――ウイスキーは日本だけでなく世界でブームになっていますね。
はい。代表格のスコッチウイスキーで言えば、1970年代後半からの低迷期を経て、2000年代から消費量が増えています。日本では、戦後の経済成長とともに伸びたウイスキー消費が1983年度を境に減少に転じましたが、2009年度以降、ハイボール人気などで再び盛り返しています。
――世界的なブームの原因は何ですか。
消費量が増えている大きな要因は、新興国での需要の高まりです。インド、中国、ロシアなどの経済発展に伴って富裕層が高級スコッチを飲むようになりました。スコッチの輸出量、輸出額は過去最高水準です。コロナ禍の影響も受けてはいますが、この傾向は続くでしょう。
ただここでの主力は、モルトウイスキーより安価なブレンデッドウイスキーです。いまもスコッチの売り上げの8~9割を占めています。
――モルトウイスキーも人気ですよね。
はい。特に欧米や日本などの先進国で人気なのは、シングルモルトです。1970年代以降のスコッチの「冬の時代」を経て、95年ごろから市場に多く出回り、蒸留所ごとに異なる個性的な味わいが、大量生産・大量消費の商品であるブレンデッドに満足できなくなった消費者の心をつかみました。
多様化した嗜好にこたえるウイスキーとして、シングルモルトを生産する蒸留所は増えています。世界的なブームと呼べるほど、各地に小規模なクラフト蒸留所ができています。
――どれぐらい蒸留所があるのですか。
クラフトビールの流行で2010年以降、ウイスキーのクラフト蒸留所の設立が相次いだアメリカでは現在、大手と合わせて約2000の蒸留所があります。スコットランドでも13年以降、月に1、2カ所ペースで増え続け、140カ所ほどになりました。日本は08年には7カ所だったのが、約40カ所まで増えています。
以前のウイスキー生産は少数の巨大企業が担ってきましたが、2000年代以降、大きく変わりました。ウイスキーは消費量が増えているだけでなく、銘柄も多彩になってきました。
――クラフト蒸留所といえば、埼玉県秩父市や北海道厚岸町などに話題の蒸留所があります。海外はどうですか。
シングルモルトは特に、蒸留所の気候や立地の影響を受けやすいと言われています。ワインづくりと同じように「テロワール」(フランス語で「その土地ならでは」の意)にこだわり、地元産の大麦を原料に使う蒸留所がスコットランドのアイラ島やアイルランドにできています。
環境や持続可能性への配慮も重視されるようになりました。地域社会が運営する世界初のクラフト蒸留所として創業したスコットランドのグレンウィヴィス蒸留所では、再生可能エネルギーの100%利用をうたっています。
――ウイスキーの産地も広がっているのですか。
スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本が5大ウイスキーの産地です。それ以外にも台湾、インド、イスラエル、南アフリカなどに広がっています。
ウイスキーづくりには冷涼な気候が必要だと考えられてきましたが、発酵や熟成の研究が進んだことなどから、暑い国でも高品質のウイスキーがつくられるようになってきました。
――暑い国のウイスキーですか。知りませんでしたが、味の方はどうですか。
暑い環境でウイスキーは早く熟成が進みます。熟成がピークを迎えるまでにかかる期間は、スコッチでは一般的に15~30年と言われるのに対し、台湾のカバラン蒸留所では5~6年。早期熟成といっても、長期熟成に負けない味わいを醸し出しています。
いずれ5大ウイスキーという呼び方もなくなるかもしれません。ウイスキーはいま、最も面白い時代を迎えていると言えるでしょう。
つちや・まもる 1954年新潟県生まれ。フォトジャーナリスト、週刊誌記者などを経て渡英。帰国後、英国での生活や取材経験を生かし、作家、ウイスキー評論家などとして活動。ウイスキー専門誌「Whisky Galore」の編集長も務める。『完全版シングルモルトスコッチ大全』(小学館)など著書多数。