「素晴らしい酒をつくるのに、時間が必要だなんて誰が言ったんだ」。既存のウイスキーメーカーを刺激するような言葉を投げかけるのは、サンフランシスコのスタートアップ企業「Endless West(エンドレス・ウェスト)」の共同創業者でCEOのアレック・リーさん(33)。同社の「Glyph(グリフ)」は、熟成後のウイスキーと同じ成分を天然の植物や果物、酵母などから抽出し、混ぜ合わせてつくられる。ふつう年単位の時間をかけて熟成するウイスキーの味を1日でつくるとうたう、研究室生まれの「ラボ・ウイスキー」だ。
「私たちは分子レベルでウイスキーの特徴を理解した。高品質のウイスキーを伝統的な方法とは違うやり方でつくっている」。2018年に第1弾「85H」(現在は「Original」)を発売したのを皮切りに、シェリー樽で熟成したスコッチウイスキーやバーボンを意識した製品にもラインアップを広げる。
グリフ開発のきっかけは、ワイン愛好家でもあるもう1人の共同創業者が、高額のビンテージワインを試せなかったことだ。質の高いワインの味をみなで楽しむことはできないか。バイオ技術に詳しい科学者でもある創業者2人が目をつけたのが、自然に豊富にある素材を使って高級酒の味をつくりだす方法だった。
ただ、米国の規制でワインを名乗るにはブドウなどの果実を使う必要があったため、ウイスキーに方向転換。グリフは、既製のウイスキーを少量加えることで「スピリットウイスキー」という酒類に分類される。リーは、特定のタイプのウイスキーのコピーではなく、あくまでも独自の味を追求している、と話す。
グリフには熟成工程がないため、樽用の木材を消費することがない。製造に必要な水の量や農地の広さも伝統的な製法の10分の1以下で済むという。持続可能性の高さもグリフが打ち出す魅力の一つだ。リーは「伝統的なウイスキーが好きな人のことは尊重するが、私たちがつくる価値もある。どちらが悪いというわけではない」としながらも、「ウイスキーは、歴史的に『古いものほどよい』という考え方が支配的だった。私たちは新しいことも経験してみたい」。
新たな熟成方法を追求する企業もある。「Bespoken Spirits(ビースポークン・スピリッツ)」(米メンロパーク)は、ウイスキーの中に樽板のかけらを入れ熟成を促す技術を開発した。専用の機械にかけて圧力や温度を変化させ、樽の成分を抽出することで、長期熟成した場合と同じような香りや味を数日で実現するという。
同社によると、樽板の種類や熱処理の方法、機械が加える圧力や温度を変えることで、数十億の製法が可能。一方、木材消費量は木樽熟成に比べ30分の1ほどで済み、「天使の分け前」と呼ばれる熟成中のウイスキーの蒸発も防げる。
共同創業者のマーティン・ジャノーゼクさん(50)は「伝統的な製造プロセスは時代遅れで不正確で予測できない。持続可能性もなく効率も悪い」と切り捨て、「現代科学と持続可能な技術で熟成過程をつくり直した」と胸を張る。
「熟成にかかる長い年月やコストを節約できる」(共同創業者のスチュ・アーロンさん=50)と強調する同社は、バーボンやライウイスキーなどの自社ブランド製品のほか、熟成処理を請け負うサービスも手がける。醸造所で余ったビールを使って高級ウイスキーをつくった実績もあるという。世界的なウイスキー人気のなか、こうしたテクノロジーへの関心は高い。ビースポークン社は昨年10月、260万ドル(約2億8600万円)の資金を調達したと発表。出資者には大リーグ・ヤンキースの元主将デレク・ジーター氏も名を連ね、話題になった。
ウイスキーは時間をかけて熟成するもの。それが常識でなくなる時代が近くまで来ているのかもしれない。
■気になるその味は?
気になる「ハイテク」蒸留酒の味はどうか? 2社とも国際的な品評会での受賞歴を掲げるが、レビューサイトでは辛めの評価も。日本では未発売のため、米国出張した同僚記者に1種類ずつ買ってきてもらい、試してみた。
レビューで「地域の酒屋の一番下の棚に置いてある商品と競合しうる、まずまずのウイスキー」とも評価されたグリフの「85H」(750ミリリットル、税抜き39ドル99セントで購入)は、リンゴのような甘さが強く香る。アルコールの刺激があまりなく飲みやすいとはいえ、すっきりしすぎて、あっという間に口の中から消えてしまう印象も受けた。
ビースポークン社の「Original」(375ミリリットル、税抜き29ドル99セントで購入)には、カラメルやレーズンの濃厚な甘さが漂う。余韻を楽しめるほど味わいは長続きしなかったが、同社のアーロンさんが「ラベルを隠して飲んでほしい」と自信をのぞかせていたのには納得した。「インスタントだから」といって敬遠するのはもったいない。技術の熟成がどう進むのか、期待は間違いなく高まっていくのだろう。(太田航)