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「マラソン王国」ケニアで、なぜランナーたちは身を持ち崩すのか

ニューヨークタイムズ 世界の話題
ケニアのマラソン記録保持者だったダンカン・キベト。41歳。今は生活に四苦八苦している=Andrew Renneisen/©2019 The New York Times
ケニアのマラソン記録保持者だったダンカン・キベト。41歳。今は生活に四苦八苦している=Andrew Renneisen/©2019 The New York Times

オランダの港湾都市ロッテルダムで10年前、ダンカン・キベトは翼を広げた鷲(わし)のような格好で道路に横たわった。たったいま終えたばかりの記録的な走りと、これからの人生がいかに変わっていくかを整理しようとしたのだった。

2009年4月5日の朝、第29回ロッテルダム・マラソンのスタートラインに立ったキベトは、それまでの10年間近くをエリートアスリートとしての稼ぎでやりくりしてきた。とはいえ、個人のベスト記録が2時間7分53秒だった彼の存在は世界的な長距離ランナーを数多く生んでいるケニアでは、ほとんど知られていなかった。その彼が、(ロッテルダムで)自己記録を3分30秒近く縮める2時間4分27秒という記録を打ち立てたのだ。当時のケニアで国内トップに立ち、マラソン史上で2番目に速い走者となった。

彼のマラソン仲間の大半がそうであるように、キベトも貧しい家で育ったが、ロッテルダムでの優勝で大金を獲得した。出場報酬も含めて18万ドルを手にしたのだ。スポーツ用品大手のNikeは、すぐに彼と10万ドルの契約を結んだ。ケニアの生活費は安いから、大金が入れば暮らし向きはぐっと良くなるはずだった。ところが、コトはそううまくはいかない。キベトの場合も、同じだった。

彼は、ケニアの事実上の「競走の首都」であるエルドレットで、母親のために家を購入し、トヨタのHiluxも1台買った。さまざまな親戚たちの学費やら孤児院への寄付やらにもカネを使った。イタリア製のスーツを買い、野球帽やシャツはアメリカから取り寄せた。

だが、鼠径(そけい)部(股のつけね)を負傷したため、ベルリンでもロンドンでも完走できなかった。体調が崩れ、ロッテルダムでの優勝から2年後には文無しになり、失業状態になった。

「結局、すべてを浪費してしまった」。最近、ある日の午後、41歳のキベトは1LDKのアパートでそう話した。アパートはコンクリートブロック造りで、二つのガソリンスタンドに挟まれた場所にある。

高地のリフトバレー(大地溝帯)に位置するエルドレットは、ケニアの大半の一流選手たちの本拠地であり、走ることが貧困からの脱出口になるという信念が広く残っている。だが、何千人もの若いアスリートたちが毎年トレーニングキャンプに集まって来るが、走ることで生計を立てられる選手はほんのわずかしかいない。キベトのように頂点に上り詰めたアスリートであっても、長期的に経済的な安定を確保できるケースはきわめてまれだ。たとえ、ボストン・マラソンといった世界最大級のレース――今年4月のボストン・マラソンではケニアのローレンス・チェロノが優勝し15万ドルを獲得――で勝ったとしても、そうである。

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ケニアの一流選手たちが練習拠点にしているエルドレットの郊外。世界の主要な長距離レースで勝つことが、一夜にして貧困から抜け出す道だ=Andrew Renneisen/©2019 The New York Times

2005年の世界陸上競技選手権大会の5千メートル競走で優勝したベンジャミン・リモは国際陸上競技連盟(IAAF)の元ケニア代表だが、彼の推計によると、ケニアのトップレベルの元アスリートでも「持続可能」な形で生計を維持できているのはほんの25%しかいない。「実に半数以上が四苦八苦している」と彼は言う。

ケニアのチャンピオンたちはしばしば、支えていかなくてはならない大家族のネットワークに囲まれている。チャンピオンたちのほとんどが高校を卒業していない。読み書きがあまりできない人もいるし、金銭を管理した経験がある人はほとんどいない。ベテランのアスリートたちが言うには、突然、大金が入ってくると、練習に身が入らなくなり、カネの使い方も不用意になる。それを中毒と呼ぶ人もいる。「酒をたくさん飲むと正気を失ってしまう。何をしてよいのか、自分でも分からなくなる」。1990年代にボストン・マラソンで2度優勝したケニアマラソン界のパイオニアの一人、モーゼス・タヌイはそう指摘し、「たくさんカネを稼いだ時も同じことが起こるのだ」と語った。

ロバート・キプロノ・チェルイヨットは2008年のフランクフルト・マラソンで大会記録を出し、その2年後のボストン・マラソンでも大会記録を打ち立てたが、それまではあまり知られていないランナーだった。だが、信頼できる弁護士のおかげで落とし穴を避けられた。弁護士が彼に、20エーカー(8ヘクタール余)の茶畑を含む一連の投資を指南してくれたから、選手生活を終えた後も結構な収入を確保できた。

多くの場合は、そう幸運ではない。ケニアのほとんどの都市同様、エルドレットは詐欺師たちの本拠地で、金満家のアスリートたちはひっかけやすい標的である。よくある詐欺には、偽の土地所有権の販売が絡む。キベトの場合、ロッテルダム大会後に買った家を、ふところ具合がピンチになって2011年に売却した。ところが、彼が言うには、買い手は価格の半分しかカネを払ってくれず、もっと小さな物件の所有権を譲渡された。この取引が詐欺だったことが後で判明したのだ。

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長距離レースに勝って大金を手にしても、富と名声にはしばしば落とし穴が付きまとう=Andrew Renneisen/©2019 The New York Times

トラブルは親密な関係から生じることもある。とりわけ、女性が巻き込まれる。エルドレットでは、女性アスリートたちはよりしっかりした方法で賞金を管理していると多くの人が言っている。ところが、一般的には男性が家計を握る文化があるので、女性アスリートたちは(賞金を)搾り取られやすい立場に置かれている。アスリートたちは、若手の競技会にやって来て将来スターになりそうな女性の有望選手――その多くがまだ高校生――をスカウトする男たちを「ハイエナ」と呼んでいる。ケニアの新聞「The Star」が2月に報じたところによると、少なくとも16人の女性アスリートが数万ドル相当の資産を男たちに取られたことが確認された。

最もひどい目に遭ったアスリートの中には、ケニア最高のスター選手もいる。ボストン・マラソンで4度も優勝したロバート・キプコエチ・チェルイヨット(先述のロバート・キプロノ・チェルイヨットとは血縁関係はなし)は、「ワールド・マラソン・メジャーズ(WMM=世界の主要マラソン大会)」のシリーズ初回のチャンピオンとして50万ドルを獲得した。彼は複数のインタビューの中で、快適に暮らしており、自慢のダンヒルのたばこを楽しんでいると言い張っていた。しかし、何人かの元練習相手の話によると、彼は(賞金で)購入した資産の大多数を売り払ってしまい、しょっちゅう借金を申し出ていた。

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ボストン・マラソンで4度も優勝したロバート・キプコエチ・チェルイヨット=Andrew Renneisen/©2019 The New York Times。その後の暮らしは快適と本人は言うが、かつての練習仲間たちによると、賞金で買った資産の大半を売り払ってしまい、借金生活を続けている

サムエル・ワンジルは2008年五輪のマラソンで優勝し、その後は大酒を飲むようになった。2011年、(自宅の2階の)バルコニーから転落した後、死亡した。当初、自殺とみられていたが、(検視を担当した)政府の病理学者は後日、ワンジルは後頭部を何かで殴打されたのが死因だったと断定した。

キベトは、四苦八苦している多くの元チャンピオンたちとは対照的に、自分自身の経済的な問題を率直に話してくれた。同僚の多くがそうだったように、彼も貧しい中で育った。父親はトラック運転手で、ほとんど近くにはおらず、一家の生活は母親がつくる自家製の伝統的な蒸留酒を売ったカネで支えられていた。キベトは11年生(高校2年生)の時、素行不良で退学となり、その後は雑多な仕事に就いた。主食のウガリをつくるためのトウモロコシを挽(ひ)く工場で働いたり、マタツと呼ばれるミニバスの車掌として乗車料金を集める仕事をしたりしていた。

そのキベトが競走の世界に入ることになったのは、兄のルーク・メットを通じてだった。フランスを主戦場にし、2時間10分57秒の記録を持つメットは、キベトに最初のランニングシューズを買い与え、マネジャーにつないでくれ、22歳の時に初めて海外の大会に行く際の航空運賃を出してくれた。かくして、ロッテルダム・マラソンに出場するまでの8年間、キベットは国際的な大会に出ることで食いつないできたのだった。

「あのレースが、すべてを変えた」とキベットは振り返る。

ロッテルダムでの勝利で、母親に新しい家を買ってやれた。だが、カネと名声は誘惑ももたらした。西洋人のような話しっぷりや服装から「ジャマイカ」のニックネームがつけられ、流行に敏感な若者風のヒゲをはやし、派手なネックレスをチャラチャラさせ、当時まだ珍しかったiPhoneも持っていた。

「まるで明日という日がないような生活をしていた」とシャドラック・ビウォットは言う。彼はキベトの弟で、現在、米カリフォルニアに拠点を置くエリートランナーだ。「ダンカン(キベト)は、できる限り多くの人を支えてあげたいと思っていたけれど、友人の何人かはそこにつけ込んだのだ」。そうビウォットは話していた。

何らかの変化の希望もある。ケニアの土地省は詐欺を防止するため土地の所有権データベースのデジタル化を進めている。新しい世代は、旧世代が犯したあやまちから教訓を得ている。ただ、そうとはいえ、ケニア人ランナーとこれまで20年間一緒に働いてきたイタリア人のコーチ、レナト・カノーバによると、選手たちが出場するレースの手配などをしているマネジャーの多くは米国や欧州がベースで、選手たちの経済問題についてはほとんど指導をしていない。

当のアスリートたちも、ケニア政府を代行してマラソン競技を監督する全国的な連盟組織「Athletics Kenya(AK=運動競技ケニア)」について、同じようなことを言っている。AKは、元最高幹部たちがNikeから支払われたカネを横領するなど一連のスキャンダルに関わっている。ベンジャミン・リモはAKの代表の一人として、選手生活を引退した後の暮らしに苦しんでいるアスリートたちを支える年金プランの創設を提案した。しかし、支持を得られなかった。AKの会長ジャクソン・トゥウェーら幹部たちは、(ニューヨーク・タイムズが)繰り返しコメントを求めたが、答えてくれていない。(抄訳)

(Jonathan W. Rosen)©2019 The New York Times

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