ベトナム最大の都市、ホーチミン市。雨期の始まる5月に入ると、日中の気温は40度近くまであがる。蒸し暑さが続く金曜日の夜、市中心部にある人気の「ビアクラブ」を訪ねた。
近くまで来ると、店の外まで大音量の音楽が響き、午後9時近くでも50人近くが席が空くのを待っている。
店の名は「ブブゼラ」。南アフリカの楽器名から取った。席数は約250あり、20代前半の若者たちが米国のポップやロックに合わせて踊り、大騒ぎしている。約3割は女性だ。
3リットル入る透明な細長い容器「ビアタワー」から自分で注ぎ、次々に飲み干す。海外ブランドのビールがほとんど。
席に着いた途端、「バドワイザー」のびんがテーブルに置かれ、注文を勧められた。キャンペーン中だという。
こうしたビアクラブは、ホーチミンには昨年初めてでき、若者が飛びついた。今では市内に50店舗ほどに増えた。
若者たちが一晩に使うお金は、20万~25万ドン(1000円強)。平均月収が1万~2万円という当地ではかなりの額だ。
友人と乾杯を繰り返していた公務員のファム・ホアン・バオ・チェン(23)は「いまホーチミンで一番ホットな場所。週2回は来る」と話した。前回はシンガポールの「タイガー」を飲んだが、この日は日本のサッポロを試したという。オランダのハイネケンも人気だ。
週明け、ホーチミンに隣り合うビンズオン省の「ベトナム・シンガポール工業団地」を訪ねた。市内から車で1時間あまり。
正門をくぐり、広大な敷地を15分ほど走ると、クレーン車の音が聞こえてきた。
ベルギーに本社を置くビール最大手「アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)」社がベトナムに初めて建てる工場だ。ヘルメット姿の作業員は「あと3カ月ほどで完成だよ」と言う。
ABインベブは世界シェアの約2割を握り、アジアではこれまで中国市場に力を入れてきた。
昨年、ベトナム進出を表明。ロイター通信によると、CEOのカルロス・ブリトは、「(ベトナムでは)我々の世界ブランド、特にバドワイザーは強くアピールするだろう。中国の次に狙うのに当然の場所だ」と話している。
世界最大手がここに足場を置くのは、世界有数の成長市場だからだ。
ベトナムの経済成長と歩調を合わせるようにビール消費量は過去10年間で年平均12%も伸び、2012年の年間消費量は世界11位。
9000万人いる国民の平均年齢は28歳で、人口分布は20歳前後がピークと若い。10年以内に日本を抜き、中国に次ぐアジア2位の市場になるのは確実と見られ、外資が押し寄せている。
2011年に現地工場をつくったサッポロベトナムの社長、岸裕文(51)は「人口は『人の口』と書くように、ビールのような『胃袋産業』には最も大事な変数だ。若者が就職し、所得が増えればビールを飲むようになる。人口ピラミッドはウソをつかない。伸びしろは中国より大きい」と話す。
各メーカーは「プロモーションガール」と呼ばれる女性たちを接客のため飲食店に送り込み、激しい客取り合戦を繰り広げている。
国内シェア4割を握る国営ビール会社のサイゴンビール・アルコール・ビバレッジ(サベコ)も、外資の攻勢を受け臨戦態勢にある。
ホーチミン郊外にある工場では、タンクを増やす工事が進んでいた。案内してくれたディン・グォク・ハー(33)は「いまは年間26万キロリットル生産しているが、50万キロリットルの増産にも対応できる」と説明した。
主力の「333」は海外ブランドの半値という安さもあって庶民に人気だが、近年は売り上げが落ちているという。
しかも頭が痛いのは、政府が検討中の増税だ。ビールを含む贅沢品の消費税率が、いまの50%から65%に上がるという。
会長のファン・ダン・トァット(55)は「低所得層に強い我々には不利になる」と警戒する。
さらに、いまは政府が約9割を持つ株式の売却先を探している。「資本提携で販売システムを近代化し、国内外への販路をさらに拡大しなければならない。相手は今年じゅうに決める」。地元メディアは、ハイネケンや世界2位のSABミラー、日本のキリンやアサヒなどの名前を候補に挙げている。(田玉恵美)