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大手銀行で感じたモヤモヤ、ベンチャーの原動力に デパートで完売したアフリカの逸品

Breakthrough 突破する力
仲本千津さん=諫山卓弥撮影

店内に入ると、気分がパッと明るくなる。東京・代官山にある「RICCI EVERYDAY」直営店には、アフリカンプリントのバッグや雑貨が並ぶ。

大胆な色づかい、ユニークな柄、遊び心のあるデザインが目をひく。色の洪水だ。東アフリカのウガンダの工房で、現地のシングルマザーや紛争被害にあった女性たちが一つひとつ縫製した。

7年前、仲本千津さん(37)が3人のシングルマザーと始めた工房では、いま約20人が働く。ウガンダでは定職を得るのが難しいが、彼女たちはここで安定した収入を得て、自分で家族を養い、手がけた製品が日本などで売れることに自信と誇りを感じている。

ビジネスで雇用をつくり、社会の安定に寄与する。仲本さんは、地に足のついた起業家だ。

仲本千津さん=2019年にオープンした東京・代官山の直営店、諫山卓弥撮影

大学と大学院でアフリカ政治や紛争問題を学んだ。きっかけは、高校の授業で、国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんのドキュメンタリーを見たこと。

「うわっ、こんな人がいるのか。こんな女性になりたい」と思い、国際関係に興味がわいた。

「アフリカの貧困をなくす」と語っていたが、ある人から「どう現実に落とし込むの?」と聞かれ言葉に詰まった。「社会を知らねば。お金の流れを学ぼう」と大手銀行に就職。花形部署だったが、心のなかではモヤモヤが募った。

「食べ物や住まいがなく困っている人が世界にいるのに、そこにお金が回らないのはなぜ?という疑問がわいてしまった」

転機は「3・11」。多くの死者が出た東日本大震災を目の当たりにして「やりたいことを先延ばしできない」と思い、2年半ほど勤めた銀行に退職届を出した。

上司だった豊田育雄さん(57)は「最初から『アフリカの拠点に行かせてください』と言っていた。アフリカの食糧問題などを語るときのまなざしは印象に残っている」。

転職を模索したが、簡単ではなかった。「どこか拾ってくれるだろうと期待をもっていたけれど、甘かった。私の人生はどうなってしまうのかと焦った」

そんなとき、アフリカを支援するNGO職員に応募し、採用された。拠点があるウガンダに駐在したいと言い続け、30歳を控えた2014年に希望がかなった。時間を惜しんで各地を訪ねた。

アフリカンプリントの生地=仲本千津さん提供

ある日、市場で見つけたのがアフリカンプリントだった。色とりどりの布。夢中で布探しをした。

「宝探しの気分でした。日本の女性にも好まれると直感しました」

そこで、「ビジネスとしていける」と起業を決心した。ただ、縫製の経験はなく技術のある人につくってもらう必要があった。友人から「手先が器用な人がいる」と紹介され、郊外の農村まで会いに行った。

グレース・ナカウチさんというシングルマザーで、第一印象は自信なげに、か細い声で話すおとなしい人。だが、彼女は自分の力で暮らし向きを変えようとしていた。

子ども4人を抱え、3人は実子だが、1人はHIV感染で亡くなった姉の子だった。教育を受けられず厳しい生活を強いられたとの思いから、子どもたちには教育を受けさせたいと考えていた。

RICCI EVERYDAY代表を務める仲本千津さん(中央)=アフリカ・ウガンダにある工房、本人提供

訪問時、ソファに座って後ろを見たらニワトリが歩いていた。「家の中で飼うんだ」と驚き、なぜ飼うのかと聞くと「卵を産むから子どもに栄養をつけさせられる。クリスマスには売れてお金になる」。

外には豚。「豚は繁殖率が高く多くの子豚が生まれる。育てて売ると、子どもの学費が稼げる」という。仲本さんは「自立しようとするたくましさに胸をうたれ、一緒に仕事をしたいと思いました」。

ただ、グレースさんに縫製技術はなかった。現地の職業訓練学校でミシンの使い方を教えていると知り、勉強してもらった。技術を得てバッグの原型をつくってくれたが、売れる品質ではなかった。

困っていたら、学校に通う別の女性から「事業に加わりたい」と申し出があった。20年近い縫製経験があるという。試しにつくってもらうと、「めちゃくちゃ素敵なもの」を仕上げてくれた。

この女性はスーザン・アグチさんで、いまの現地工房マネジャー。革を縫う技術があるサラ・ナジュマさんも雇い、ミシン1台が置かれた工房を立ち上げた。

仲本千津さん(中央)と工房スタッフ=アフリカ・ウガンダ、仲本千津さん提供

いよいよ商品が完成した。「よし売ろうと思ったとき、日本で売ってくれる人が必要なことに気づきました」

真っ先に浮かんだのは「お母ちゃん」。静岡の実家で暮らす母親の律枝さん(64)だ。

仲本さんは会社をつくることにして、お母ちゃんに話を持ちかけた。律枝さんは専業主婦で事業経験はなかったが、会社設立の煩雑な手続きもこなした。「自分が広告塔になる」と言い、商品を街で持ち歩いた。

お母ちゃんの勢いは止まらなかった。

地元百貨店で夫と買い物をしていたとき、エントランスの催事を見て「うちのバッグも催事ができないか」と考え、総合受付に直行。「バイヤーさんに会えませんか?」と伝え、アポなしで名刺交換した。バイヤーから「後日商談しましょう」と言われ、催事出品の交渉をまとめた。

地元メディアにはプレスリリースを配ることを発案。電話番号案内の「104」で連絡先を調べ、電話をかけてファクス番号を教えてもらいリリースを送った。

すると取材が殺到し、催事で商品は完売。会社名のリッチーは律枝さんと千津さんの名前を合わせたものだ。軌道にのるとNGOを辞めて経営に専念することにした。

仲本千津さん=2019年にオープンした東京・代官山の直営店、諫山卓弥撮影

アフリカンプリント人気と、人権に配慮したエシカル(倫理的)消費の追い風を受け、業績は伸びた。

「支援」をあえて前面に出さない。「支援のためだと、1回で終わってしまう。商品に感動があったうえで、『だれがつくっているの?』と関心が出て、ようやくウガンダのシングルマザーの話にたどりつくのが理想です」

仲本さんがウガンダにいるときは、インスタライブで中継し、客と工房スタッフが交流する。客の質問にも仲本さんが間に入って答える。これが「やる気アップにもつながる」という。

コロナ禍で工房に行くことが減ったが、心配していない。工房マネジャーのスーザンが生産を管理し、勤務もとりまとめる。材料調達も現地で担うので、「私が日本にいても大丈夫」と仲本さん。

ときどき、「マダム(仲本さん)、これやってないよ」と突っ込まれるが、仲本さんは内心、「いい感じ」と思っている。

スタッフにはウガンダの平均月収の2~4倍を払う。創業メンバーのスーザンは「職を失い、生活費を稼がなくてはならなかったころ、この仕事を得た。自分で家族を養えるようになり、私自身も幸せになった」。

仲本さんはスーザンさんらに出会ったころ、「斜め下45度」を見ながら自信なさそうに話していたことを思い出す。「彼女たちは誰かに頭を下げて足りないお金を工面し、たった一切れのパンを子どもたちと分け合わねばならないほど困窮していた。いまは当時とうってかわって自信をもって仕事に取り組んでいる」

実際、れんががむき出しだった彼女たちの自宅の壁はコンクリートで補強され、室内には家具も増えた。

「みんな自分がありたい姿に近づいている」。そんな姿を間近で見られることが仲本さんの原動力になっている。

仲本さんのインタビュー詳細はこちら