■世界一をめざす女性力士
今さんは、18歳以下の女性力士が出場する「世界女子ジュニア相撲選手権大会」(国際相撲連盟主催)の重量級で2014年、2015年と連覇している。21歳になった現在はジュニアからシニアに活躍の舞台を移し、国内では向かうところ敵なしだが、2018年の世界大会の無差別級では惜しくも決勝で敗れ、準優勝に終わった。
映画は18分の短編だが、汗と砂にまみれる猛稽古の様子はもちろん、あと一歩及ばなかった世界大会の試合ぶり、子供時代の取り組みの様子から現在の大学生としての日常生活までがテンポよく描かれている。映画の冒頭では、大学の友人と3人で水族館に出かけた今さんが水槽を泳ぎ回る丸々太ったアザラシを眺めながら、故郷青森の津軽弁でつぶやく。「あれと体脂肪率、一緒だから。動けるデブ」。今さんの、どこかユーモラスな人柄が印象深い作品でもある。
今さんは1997年8月、津軽半島の付け根に位置する青森県鯵ケ沢町に生まれた。全国47都道府県の中で、最も多くの横綱を輩出しているのは北海道の8人。青森県はこれに次ぐ6人を輩出している「相撲どころ」である。町の各所に土俵があり、いくつもの相撲クラブが活動する環境の中、今さんは地元の強豪少年力士だった兄の影響で小学1年生の時に相撲を始め、瞬く間に頭角を現した。
映画では、地元の子ども相撲大会で対戦相手を次々と投げ飛ばす小学校低学年時代の映像をバックに、今さんが当時を回想する。「小学校3年生くらいまでは、男子相手にしても負け知らず」
稽古はつらいし、体は痛い。小学校高学年のころはやめたくて仕方なかった相撲だが、成長するにつれて自身の非凡な相撲センスを自覚し、中学、高校と相撲を続けて今に至る。
■女性をめぐる見えない壁
中学の相撲部は、自分を除いて全員が男子部員。高校時代は5キロ離れた中学校まで毎日走り、中学の男子部員相手に稽古を続けた。先述の世界女子ジュニア選手権での実績などが認められ、立命館大学に入学したのは2016年4月。当面の目標はもちろん、「世界一になること」である。
このように書いてくると、優れた女子アスリートの成功物語を描いた映画のように思う読者がいるかもしれないが、この短編映画の神髄は別のところにある、というのが本作品を見た感想だった。そこでは、女性力士として快進撃を続ける今さんの前に次々と「見えない壁」が立ちはだかり、彼女が抗い続ける姿が静かに描かれているのである。
大学の男子部員に交じって稽古に励む姿を収めた映像をバックに、彼女は言う。「男子はプロ行きたいとか、比較的簡単に将来と相撲を結び付けて考えることができていて。たぶん、女子は小学校卒業したら終わったりとか」「女子相撲界も、そろそろ動き出すころかなって思っています」
子どものころは、男子を投げ飛ばす女子に、周りの大人たちも盛んに拍手を送ってくれる。だが、女性が相撲を続けた先に待っているのは「女性は国技館の土俵には上がってはならない」という現実である。
辛い稽古に耐え、勝って喜び負けて涙することは男女とも同じはずだが、女性はプロ力士になれない――。そんな現実を前に、才能に恵まれながらも相撲をやめていく少女が大勢いるという。この映画を見た者は、今さんが闘っているのは目の前の対戦相手だけではないことを思い知らされる。
■アフリカと開発経済を学ぶ
実は今さんは、私が教鞭を執っている国際関係学部の学生である。相撲を通じて思い知った社会の現実をより深く理解しようと「ジェンダー論」の講義をとり、相撲を通じた国際協力の在り方を学ぼうと開発経済を学ぶゼミに所属し、将来アフリカに相撲を普及させることに備えて私の「アフリカ研究」の講義を聴いている。
「スポーツで大学に入ったのだから、勉学などは知らない」と言わんばかりの学生や指導者も散見される大学スポーツの世界において、「生涯かけて相撲をオリンピック競技にしたい」と語る彼女を見ていると、こちらの背筋が伸びる思いだ。卒業後も内定先の企業の相撲部で、初の女性力士として相撲を続けるという今さんの活躍を願わずにはいられない。
最後に、この拙文を読み、本映画に関心を抱いてくださった読者の方にお知らせしたい。ケイ監督は、今さんを追ったドキュメンタリー映画の撮影を現在も継続している。先日、監督に直接お尋ねしたところ、2019年いっぱい撮影を続け、2020年には1時間半程度の長編映画として公開する計画だという。より深く問題に切り込み、より魅力的な「MISS LITTLE SUMO」の生き様を描いた映画を楽しみにしている。