7月8日に安倍晋三元首相を銃撃した容疑者が、犯行の動機として「母親が旧統一教会に多額の献金をしたことで家庭が崩壊した。安倍元首相が統一教会に近い人間だと思い襲撃した」と話したことから、日本では最近、新興宗教にスポットが当たり様々なメディアで報道されています。
政治や宗教の話は「あいさつ代わり」のドイツ
日本では日常生活の中で人とかかわる際に信仰について話すことはあまりありません。
筆者はそれが特に問題だとは考えていませんが、その一方で、日本人から「海外では政治と宗教の話はタブーなんでしょう?」と聞かれると戸惑います。なぜなら筆者が出身のドイツについて、それは当てはまらないからです。
たとえば近所の人と雑談をする時、天気や家族の話をすることは普通ですし、話が政治家の悪口に及んだりするのも「よくあること」です。
宗教の話も特にタブーではありません。
「自分はどの宗教を信仰している」と直球で言わなくても、「このあいだ教会のバザーで……」と話せば、相手は「この人はキリスト教なんだ」と分かりますし、クリスマスの話を詳細にする人に関してもしかりです。
筆者が出身の南部バイエルン州は、昔からカトリック教徒が多い土地です。ドイツはフランスのような厳格な政教分離ではないため、例えばバイエルン州では公共施設に十字架が掲げられています。
一方、ドイツでは何十年も前から移民を受け入れていることから、バイエルン州も含めて、イスラム教をはじめとする他の宗教を信じている人も多くいます。
キリスト教の人がイスラム教徒の人に(イスラム教の)行事に関する質問をしたり、それに応える形で説明をしたりするのもよく見られる光景です。
ちなみに、近年、ドイツでは無神論者が増えており、雑談の際に「自分は無神論者である」と相手に告げる人もいます。感覚としては「自分はベジタリアンである」といったもので、そこに深刻な雰囲気はありません。このように信仰や思想上の主義について話すことは特にタブーではありません。
ドイツには宗教の授業がある
宗教の話題がタブーではないのは、公立の学校に宗教の授業があるなど、宗教が身近なものとなっているからです。
筆者が育ったバイエルン州では、小学校やギムナジウム(大学への進学を希望する子供が通う8年制の学校)の宗教の授業について、「カトリック」「プロテスタント」「道徳」のうちの3つの教科から選ぶことができました。2021年度から同州では「イスラム教」の授業を選択することも可能です。
実はイスラム教の授業については、同州で2009年から12年間、複数の学校で試験的に行われており、多くの学者や教育者、保護者、政治家から賛同を得ていました。
しかし、イスラム教が昔のドイツにはなかった宗教であることから反対の声も根強く、正式に採択となったのは2021年度からです。
2021年から2022年にかけて、バイエルン州では約1万8千人の生徒がイスラム教の授業を選択しており、試行時よりも多くの生徒がイスラム教の授業を受講しています。
南ドイツ新聞は「学校がイスラム教の授業を提供することで、イスラム教の生徒は『ドイツの学校に受け入れられている』と感じることができます。これは生徒が学校の外で過激化しないためにも大事なことです」と書いています。
カルトの危険性とは
ドイツの宗教の授業で面白いのは、「カルトの危険性」についても学ぶことです。
ドイツの一般的な認識では、宗教とはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教の5大宗教のことです。そこから新興宗教やカルトに発展したものは宗教ではなく、Sekte(和訳:カルト)という言葉を用いるのが一般的です。
筆者がギムナジウムの9年生だった1990年代前半、カトリックの授業で先生がMoon-Sekte(旧統一教会)、クリシュナ意識国際協会、サイエントロジーなどを名指しして、その危険性について語りました。
後者のサイエントロジーについては、当時のドイツで社会問題になっていたこともあり、授業で勧誘の手口についても習いました。
先生は「ミュンヘンのどのエリアにサイエントロジーの勧誘のブースがあるか」「彼らがどのように若者に話しかけるか」「将来、大学に通いシェアハウスやアパートを探す際に大家さんがサイエントロジー信者の場合、入居者もサイエントロジーに引き込まれる可能性があること」「就職した会社の上司がサイエントロジー信者の場合、自己啓発セミナーなどをうたってセミナーへの参加を薦められることがあること」などと詳細に説明し、生徒に注意を促していました。
ドイツ・バイエルン州の憲法擁護庁のウェブサイトには、「サイエントロジーの活動が民主主義の基本原則と相いれないこと」や「1997年からドイツの複数の州で憲法擁護庁の監視下に置かれていること」が書かれています。
信教の自由 ドイツと日本で異なる解釈
日本で「宗教は自由」だと言っている人の中には「カルトも含めて宗教は自由」だと考えている人が多いというのが筆者の印象です。
ドイツの憲法にあたる「ドイツ連邦共和国基本法」で信仰の自由は保障されていますから、新興宗教やカルトであっても入信する自由はあります。でもドイツの一般的な感覚で「宗教の自由」というと、それは5大宗教を指すのが共通認識なのです。
5大宗教も新興宗教もカルトも「信仰」には変わりないではないか――。そんな反論があるかもしれません。でも、その団体以外の交友関係を断つよう言われたり、自由時間のほとんどをその団体に使うよう強いられたり、多額の献金を強いられる場合、それは宗教ではなくカルトなのではないでしょうか。
ドイツに関していえば、キリスト教などにも信徒に課すことを認められた「教会税」があります。全国的には所得税の9%ほどが教会税ですが、南西部バーデン=ヴュルテンベルク州やバイエルン州では8%です。
このように宗教にもある程度の費用はかかるわけですが、基本的に脱会は自由です。近年、ドイツでは、脱会者が増え続け、2019年にはドイツで約27万人がカトリック教会から脱会しました。脱会をする際、または脱会をした後に、カトリック教会から暴言を吐かれたり、脅迫を受けたりしたという話は聞こえてきません。
「宗教の自由」などというきれいな言葉で濁したりせずに、悲劇を繰り返さないためにも、日本でも学校でカルトの怖さについて教える必要があるのではないでしょうか。
■本記事中、ドイツのサイエントロジーに関する記述を、最新のデータをもとに修正しました。(8月23日追記)