■ウイスキーの「原液」を味見した
英スコットランドの中心都市エディンバラから車で南に1時間ほど。イングランドとの境にある村に、2018年開業のボーダーズ蒸留所はあった。
天井の窓から日が差し込む蒸留所に足を踏み入れると、甘酸っぱい酵母の香りが漂ってきた。大きな鉄のタンクをのぞきこむと黄金色の液体が泡立っていた。案内してくれた経営者のジョン・フォーダイスさんが言った。「麦汁の糖をイースト菌が食べてアルコールをつくっているところです。この段階での度数は8%。成分上はビール。ウイスキーは蒸留したビールなんですよ」
蒸留所を進むと、黄土色の蒸留釜「ポットスチル」があった。釜の高いところにある小窓から、ボコボコと沸き立つ液体が見えた。釜の上部から蒸気を抜き出し、冷却してアルコール分の高い液体に戻す。2度繰り返すとウイスキーの原液ができる。
「味見しますか」
フォーダイスさんが、コップについで渡してくれた。意外にも透明。なめると、舌に焼けつくようなアルコールの刺激を感じ、華やかな香りが鼻先をくすぐった。たしかに「ウイスキーの卵」だ。原液をバーボンやシェリーの樽に詰めて熟成させると、琥珀(こはく)色のウイスキーになる。
■経営の安定が課題に
3年以上の熟成を経ると、スコッチを名乗れる。この蒸留所のスコッチは蔵で眠っている。そろそろ3年だが、「出荷は、納得できる味に仕上がっているか次第。もう少しかかるかも」とフォーダイスさんは笑みをこぼした。
スコットランドには、現在140近い蒸留所がある。近年は新しい蒸留所の開設や、閉鎖した蒸留所の復活も相次ぐ。ボーダーズ蒸留所もその一つ。フォーダイスさんによると、この地区は、スコットランド最後の蒸留所の「空白地」だった。
蒸留所の一角には、ウイスキーをつくるのとは別の蒸留釜があった。ここでは、ジンやウォッカもつくっており、いまはこれが主力商品だ。ウイスキーは10年前後とされる長期熟成が必要だ。10年後の消費者を想像しながらつくる楽しみがある半面、その間の経営をどう安定させるかが課題にもなる。
■伝統をフィンテックが支える
ボーダーズ蒸留所の経営にとって、心強い仕組みがある。フィンテック(金融IT)サービスだ。
ボーダーズは、蔵に眠るスコッチの一部をオンラインの「市場」に出している。1リットル単位で投資を募れる仕組みで、1000人ほどの投資家らから資金を得ている。スコッチが完成したら、ボーダーズは市場で買い戻し、自社製品の原料にあてることもできる。「できたばかりの蒸留所にとって、知名度を広げる場にもなる」とフォーダイスさんは歓迎する。
市場の仕組みを提供するのは、ロンドンが本社の「ウイスキー・インベスト・ダイレクト(WID)」だ。
社長を務めるルパート・パトリックさんは、米ビーム(現ビームサントリー)や英酒造大手ディアジオの幹部も務めた業界のベテラン。蒸留所が抱える課題に気づき、透明性の高い市場をつくれないかと考えた。
解決の手を差し伸べてくれたのが、幼なじみだった。1グラムから金をオンライン取引できる仕組みを提供するフィンテック企業を経営していた。この会社の技術を応用し、小口の取引を可能にした。
■スコッチの強みとは
15年にサービスを始め、いまは15の蒸留所の樽7万本分を超えるウイスキーの「売買」を仲介する。もともと金取引をしていた個人投資家らが興味を示し、約3500人が口座を開設。1人あたりの投資額は700ポンド(約10万5000円)から75万ポンド(約1億1250万円)と幅広い。
パトリックさんは高祖父の名を冠したスコッチ「ジェームズ・イーディー」の製造も手がける。「日本や米国のウイスキーも品質はすばらしい。だが、スコッチを飲むと、人はそこにスコットランドの雄大な自然と文化、歴史を想像する。それが伝統あるスコッチの強さだ」と話す。