「ヒエウPC」のニックネームで世界に名前を知られるゴー・ミン・ヒエウさん(33)は、「ホワイトハッカー」だ。
ホワイトハッカーとは、サイバー攻撃などをしかけてくるハッカー(ブラックハッカー)から、政府や企業を守るセキュリティーの専門家のことをいう。
ヒエウさんは、中部の町で電器店を営む両親のもとに生まれた。15歳の頃にコンピューターに詳しい親類から簡単なプログラムを教えてもらうと、すぐにコンピューターにのめり込んだ。
独学でコンピューターのセキュリティーを破る方法を学び、次々に挑んだ。ニュージーランドやベトナムの大学でもコンピューターサイエンスを学び、その間もハッキングを続けた。
盗んだ個人情報を売れば金になると分かり、「簡単に稼げるようになりまともな感覚を失った」。高級車のBMWを乗り回し、オンラインのギャンブルに金をつぎ込んだ。
絶頂期だった2013年、大型の取引を持ちかけられてグアムに向かった。それは米国の捜査当局の作戦だった。
米国のサーバーなどから個人情報を大量に盗み出していることを特定した米当局に、客を装って誘い出され、グアムの空港で逮捕され、禁錮13年の判決を受けた。
米司法省によると、ヒエウさんは2億人の個人情報に不正にアクセスし、200万ドル(約2億9500万円)近くを稼いだという。
「刑務所では日記を書いて過ごした」。ヒエウさんは、服役中の日々を振り返る。将来なにがしたいか。自分の人生についてあらためて考えたという。
模範囚として過ごした結果、刑期は7年に短縮され、19年12月に釈放された。コロナ禍で遅れたが、2020年8月に帰国した。すぐに政府から声がかかり、今は国家サイバーセキュリティーセンターの専門家として働いている。
今年5月には、自らが発見した米アップルのオンラインサービスに関連する不具合2件を「ヒエウPC」の名前で報告。そのうちの1件がセキュリティーの向上に貢献したと認められた。アップルが公表する、情報セキュリティーの専門家のリストに名前が載った。
「今は街を走るランボルギーニを見ても欲しいと思わなくなった」と笑うヒエウさんは、年内にサイバーセキュリティーの会社を立ち上げて独立する計画を温めている。
「テクノロジーならベトナムは世界で戦える」
政府は過去10年間で小学生から英語や情報技術を学べる環境を整えてきた。経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査「PISA」(2015年)では、参加した72カ国・地域のうち科学的リテラシーで8位、韓国や米国、ドイツよりも上位だった。
情報通信省によると、2020年時点で国内にはIT企業が4万3000社あり、日本などから仕事を請け負うオフショア開発も増えた。
ヒエウさんのような異才の登場は、ベトナムのIT人材のすそ野の広さの象徴とも言える。