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この惑星を支配するのはアリだ!農耕・建築・民主主義…人類が見習うべきその社会

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
葉っぱを運んでいるアリ
葉っぱを運ぶハキリアリ=2006年1月12日、コスタリカ・サンホセ、ロイター

香港大学の科学者たちがこれまでで最も詳しいアリの総数調査の結果を発表したのは、2022年9月のことだった。その数は、でっち上げではないかと思えるほど多かった。

この研究は、地球上に少なくとも2京――20,000,000,000,000,000匹いると推定している。人間1人当たり250万匹もいる計算になる。

しかし、この数字は、木の上を含めて地上にいる数を控えめに見積もったにすぎない。地下のアリは含まれていないので、実際より少ないことはほぼ間違いない。

「実数がこれよりけた外れに大きくても、驚きはしない」。今回の論文執筆者の一人、ザビーネ・ノーテンはニューヨーク・タイムズ紙にこう語る。

この数字に私は圧倒された。どんな子供にもよくあることだろうが、私も幼いころの一時期はアリに熱中した。夏の日の午後。毎日のように裏庭で観察し、あきることがなかった。

なんと不思議ですごい生き物なのか。信じられないほど多くが、優雅に整然と動いていた。それも、ものすごく忙しそうに。

アリについて考えるときに、ずっと面白く感じてきたことがある。人間と似ている一方で、一緒にはできない異質性もあることだ。

似ているのは、社会を営むことだろう。しかも、アリには全員に仕事がある。毎日せっせと根気強く仕事場に通ってもいる。

半面、アリの暮らしには、理解しがたいことがいかに多いことか。

みじめなほどに「私」は存在せず、個は集団に組み込まれている。指導者もいなければ、調整役もいない。彼らの暮らしは本能とアルゴリズムに支配されながらも、そこから集団としての知性が生まれている。

移動したり、意思疎通を図ったりするのに、化学的なシグナルを発するのも違うところだ。さまざまなフェロモンで「交通標識」を作り、渋滞でつかえることは決してない。

アリ塚から出てきた大量のヒアリ=2017年7月24日、中国広州市南沙区、益満雄一郎撮影。強い毒を持つ外来種で、17年に日本国内で初めて確認された

そんな人間との既知の違いを超えて、今回の京単位にもなる総数調査はアリを見る新たな視点を私に与えてくれた。社会を営む生物種でありながら、人間とはかなり違うということだけではない。

アリの社会の方が、多くの点から疑いの余地もなく優位に立っているとの見方だ。

アリは人類にとって見習うべき存在だ、と今も私は考え続けている。何千万年という進化の中で、周りの世界を消耗させることなくその数を驚異的に増やす方法を見つけ出した。

というか、真実はその正反対なのだろう。アリは生息環境にかくも多くの機能を授けている。だから、彼らこそが「世界を動かす小さき者たち」ということになる。

アリをこよなく愛した高名な社会生物学者のE・O・ウィルソン(訳注=1929~2021年)は、アリなどの無脊椎(せきつい)動物についてかつてこう表現している。

一人の人間として、人類はある種の特別な存在だと信じ込むのは、自然なことなのかもしれない。ただし、いくつもの客観的な指標が、アリの方がこの地球上の生命体に対してはるかに重要であることを示している。

人間が消え去っても、この世界がそれで悪くなることはさしてないだろう、とウィルソンは指摘している。逆にアリなどの無脊椎動物がいなくなれば、ほとんどすべてに累が及ぶ。

アリは、土壌に空気を入れる。種子を運ぶ。物質の分解を助ける。アリ塚は滋養に富んだオアシスでもあり、さまざまな命を育む基盤となる。

その数の多さはいうに及ばず、この惑星で果たしている重要性に鑑みて、私たちはアリをもっと高く評価すべきなのではないだろうか。何しろ彼らはこの地球上を這う、最も洗練され、最も成功している生命体の一つなのだから。

人類は、もちろんアリより賢く、体も大きい。ここ30万年ほどは支配的な生物種としてふるまい、この惑星を征服し、生命の歴史上見られなかったほどのレベルでその資源をほしいままにしてきた。

しかし、アリのように社会を営む虫(ミツバチやシロアリ、狩りをするハチの一部を含む)と比べてみよう。人類の記録は鼻を高くしてはしゃいでみても、あくまでも一瞬の輝点にすぎない。

アリはすでに約1億4千万年も存在している。彼らはしばしばいくつかの生態系の主要な作り手となり、地球上のほぼすべての陸の生態系で重要な役割を担っている。

しかも、典型的な人間の営みと私たちが考えているいくつかのことを編み出したのも、彼らだった。

農耕がそうだ。アリは少なくとももう6千万年も取り組んでいる。

例えばハキリアリ。葉っぱをせっせと集め、それをもとにある種のキノコを栽培。自分たちだけで消費している。別種のアリは、植物の樹液をエサとするアブラムシの群れを飼っている。そして、その体から出る糖分に富んだ分泌物を、ミルクのようにしぼり取る。

アリは建築の名人でもある。恐るべき戦士でもあり、その強さを支えに平和を保ちもする。妥協したり、一定の民主主義に携わったりすることすらある。

アリはいつも私たちのよき隣人であるとは限らない。同じ環境を分かち合うのが難しいとしても、学ぶべきことは多い。

アルゼンチンアリ=兵庫県・伊丹市昆虫館提供

その一例はアルゼンチンアリだ。侵略的で、人間や物資の移動に便乗し、この100年ほどの間に南米からほぼ世界中に広がった。そこまで支配的になれたのは、驚くなかれ、新たな組織形態を発展させたためと見られる。「スーパーコロニー」と呼ばれる超巨大な巣作りだ。

そこでは、(訳注=アリは本来、ほかの群れとは敵対するのに対して)いくつもの巣がつながってとてつもなく巨大化し、個々のアリは自由にほかの群れの巣を行き来して混ざり合う。そうなったのは、新天地にたどり着くと、そこに適応するために本来の攻撃性を大幅に弱め、はるかに大きな集団を作れるようにしたからだった。

あるアルゼンチンアリのスーパーコロニーの総延長は、イタリアからスペインまで4千マイル近く(約6400キロ)に及んでいた。「共同営巣の形態としては、これまでの最大記録」と調査報告書の一つは記している。

この種の社会的な柔軟性は、アリの成功のカギを握る要因となっている。

数百万年後に、人類がこの惑星の支配的な生命体であり続けていることを想像するのは難しい。では、アリは? その面白い行動形態で、きっと耐え抜いていることだろう。

生態学者のキャサリン・パーとトム・ビショップは、22年に発表した研究論文でこんな見解を示している――。

気候変動という人類がこの惑星に与えた巨大な汚点すら、アリにとってはたいした厄災にはならないのではないか。その柔軟な社会構造は「他種との交わりに欠ける(訳注=人類などの)生物より、はるかに容易に環境の変化を切り抜けることを可能にするだろう」というのだ。

これは決して驚くべきことではない。アリは私たちより前にすでに存在していた。そして、多分、私たちより長く生き残るだろう。

地球というこの場を営むのは、彼らなのだ。私たちは、あとからやってきたお客さんにすぎない。(抄訳)

(Farhad Manjoo)©The New York Times

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