■英国の衰退と原作小説
原作の小説を書いたイアン・フレミング(1908~64)は、ロイター通信の記者としてモスクワ取材の経験があり、戦中に英海軍情報部の高官の私設秘書をした。機密に触れ、ディープな世界を見たはずだ。
小説の1作目が出たのは1953年。英国の国力が衰えるなか、いかに国際社会で力を発揮するか、どうやって立ち回るかが小説のテーマでもあった。いまの日本もそうだが、国力が落ちたときにどう存在感を示せるかが問われる。
冷戦下での映画の第2作「ロシアより愛をこめて」(63年)公開のころ、米国は全盛期。英国の情報機関「MI6」のボンドと、ソ連のスパイが最後に力を合わせる物語で、英国の存在感をアピールしている。
国家間の紛争を防ぐとか、世界のマーケットを混乱させないとか、ある意味、国際秩序の維持がテーマになっている。英国のスパイが自国の利益を守るために働くことが、グローバルな視点で見ると秩序の維持に役立っている。国家間の対立を企てる国際犯罪組織が登場し、ボンドが戦う。相手は非国家主体の犯罪組織のため、闇の世界で戦い勝利を収めていく。ボンドは秩序を支える「縁の下の力持ち」といえる。
■国際紛争を抑止
「トゥモロー・ネバー・ダイ」(97年)では世界的なメディアグループが英中を対立させ、戦争を起こさせようとする。それを防いだボンドは紛争防止の機能を担っていた。「ゴールドフィンガー」(64年)や「ダイヤモンドは永遠に」(71年)では、国際犯罪組織が、国際通貨の米ドル以外で価値がある金やダイヤモンドで悪事をたくらむ。金を放射能で汚染し、金の価格をつり上げ、西側のマーケットを混乱させようとする。
毎回、注目の国や地域が舞台に選ばれた。「007は二度死ぬ」(67年)は、64年の東京五輪で成功した日本でロケが行われた。日本が国際的に認知された時期だ。
■現実を反映するキャラクター
20世紀と21世紀でボンドのキャラクターが変わった。20世紀は、お酒と女性とギャンブルが好きな英国紳士だったが、「カジノ・ロワイヤル」(2006年)で激しい時代を生き抜くスパイにがらりと変わった。きっかけは、01年の米同時多発テロではないか。米本土を本格的に初めて攻撃したのが、敵対する国家ではなく国際犯罪組織のアルカイダだった。そこからテロが主要なテーマとなった。
国家が政策上、表立って解決できない問題を処理してきたボンド。彼こそは、国際秩序を守ってきた陰の主役なのだ。
たけだ・いさみ 独協大外国語学部教授。専攻は、海洋安全保障、東南アジア・インド太平洋の国際関係、海洋と海賊の世界史。著作に『移民・難民・援助の政治学』『世界史をつくった海賊』『海の地政学』など。