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ウクライナ侵攻を決断したプーチン大統領を思想で支える人物 ドゥーギン親子以外にも

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ロシアのプーチン大統領に影響を与えたとされるウラジスラフ・スルコフ氏とアレクサンドル・ドゥーギン氏、娘のダリヤ・ドゥーギナ氏
ロシアのプーチン大統領に影響を与えたとされるウラジスラフ・スルコフ氏(左)とアレクサンドル・ドゥーギン氏(中央)、娘のダリヤ・ドゥーギナ氏=ロイター

ロシアの極右思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘、ダリヤ氏(29)が8月20日爆殺された。モスクワ郊外で車を運転中だった。

ドゥーギン氏は独自の地政学を唱え、それがプーチン大統領の「戦略の支柱になった」とも言われるだけに、犯人に注目が集まった。

ダリヤ氏(右)とドゥーギン氏(右から2人目)=2人の知人の音楽家アキム・アパチェフ氏のTelegram投稿から

ロシア語メディア「メドゥーザ」によると、ダリヤ氏は父親の影響を強く受け、「ユーラシア主義」の哲学を受け継いだ。生前、評論家として活動、YouTubeでその主義を次のように説明した。

「ロシアにとってユーラシア主義が必要なのは帝国の一体性を保つためです。帝国の空間を広げてゆかなければ経済的な自給自足ができず、ロシアが自滅するリスクが生まれます」

ここで言う「ユーラシア」は、ヨーロッパとロシアを含む空間だ。ダリア氏は「ユーラシア主義」について父親に言及しつつ、アメリカやイギリスを中心とするアングロサクソン勢力と対立する概念だとして、次のように述べた。

「過去の戦争は、英国・米国の『海』の大西洋主義と、『陸』のユーラシア主義の対立でした。ロシアは常にユーラシアの側に立ち、ドイツも陸の国です。モスクワ・ベルリンの枢軸が重要な役割を果たしてきました。ウクライナでの特別軍事作戦が始まり、欧州大陸部がアングロサクソンの『海』の潮流に飲み込まれる動きが起きました」

プーチン氏には鉄の忠誠心を持っている――。ダリア氏はこうも述べていた。

殺害されたダリヤ・ドゥーギナ氏
殺害されたダリヤ・ドゥーギナ氏=モスクワのテレビ局、ロイター

名門モスクワ大学で哲学を学んだ才媛で、ウクライナへの本格侵攻が始まった2月24日、SNSに「(ロシアの)帝国の夢が実現した」と書き込んだ。

しかし戦況は行きづまり、8月になって「左右の論争をやめ、一致団結しよう」と呼びかけた矢先の悲劇だった。

事件のわずか2日後、ロシア当局が「ウクライナの特務機関SBUが暗殺を仕組んだ」として容疑者の顔写真を発表、「容疑者がロシアに入国する時の姿」とする動画を公開した。

ロシアのタス通信は捜査筋の話として「暗殺はダリヤが1人で運転しているのを確認してから遠隔操作で仕掛け爆弾を爆発させた。父親が標的ではなかった」と伝えた。

ウクライナ大統領府長官顧問のポドリャク氏は、クレムリンによる殺人だと指摘するツイートをした。

ダリヤ暗殺でクレムリンが何を得たか。 1.プロパガンダのシンボルを作りだした 2.父ドゥーギンのナチス的思想を広めた 3.他のプロパガンダ担当者をより『従順』にさせた 4.ロシアがテロ国家である事実から一時的に世界の目をそらすことができた

ポドリャク氏のツイート

ドゥーギン氏とプーチン大統領の関係について、ロシアのネットメディア「ビジネス・ガゼータ・ルー」が次のように伝えた。

「反西側、反リベラリズムの偉大な思想家だ。代表作の本『地政学の基本』はロシア軍参謀本部の教科書となり、プーチン大統領のスピーチライターたちはドゥーギン氏の書いたものをヒントにしていた。プーチン大統領への大きな影響力について、本人は『過大評価だ』と述べた」

ダリヤ氏の追悼式に出席する父親のアレクサンドル・ドゥーギン氏
ダリヤ氏の追悼式に出席する父親のアレクサンドル・ドゥーギン氏=2022年8月23日、モスクワ、ロイター

著書「地政学の基本」でドゥーギン氏はウクライナの分割を主張した。ロシアがいまウクライナでやっていることは、ドゥーギン氏の言葉を実行しているかのようだ。ドゥーギン氏は次のように書いた。

「ウクライナが今の国境を保ったまま、『主権国家』として存続すれば、ロシアの地政学的安全保障に巨大な打撃を与える。これ以上、ウクライナが単一国家として存在することは許されない。その領土は、地政学と文化民俗学的な現実に合わせて、いくつかの部分に分割すべきだ」

ドゥーギン氏以上に、政治の世界でプーチン氏にイデオロギー的影響を与えたのは、ドゥーギン氏が「手ぬるい」と批判していたウラジスラフ・スルコフ氏(57)だろう。

スルコフ氏はプーチン大統領就任前の1999年からの側近。プーチン氏がその翌年大統領になって以降、大統領府副長官、副首相、大統領補佐官などを歴任し、欧米とは異なる「ロシア流の民主主義」を唱えたクレムリンのイデオローグだ。表にあまり出ないことから、「灰色の枢機卿」の異名を持つ。

地方教育システムについて議論する会議でプーチン大統領(右)と話すスルコフ氏
地方教育システムについて議論する会議でプーチン大統領(右)と話すスルコフ氏=2012年2月、ロシア・クルガン、ロイター

2000年代、ウクライナをはじめ旧ソ連諸国で「カラー革命」と呼ばれる政権交代が起きたが、スルコフ氏はそれを欧米の干渉や陰謀だと考えた。

そこで彼は、カリスマ的な個人(プーチン氏)を求めるのがロシアの民主主義であり、土着の文化に根差した強力な国家への権力集中が必要だと主張した。国内のリベラル派から批判が起きたが、プーチン大統領は教書演説(2005年)で次のように追認する発言をした。

「(ロシアの民主主義は)ロシアの歴史的、地政学的、その他の特徴を考慮して前進する。主権国家のロシアは独自に民主主義の条件等を決めることができる」

そうした思想的背景もあり、スルコフ氏はウクライナ東部ドンバス地方で親ロシア派とキーウ政権の戦争が始まった2014年ごろ、事実上のプーチン氏の「特使」として派遣された。

「メドゥーザ」によると、問題はウクライナ東部でロシアの支援でできた自称「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の扱いだった。

クレムリンの中ではキーウ政権にまかせようとの意見が強かったが、プーチン氏は「(西側が介入した)ユーゴスラビアのシナリオは繰り返さない」と述べた。

ユーゴスラビアは民族紛争の激化でNATOが軍事介入した歴史がある。そのため、ドンバスに関わるロシア人の間で、「ウクライナを連邦化して『人民共和国』をその一部とするか、モルドバの中にある『沿ドニエストル共和国』のような未承認国家とするか、どちらかしかない」との見方が広まったという。

また、スルコフ氏らのチームはウクライナ東部で親ロシアの勢力を増やそうと情報戦を行ったが失敗。その後、両「人民共和国」で戦争が激化したため、文民のスルコフ氏の出番は減り、イニシャチブは特務機関のロシア連邦保安庁(FSB)などに移ったという。

スルコフ氏は2020年、大統領補佐官を辞任した。ロシア語メディア「ラジオ・スバボーダ」は「彼はプーチン主義のイデオローグであり続ける。ただプーチンに影響を与えられはするが、決定を下すのはプーチン1人だ」と伝えた。

今年2月、ロシアのウクライナ本格侵攻の9日前、スルコフ氏はプーチン大統領の戦争を擁護する論文を発表し、次のように述べた。

「ロシアがロシア革命直後の国境線にとどまることは居心地が悪い。我々は平和を支持するが、賛成できるのは醜い平和ではなく、正しい平和だ。今後なにが起きるか?格闘技的な地政学さえありうる」

ロシア革命直後の国境線とは、ブレスト・リトフスク条約(1918年)で「国境が東へ移り、ロシアがバルト、ベラルーシ、ウクライナを失った」ことだとスルコフ氏は言う。

それで「醜い平和」がやってきたと主張する。「正しい平和」とは、ロシア帝国時代の領土への影響力を「回復」した状態を指すとみられる。

スルコフ氏はプーチン氏をしばしば皇帝になぞらえる。フィナンシャル・タイムズ紙(2021年6月18日)に「ローマ皇帝は、議会などの共和制と独裁者を望む大衆願望を結び付けた。プーチンは民主主義について同じことをした。自由は多すぎては良くない」と述べた。

戦争中の今、スルコフ氏のようなイデオローグの役割を務めているのはプーチン大統領自身だ。

国際女性デー(3月8日)に、クレムリンでロシア帝国の女帝エカテリーナ2世の像を背景に国民に向けの演説をした。

「古来、ロシアでお母さんと呼ばれてきたエカテリーナ2世は『言葉とペンと刀で命ある限り祖国を守る』と言いました。祖国、母、愛すべきという三つの言葉は永遠です」

エカテリーナ2世は18世紀、武力でウクライナのクリミア半島を征服したことで知られる。他国でいえば、フランス大統領がナポレオン皇帝像と、日本の首相が戦国武将像と一緒に演説するようなもので、時代がかっている。

クリミア半島の位置=Googleマップより

ウクライナとの停戦協議でも、プーチン大統領はその団長に、保守的な歴史家メジンスキー大統領補佐官を任命した。プーチン氏の意図は明らかだろう。

メジンスキー氏のSNS投稿は、8割近くがロシア史の話。8月29日はプーチン大統領の演説動画をアップした。

「陸海軍のみが我々の安全保障を担保できる」との言葉に対し、メジンスキー氏は「これはロシア皇帝、アレクサンドル3世の引用です」と説明を加えた。

侵略戦争を禁じる21世紀の国際法が勝つのか。ロシアの帝国史観が勝つのか。見通しは明るくない。