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北朝鮮が言葉の法規制を強化「韓国の言葉使う人は革命の敵」 背景に韓流文化対策?

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2023年1月17、18の両日、万寿台議事堂であった最高人民会議(国会)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信
2023年1月17、18の両日、万寿台議事堂であった最高人民会議(国会)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

韓国ドラマ、ハリウッド映画は「文化侵略」

朝鮮中央通信によれば、最高人民会議は「平壌文化語保護法」の趣旨について、北朝鮮の人々の言語生活の領域で「非規範的な言語要素を排撃」するなどと説明した。北朝鮮はすでに2020年12月、韓国など外国のドラマや音楽などの視聴や販売などを厳罰化した「反動思想文化排撃法」を制定。2021年9月に青少年の生活習慣に国が介入する「青年教養保障法」も定めた。

北朝鮮が、韓国ドラマやハリウッド映画などによる「文化侵略」に危機感を覚えているのは間違いない。

韓国の情報機関、国家情報院は2021年7月の国会情報委員会で、北朝鮮当局の対応について報告した。報告によれば、北朝鮮では、青少年の間で、妻が夫を「ヨボ」と呼ばず、韓国風に「オッパ」と呼ぶなど、韓国の影響が強く広がっている。北朝鮮は「韓国の言葉を使う人間は革命の敵だ」と決めつけている。

金正恩総書記も会議で「より攻勢に出て、社会主義守護戦を進めろ」と命令。青少年の服装や韓国式の言葉や行動を集中的に取り締まっている。取り締まり対象の80%が10~30代の青少年層だという。

作り出された「平壌文化語」

だが、なぜ、北朝鮮の優越性を示す言葉が「朝鮮文化語」ではなく、「平壌文化語」なのか。北朝鮮から逃れた脱北者らによれば、「平壌文化語」は、北朝鮮が1960年代までに作った造語だという。

金日成主席は、北朝鮮をまとめる手段として「朝鮮民族の国」を強調した。多民族国家だった同じ社会主義圏のソ連や中国との差別化を意識し、金日成は「朝鮮は朝鮮民族の単一国家だ」と繰り返し、主張したという。

そのうえで、金日成は「朝鮮民族」を決める三つの要素として「言語、文化・歴史、血統」を重視した。三つの要素が重なる在日朝鮮人も「同じ朝鮮民族だ」と位置づけた。

そして、朝鮮民族が使う朝鮮語の標準語として、「平壌文化語」という用語を作り出したという。脱北者の一人は「朝鮮でも、地方によっては方言もある。公式の言葉として使う標準語が平壌文化語だった」と話す。

では、金日成が思い描いた「平壌文化語」とはどのようなものだったのか。金日成が当時、強く意識していたのが、分断された韓国との差別化だった。金日成はしばしば、「南の言葉は外来語が氾濫し、民族の言葉として特徴を失い、滅びる危険に瀕している」と周囲に語っていた。

かつて南北協議で韓国にやってきた北朝鮮当局者が、宿舎になったソウル・ウォーカーヒルホテルについて「丘が動くというのか」と言って、目を白黒させた。

今回の最高人民会議で主席壇に着席していた金英哲・前朝鮮労働党統一戦線部長の場合、かつて南北軍事協議に出席した際、韓国側の言葉の乱れを皮肉ったことがある。金英哲氏は交渉で、常に恫喝的な態度を取るため、韓国側は「毒蛇」というあだ名をつけて恐れた。

あるとき、韓国側の出席者があいさつで「災い転じて福となす、という言葉もある。南北関係の改善を期待したい」という趣旨の発言をした。金英哲氏は「お前はそんなに中国語が好きなのか」と皮肉ったという。

金日成は「平壌文化語」を守るため、朝鮮社会科学院などに文法や用語の研究を命じた。「李」「龍」は韓国式の「イ」「ヨン」ではなく、「リ」「リョン」と発音させた。当時は併用していた漢字の使用をやめた。

日本統治時代の名残だとして、人々が日常的に使っていた「弁当」「段取り」などの日本語も、できる限り排除しようとした。こうした「平壌文化語」の浸透は、学校教育を通じて行われた。在日朝鮮人の場合、1世は韓国の慶尚道や済州道出身者が多かったが、やはり学校教育で「平壌文化語」の習得を推奨したという。

このように、「平壌文化語」は、北朝鮮の韓国に対する優越性を示すために生まれた。北朝鮮は、韓国による「文化侵略」の危機に立たされているうえ、昨今は韓国に対する敵対心を更に強めている。

金正恩氏は昨年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会拡大総会で「(韓国は)我々の明白な敵になりつつある」と語った。韓国への強い対抗意識も、「平壌文化語」を文法の世界にとどまらず、法制化にまで進めた背景の一つになっているようだ。

また、今月の最高人民会議は様々な経済指標を打ち出したが、金正恩氏は出席しなかった。正恩氏が出席した党中央委拡大総会では、経済指標を巡る報道がほとんどなかった。北朝鮮は相次ぐ制裁や、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境封鎖などにより、経済的な困難に直面している。正恩氏と経済問題を切り離す動きは、経済不振の責任がロイヤルファミリーに及ばないようにするための措置といえる。

ロイヤルファミリーが責任を追及される事態は、ロイヤルファミリーを権力基盤とする特権階級の人々にとっての危機につながるからだ。ロイヤルファミリーによる支配が盤石ではないことも、「平壌文化語」を通じた社会統制強化の背景の一つだろう。

中朝関係も反映

一方、「平壌文化語」は、金日成の政治的な思惑から生み出された言葉だ。そのため、政治的な思惑に常に左右される。北朝鮮は昔、中国人の名前を朝鮮式に読んでいた。「習近平」なら、「シーチンピン」とは呼ばず、「スックムピョン」と呼ぶ。

金日成主席と握手する金丸元副総理、田辺社会党副委員長
北朝鮮の最高指導者、金日成主席(中央)と握手する金丸元副総理(左)、田辺社会党副委員長=1990年9月、北朝鮮・妙香山の会議場

ところが、金正日政権末期の2011年、一時的に現地読みに切り替えたことがあった。金正日総書記は当時、2010年5、8月、2011年5月と訪中を繰り返していた。金正日氏は2008年8月に脳卒中で倒れ、2009年1月には後継者に金正恩氏を指名した。

金正日氏の度重なる訪中は、後継体制に向けて中国の支持と支援を得るためと見られていた。中国人名の現地読みは、中国への配慮を示した格好になった。

首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記
首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記=2002年9月、北朝鮮・平壌市の百花園迎賓館

だが、金正恩体制になった後、習近平中国国家主席が北朝鮮よりも先に韓国を訪問した。2014年7月のことだ。金正恩氏は2012年ごろから中国の制止を振り切って弾道ミサイル発射や核実験を繰り返していた。

7回目の核実験に踏み切った北朝鮮の金正恩総書記
7回目の核実験に踏み切った北朝鮮の金正恩総書記=朝鮮通信

習氏の訪韓は、北朝鮮に対する強い不快感の表示だったが、金正恩氏も当時、北朝鮮内で中国ドラマの放映を禁じるなど、激しく反発した。中国人名の現地読みも、朝鮮式の読み方に逆戻りした。

中朝関係は2018年に一気に改善したが、読み方は依然、朝鮮式にとどまっている。これからも、金正恩氏と北朝鮮当局の都合によって、「平壌文化語」は日々変化を遂げることになるだろう。