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ジョージア映画「金の糸」は日本の伝統技法から着想 90代の監督とレジャバ大使が対談

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映画「金の糸」のワンシーン。主人公の作家エレネ(左)を演じるナナ・ジョルジャゼ氏は映画監督としても有名だ
映画「金の糸」のワンシーン。主人公の作家エレネ(左)を演じるナナ・ジョルジャゼ氏は映画監督としても有名だ=©️ 3003 film production, 2019

「金の糸」予告編=©️ 3003 film production, 2019
ラナ・ゴゴベリゼ監督(右)とティムラズ・レジャバ大使
ラナ・ゴゴベリゼ監督(右)とティムラズ・レジャバ大使=監督の写真は©️ 3003 film production, 2019、大使の写真は在日本ジョージア大使館が提供

監督 大使館に金継ぎをほどこした「クヴェヴリ」注1)があるとは偶然ですね。コロナ禍で「ジョージア映画祭2022」注2)にうかがう機会もなくなりましたが、「金の糸」がこうして引き合わせてくれました。

注1)ジョージアワインの熟成に使われる伝統的な土器。クヴェヴリ製法は2013年、ユネスコの無形文化遺産リストに登録された
注2)神保町・岩波ホールにて1月29日~2月25日に開催された

在日本ジョージア大使館にある金継ぎをほどこしたクヴェヴリ
在日本ジョージア大使館にある金継ぎをほどこしたクヴェヴリ=吉田佳代撮影

大使 私もこの作品の意味を知ったときは驚きました。大使館にあるものは、ジョージアから送ったクヴェヴリに東京の職人さんが金継ぎを施しており、日本とジョージアの文化の象徴として飾っております。

監督 私が「金継ぎ」を知ったのは、日本文化に関する記事からでした。壊れた器の破片が、まるで金の糸を使って繋ぎ合わせたかのように修復された写真が掲載されていて、壊れて存在が消えていたものが、再び美しく元通りになっていることが印象深かった。

単なる技術を超えて、人間の愛、人と人との関係、過去との関係、いろいろなものの「修復」を表す象徴として、映画で取り上げられるのではないかと思いました。

大使 試写で拝見しております。とても内容が深く豊かな作品で、見終わってすぐ、何度も見返したいと思いました。

監督 人が年齢を重ねて老いていくと、人生にも新たな問題が生まれてきます。そういった問題に対して、私なりの答えを示したかったというのが、この作品を作る原動力でした。

また、過去が今の自分にどんな影響をおよぼしているか、「社会の過去と自分との関係」について描きたかった。「過去」は「重荷」でもある一方で、「豊かさ」でもありますからね。

――27年ぶりの作品ということですが。

監督 私が映画から離れていた27年間、ジョージアは激動の時代を経験しました。

ソ連からジョージアは独立し、映画を撮ることより政治的な問題の方が自分の人生でより近々の取り組むべき課題となりました。

私は国会議員となり、与党のリーダーとなり、9年間ヨーロッパで過ごしました。ジョージアの欧州議会大使になり、ユネスコのジョージア大使になり、政治的な仕事をしてきました。

それまでジョージアはヨーロッパとは切り離されていたわけですが、元々はヨーロッパの一部です。ソ連から独立し、ヨーロッパという一つの大きな家族の一員としてふさわしい場所を得るという政治的な活動に、エネルギーを費やしました。

大使 私はジョージアで生まれ、幼少期を過ごしましたが、4歳の頃に日本に来ました。その頃と重なります。

監督 そうなんですね。当時、国内は経済的に混乱していましたし、映画を撮る時間も、心の余裕も、資金もありませんでした。

でも、社会が次第に落ち着いてきて、その間に私の「思考」も蓄積されてきましたので、それをどうしても表現したくなったのです。

足が悪く、外に出られない女性を主人公にしているため、物理的には画の動きの少ない映画ではありますが、主人公たちの「思考」そのものがアクションとなり大きな役割を果たしています。

大使 主人公のエレネは、私よりずっと上の世代ですし、性別も立場も全く違います。にも関わらず、彼女という主人公の中に、私自身というジョージア人のアイデンティティが重なります。共通する特徴や側面をたくさん感じることができるんです。

映画「金の糸」のワンシーン。椅子に腰掛ける主人公のエレネ
映画「金の糸」のワンシーン。椅子に腰掛ける主人公のエレネ=©️ 3003 film production, 2019

――言論規制を受けた経験を持つ作家のエレネ、ソ連の高官だった娘の姑、別れた古い恋人、ひ孫…様々な世代と立場の人々が交錯しつつ、互いを赦し、生きて行きますね。監督の人生とも重なるように感じました。

監督 映画を作るとき、主人公にはいつも自分自身の何らかの一面が投影されているように思います。それは主人公を通して私を表したいということではなく、自然にそうなるものなんです。エレネは私自身も含め、これまで親しく付き合ってきた友人たちの様々な側面を集めた人物になっているように思います。

歴史的には1937年にスターリンの大粛清がありましたが、それによってエレネ自身が母親と離れ離れになっていたという描写が作品の中にあります。

私自身も全く同じ経験をしています。当時私は7歳でしたが、父親が銃殺され、母親が強制収容所に連行され、10年間会うことができませんでした。

この出来事は子供時代の強いトラウマになっています。他の作品でも何度も取り上げたテーマですが、意図せずとも組み込んでしまう強い記憶ですね。

大使 主人公のエレネがひ孫のエレネに「生きる力を頂戴」というシーンが印象的でした。

監督 あれは私自身が家族にしてきたことです(笑)。自分の孫やひ孫たちを抱きしめて、「おばあちゃんに生きる力を頂戴!」って。彼らは私の言葉を信じていて、抱きしめることで本当に力を与えられると思っています。

大使 私はエレネを人生の先生のように感じました。一言で述べるのは難しいのですが、このような深く豊かで示唆的な内容を含んだ作品を作ってくださった監督に感謝したいです。

私自身がジョージア人について改めて考える機会になりましたし、日本の方にもジョージアの文化をさらに知っていただくきっかけになれば嬉しいです。

監督 「過去」というのはジョージアのような国では特に難しい問題です。長く全体主義の社会が続いた特殊な状況でしたから。こういう社会を経験した私たちにとって、過去とどう向き合うかはとても難しく大切な問題です。

映画「金の糸」のワンシーン。金継ぎで修復された壊れたつぼの絵。映画のモチーフと重なる
映画「金の糸」のワンシーン。金継ぎで修復された壊れたつぼの絵。映画のモチーフと重なる=©️ 3003 film production, 2019

――ソ連時代を知る世代と新しい世代とではいかがでしょうか?

大使 私自身は新しい世代に入りますが、大使という職務の枠を超えて一人のジョージア人として、文化や芸術を広める活動をすることで、ジョージアという国の背景も伝えることになると思っています。それは私にとってごく自然なことです。

監督 私たちの世代は70年間にわたってソ連のイデオロギーの圧力下に置かれてきました。精神的にも物理的にも虐げられていたと思います。芸術に対しても検閲や圧力がかけられていました。

大使 ですが、そういった時期にもジョージアには素晴らしい文化がたくさんありますね。困難な時こそ団結力も精神力も高まり、新たな価値が生まれてきたのではないでしょうか。そして、その一部にあるのが芸術です。
ジョージアの芸術には常に時代背景や文化的な要素が含まれており、様々な制圧を打開しようと自由と解放を求めた作品が多いですね。

監督 そうですね。ですが、今世紀に生まれた若い世代とでは考え方が違う部分もあります。例えば私の孫のうちの一人はソ連時代についてよりポジティブに捉えていて、進歩的であったと考えています。

なぜかと言えば、当時はみんな貧しかったけれど貧富の差がなかった。つまり、より平等な社会であったということを進歩的と捉えているのですね。

でも、それ以外の孫たちは当時をよくは捉えていません。そこはとても難しい。ジョージアの社会には、そういった違いが未だあらゆるところに残っています。

大使 私は長い間日本という外国で暮らしてきたわけですけれども、自分のジョージア人としてのアイデンティティはいつも私を精神的に助けてくれました。

監督 ジョージア人は小さな民族ですが独特な文化を持っていますよね。今日、様々な伝統的なものが失われていく中で、自分たちのアイデンティティーはますます重要なものになっていると感じます。

独立から30年たちましたが、まだ社会が安定しているとは言えない状況にありますし、過去のイデオロギーからも自由になれていないと感じます。

映画「金の糸」のワンシーン。主人公のエレネ(左)とミランダ(中央)
映画「金の糸」のワンシーン。主人公のエレネ(左)とミランダ(中央)=©️ 3003 film production, 2019

――その辺りの葛藤は、作中人物の苦悩としても描かれていますね。

監督 はい。それを私は「政治的、精神的な二極化」と呼んでいるのですが、簡単に言えば国内には政治的な対立が激しくあり、そういったことが暮らしを損ねていると感じます。

これからの世代が自由や民主的ということの意味をより深く理解して様々な経験を積み、他の国々との交流を通じてより自由な、幸せに暮らせる国を作っていかなければと感じています。これからの世代の仕事です。

大使 監督がおっしゃるように、他の国々との文化との交流というものはとても重要なことです。日々様々な手段を通じてジョージアの文化を発信しておりますが、日本の方々は本当に大きな関心を持ってくださっていますね。

何故こうも通じ合うのか私も不思議なほどですが、「お互いの文化に共通する価値観」もあるのではないかと感じています。

監督 それは素晴らしいことです。どのような部分をそうと感じているのでしょう?

大使 例をあげるとすれば、自分たちの伝統や文化をいかに尊重しているか、目上の人に対する尊敬や、お客様を熱心にもてなすといった部分などでしょうか。

また、物事が常ではないという意味を表す「無常感」という言葉があるのですが、これもジョージア人にも通じる気がします。

監督 映画の中で取り上げた、ジョージア人の「陽気な悲劇性」に通じるニュアンスですね。

大使 はい。ジョージア人の「ツティソペリ(=はかないこの世を表す)」同様、独特な共通感覚だと感じています。

また、ジョージアには古くから、ワインで客人をもてなす宴「スプラ」の習慣があります。少し異なるかもしれませんが、日本にも茶道を通じてもてなす文化があります。お客様に対して尊敬を表すという意味では、精神的、哲学的な共通性があると思います。

監督 私は日本が好きで、今までに三度うかがいました。若い頃に安部公房の小説「砂の女」を読んで興味を持ちました。砂が押し寄せる穴からの脱出を願う人間が、最後は状況を受け入れ、穴の中で生きるまでが描かれますが、これまでに読んだことのない視点を持った文学で、多くの影響を受けました。

最近では村上春樹など、国境を超えた独特な世界観に興味があります。小説も映画も色々拝見していますが、日本人の物事の多面的な捉え方は魅力的です。

ラナ・ゴゴベリゼ監督
ラナ・ゴゴベリゼ監督=©️ 3003 film production, 2019

――日本では今、「金継ぎ」がちょっとしたブームですが、「あるがままを受け入れる」、「傷を肯定して癒す」といった考え方が根底にあることが、若い人の共感を得ているそうです。また、金継ぎを施すことで「時間が経つほどに強くなる」という特徴もあります。漆に金を重ねる美術的手法となったのは14世紀の茶の湯以来で、もとは漆のみの天然接着法でした。

監督 なるほど。私が日本文化を尊敬しているのは人々の暮らしと文化、芸術が一体化している部分なのです。そこに当てはまりますね。

大使 茶の湯とも関係しているんですね。直すだけでなく、「より強くなる」とは。

監督 改めて作品のテーマである「過去とのつながり」の表現にふさわしいと感じますね。

――また、コロナ禍、レジャバ大使のご尽力もあって、日本では料理やワインほかジョージア文化に興味を持つ人が急激に増えました。

大使 ありがたいことに確かに日本では今、ジョージア料理が人気を呼んでいます。料理は文化をじかに体験できるものですが、映画は直接「人の心」に届くものです。映画で感じた「味」というものは、月日が経っても心に残るのではないでしょうか。その点で、特に独自の世界観が強いジョージア映画は、わが国の精神を伝える大事な文化だと思っています。

監督 日本にいらっしゃるジョージアの若い大使が文化や民族的なアイデンティティーの重要性を深く理解していらっしゃるのは本当に嬉しいことです。

大使館のような公式のレベルで文化を全面的に打ち出していくことは大切なことです。私は在フランスジョージア大使をしていた時期がありますが、フランスなどは公式に文化を打ち出すことに大変長けていますね。

今日、伝統的で豊かな文化を持ち続けている国はそう多くはありませんが、ジョージアにはそういったものがあるわけですから。

在日本ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏
在日本ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏=在日本ジョージア大使館提供

――長年ジョージア映画を紹介し続けてきた岩波ホールが、今年閉館します

監督 私にとっての小さなオアシスのような場所でした。初めて日本に行ったとき、ジョージアのことなんて誰も知らないだろうと思っていたら、わが国に関するさまざまな資料の展示室が既にあり、驚くと同時にとても嬉しかった。支配人だった故高野悦子さんとは、個人的にも親しくしていただきました。

大使 私も、脊梁の思いと言いますか、語り切れません。涙が出てきます。そして本日は監督に感謝しかありません。

監督 でも今日、このような大使がいらっしゃることを知り、本当に応援したいです。いつかお会いできる日を楽しみにしています。