼン

遅咲きベストセラー作家の最新作。北海の島に暮らす一家の一年を描く。

 It starts with us – Nur noch einmal und für immer 私たちの始まり-あと一度だけ、永遠に
Colleen Hoover コリーン・フーヴァー
米ベストセラーロマンス作家の新作。『世界の終わり、愛のはじまり』の続編。

  Kummer aller Art あらゆる種類の苦悩
Mariana Leky マリアナ・レーキー
外からは幸せに見える人たちが内に抱えたもろもろの苦悩をユーモラスにつづるコラム。

  Eine Frage der Chemie 化学の問題
Bonnie Garmus ボニー・ガーマス
米作家のデビュー作にして世界的ベストセラー。1960年代に化学者を目指した女性。

  Nachmittage 午後
Ferdinand von Schirach フェルディナント・フォン・シーラッハ
世界の多くの町を舞台に、人生を変えるささいな出来事を語る短編集。

  Einsame Nacht 孤独な夜
Charlotte Link シャルロッテ・リンク
非リア充刑事シリーズ4作目。雪の車中の死体と過去の未解決事件の関係は。

  Komm zu nix – Nix erledigt und trotzdem fertig なにも手につかない-なにひとつやり遂げられないのにちゃんと終わること
Tommy Jaud トミー・ヤウト
掃除、確定申告-日常のわずらわしい些事(さじ)についてユーモラスにつづる諧謔(かいぎゃく)集。

  Fragile Heart フラジャイル・ハート
Mona Kasten モナ・カステン
アダムとロージーの恋の行方は。10位『ロンリー・ハート』の続編恋愛小説。

10 Lonely Heart ロンリー・ハート
Mona Kasten モナ・カステン
ロージーはバンドへのインタビューがきっかけでドラマーのアダムと親しくなる。