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あの英雄も薄毛に悩んだ 隠さず人気になる人も 切っても切れないヒトと髪の関係

LifeStyle 更新日: 公開日:
Rubens, Peter Paul: Cäsar, 1619, GK I 972.
古代ローマの政治家カエサルの肖像画 Rubens, Peter Paul: Cäsar, 1619, GK I 972.©Prussian Palaces and Gardens Foundation Berlin-Brandenburg / Photographer Roland Handrick

「髪は長ーい友達」

一定の年齢以上の人なら覚えているだろう。1970年代、第一製薬(現・第一三共ヘルスケア)が発毛促進剤「カロヤン」を宣伝するために流したテレビコマーシャルだ。

「髪」の字の右上のチョンチョンが抜けて、左上の「長」と下の「友」が残る。そして「抜け始めて分かる。髪は長ーい友達」のナレーションが入る。

なかなか秀逸だ。長い友人関係にあるヒトと髪の毛の歴史をひもとく。

犬や猫には全身に毛がある。毛によって体の熱を失うのを最小限におさえられるため、夜間に活発に動くことができる。同じ哺乳類であるヒトの体もほぼ全身に毛があるが、犬猫とは違い、頭髪や眉毛、まつげなどの毛はしっかりしていてよく見えるが、他の部分は細い。

なぜヒトの全身にはしっかりした毛がないのだろう。

Rubens, Peter Paul: Cäsar, 1619, GK I 972.
人類の進化を説明したイラストTiziano Cremonini/iStock/Getty Images Plus

「毛の人類史」(太田出版)の著者カート・ステン氏は、ヒトは温度に敏感な脳を守るために全身の被毛を失った、と説明している。狩りをするために日中動き回らないとならないが、体温が40度以上になると熱中症に、42度になると脳死状態になるため、脳の大型化に伴って硬い毛を失っていったという。

それなら、頭髪やまつげもない方が良いのかと言うと、そうではない。まつげや鼻毛は目やのどに入るちりを最小限にしているし、頭髪は太陽の紫外線から守ったり、頭をぶつけた際のクッションになったりしている。成長期に濃くなるわき毛や陰毛は、皮膚同士の摩擦を防いでいるという。

薄毛に悩んだのは現代人だけではない。

筆頭に挙げられるのは古代ローマのカエサルだろう。「ローマ皇帝伝」(岩波書店)にはこんな記述がある。

「禿頭だけは、政敵が攻撃のたびに揶揄の対象の対象とするのを何度も体験し、耐え難く悩んでいた。そこで乏しくなった髪の毛を、いつも頭のてっぺんから額の方へ撫でおろしていたし、元老院や民会から決議されて贈られたあらゆる名誉のうちで、月桂冠を終身かぶれるという権利ほど、喜んで受けとり活用したものはなかった」

時代下ってフランス。若い時から薄毛に悩んだ国王ルイ13世(1601〜1643)は、ウィッグ(かつら)の愛用者として有名だ。宮廷の人々もかぶるようになり、流行はイギリスまで伝わったという。

息子のルイ14世(1638〜1715)も愛用したが、革命期になると廃れた。ただ、法律家や聖職者らの慣習としては残ったという。

日本はどうだろうか。

平安時代の貴族の女性は、髪の長さが優雅な暮らしを送ることができる証しだったという。武士は、兜(かぶと)にあたる部分が蒸れないよう頭頂部をそる「月代(さかやき)」をした。気の逆上を防ぐためとも言われ、江戸時代には庶民の間にも広がったという。

京都市の八坂神社で平安貴族の衣装を身にまとい、「かるた始め」をする女性や子どもたち
京都市の八坂神社で平安貴族の衣装を身にまとい、「かるた始め」をする女性や子どもたち=2008年1月3日、山本裕之撮影

あえてそるくらいだから、気にしていなかったのかと思いきや、織田信長が薄毛の明智光秀をからかったとの説もある。

髪の毛をそると言えば、今もお坊さんがおなじみだ。お寺の得度式では髪をそった子どもたちの姿も。出家の際に髪をそるのは、一般社会の煩悩を断ちきる意味があるという。スタイルを気にすると修行の妨げになるということだろうか。

ちなみに反省の意味で「頭を丸める」ことの意味は諸説あるが、衛生上の理由から男性受刑者が丸刈りにすることとの関連を指摘する人もいる。

得度式を受けた後、記念写真に納まる子どもたち
得度式を受けた後、記念写真に納まる子どもたち=2017年8月4日、京都市下京区、佐藤慈子撮影

国民的人気マンガ「サザエさん」の波平さんも忘れてはいけない。頭頂部に1本だけ残った髪の毛をめぐる逸話は時折取り上げられるが、1967年9月13日の朝日新聞朝刊掲載分では、かつら姿を披露している。家族の反応が気になるところだ。

©長谷川町子美術館

一方で、薄毛を隠さない人も増えてきている。

よく知られたのは人気映画「007」シリーズの初代ジェームズ・ボンド役を演じた英俳優ショーン・コネリー氏(2020年没)だ。

若い時に使用していたかつらを中年になって外したが、「渋い」と言われ人気だった。同じくアクション映画で人気を博した米俳優ブルース・ウィリス氏もスキンヘッドがトレードマークだ。

1983年10月、12年ぶりに復帰した新作「007/ネバー・セイ、ネバー・アゲイン」のPRのため来日したショーン・コネリーさん
1983年10月、12年ぶりに復帰した新作「007/ネバー・セイ、ネバー・アゲイン」のPRのため来日したショーン・コネリーさん=朝日新聞社

日本でも竹中直人氏らが存在感のある俳優として活動している。薄毛ではないが、フリーアナウンサーの近藤サト氏のような白髪(グレーヘア)を隠さない生き方にも共感が広がっている。