炭素原子一つと、四つの水素原子からできたメタン(化学式CH₄)は、都市ガスの主成分でもあり、人間の体内でも発生する身近なガスだ。
水中など酸素が少ない環境で、微生物が有機物を分解するときに発生しやすく、湿地や火山などからも出る。
ありふれたそのメタンがにわかに、人類の強敵として注目されている。
理由は、地球温暖化へのインパクトだ。国際機関のシミュレーションでは、メタンの濃度上昇で1750年から2019年までに0.28度、気温が上がった。温暖化の「主犯」、二酸化炭素(CO₂)による1.01度に次ぐ。
さらなる危機も指摘されている。気温が上がって寒冷地域にある永久凍土に蓄積する有機物が融解・分解されると、メタンの放出が進み、さらに温暖化に拍車をかける。悪循環の恐れから、気候変動の「時限爆弾」とも呼ばれている。
ただ、無色透明、無臭なうえに、大気中の濃度はCO₂の200分の1ほど。どこから出ているのかさえ正確につかめていなかった。状況を変えたのは、人工衛星などの監視技術の飛躍的進歩だ。
日本の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」は2009年の観測開始以降、大気中のメタンの年平均濃度が一貫して増える様子を記録。増加ペースが加速していることもとらえた。
近年は、石油や天然ガス施設付近から漏れ出ている様子を詳細にとらえられるアメリカなどの衛星技術も登場している。廃棄物の処分場や、家畜の牛など反芻動物から出るものもあわせて、世界で排出されるメタンの約6割が人間活動によるものだとわかってきた。
メタンに焦点が当たるもう一つの理由が、2015年に採択されたパリ協定だ。産業革命以降の気温上昇を1.5度に抑えることを目指すが、すでに約1.1度も上がってしまった。国立環境研究所の伊藤昭彦室長は「CO₂削減だけでは困難だと認識されるようになったからではないか」と説明する。
「温暖化を1.5度以内に抑えるためには、強力な温室効果ガスであるメタンの削減が、最も簡単に実行できる策だ」。昨年11月、EUのフォンデアライエン欧州委員長は演説で強調した。
同月に開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で、日本を含む100カ国以上の賛同を集めたのが、「世界メタン宣言」だ。30年までに、メタンの排出を20年比で30%減らそうと、初の世界的枠組みがスタートした。
CO₂に比べて少量でも、温室効果が高いメタンの対策は、効果がすぐに現れるはずだ。そう期待して、隠れていたメタンを捕らえる取り組みが、急速に世界に広がりつつある。