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『ダンサー そして私たちは踊った』ジョージアの青年が同性愛者を演じた理由

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:

同性愛への反発や偏見がなお著しい黒海沿岸のキリスト教国・ジョージア(旧グルジア)で、同性愛を真正面から描いた映画『ダンサー そして私たちは踊った』(原題: And Then We Danced)(2019年)が誕生し、日本でも公開が始まった。ジョージアでの初上映では大抗議行動も起きた。リスクを顧みず今作に主演したレヴァン・ゲルバヒアニ(22)に東京でインタビューした。(藤えりか、インタビュー写真は鬼室黎)

『ダンサー そして私たちは踊った』はジョージアの国立舞踊団が舞台。幼なじみのマリ(アナ・ジャヴァヒシュヴィリ、22)をパートナーとして伝統舞踊の鍛錬を重ね、夜はレストランのアルバイトで家計を支えるメラブ(ゲルバヒアニ)が主役だ。ある日、入団した青年イラクリ(バチ・ヴァリシュヴィリ、24)と出会ったメラブは、彼の才能や魅力に次第にひかれてゆく。だがそんなメラブを取り巻く社会の視線は極めて厳しかった――。

ジョージア系スウェーデン人のレヴァン・アキン監督が脚本も書き、スウェーデン・ジョージア・フランス合作として完成、アカデミー国際映画賞のスウェーデン代表として出品。ゲルバヒアニはスペインのバリャドリッド国際映画祭やベラルーシのミンスク国際映画祭で主演男優賞を受賞した。

ジョージアでは2019年11月8日夜に初上映されたが、上映阻止を求めた極右集団の呼びかけで何百人もの人たちが首都トビリシなどの劇場を取り囲み、警官隊とにらみ合った。ジョージア正教会も上映に反対したという。

ゲルバヒアニはこの事件当時、トビリシからロサンゼルスに向かう最中で、空の上だった。詳しいことを知ったのは到着後で、大勢の人たちが劇場の入り口をふさいだ写真や動画を見た。「ひどいものだった。彼らは『同性愛のプロパガンダ映画で、子どもたちは見ないようにしろ、でないと子どもたちも同性愛者になるぞ』と抗議し、映画の一部場面をソーシャルメディアに上げたりしていた。極右集団から資金援助を受けていたことも明らかになった」とゲルバヒアニは言う。

『ダンサー そして私たちは踊った』より © French Quarter Film / Takes Film / Ama Productions / RMV Film / Inland Film 2019 all rights reserved.

「彼らは同性愛が何であるかわかっておらず、同性愛は病気だと思っている。彼らにはちゃんとした情報がない。極右集団は、もしジョージアが欧州連合(EU)に加盟したら同性愛の国になる、とも触れ回っている。正気とは思えないよね」

ただ、初上映のチケット自体は発売後瞬く間に完売したそうだ。「ジョージアの映画がこれだけ大々的に人気を得るなんて何十年ぶりかのことではないか。社会や人々は変化への準備ができていて、新しいものを見ようとしている」とゲルバヒアニはみる。ただ、「また上映してほしい」といった支援のメッセージもいくつか届いたものの、金属探知機や警備の人員の費用がかさむため、「コストがかかって無理だ」と言う劇場もあって、思うように上映劇場を増やせなかったそうだ。

ゲルバヒアニはコンテンポラリーダンサー。今作以前は演技経験はなかったが、アキン監督にインスタグラムで見いだされた。だが、5度にわたって受けた出演依頼を当初は断り続けた。「ジョージアでこうしたプロジェクトに加わるのは簡単ではないからだ。同性愛を本当に嫌悪する土地柄だし、家族や友人のことも考えなければならなくなる。社会からの疑問への答えも準備しなければならない。暴力をふるわれたりもしかねない」とゲルバヒアニ。だが、友人や家族に相談すると、「やりたかったらやってみたらいいよ」と言われ、心を決めた。

「この映画に参加することで、何かを変えられるかもしれないし、社会にメッセージを残せるかもしれないと思った。そうでもしなければ変化を起こす手段もないし、何かを言う力もなく、誰も耳を傾けてくれない。このプロジェクトは僕に発言する機会や力を与えてくれた」

『ダンサー そして私たちは踊った』より © French Quarter Film / Takes Film / Ama Productions / RMV Film / Inland Film 2019 all rights reserved.

そう思うのも、周りにもLGBTQの友人がいるからだ。「LGBTQコミュニティーへの僕の考え方は昔から変わらない。みんな平等で、社会の一員だ。フツウの定義って何? 誰もわからないよね」

ジョージアでの撮影はゲリラ的に進め、ゲルバヒアニら出演陣も周りに秘密にし続けた。セットには監視役を配し、ロケ地も関係者に直前に知らせた。「でないと、おかしな人たちがやってきてひどいことをするかもしれないからね。例えばレストランの場面では、僕たちはカメラとともにふらりと入って撮影した。トランスジェンダーの女性たちが夜に路上に立つ場面も、車でさっと現地に行って撮った」。彼女たちは、実際にトランスジェンダーの役者だそうだ。

ジョージアの国立舞踊団を舞台とするだけに、アキン監督は実在の国立舞踊団に協力を仰いだが、断られたという。「彼らは『ジョージア舞踊の世界に同性愛者はいない』と言い、そのうえ、『だったらバレエの映画を撮ったらどうだ? バレエの世界には同性愛者がたくさんいるよ』とも言ったそうだ。これは同性愛へのヘイト発言だ。もし彼らが、『とてもセンシティブで、問題がたくさんあるから関与できない』と言って断るならまだ理解できるのに」とゲルバヒアニは憤る。舞踊団はダンサーらに、この映画に関わらないよう呼びかけたりもしたという。

スウェーデンで生まれ育ったアキン監督が今作を着想したのは2013年、ジョージアでのプライド・パレードで起きた事件がきっかけだったという。若者たちが勇気をもって開催したパレードに、極右集団や正教会の人たちが襲いかかって蹴散らした。ゲルバヒアニはテレビでこの様子を見ていたという。「司祭が群衆と一緒に走り、若者が隠れているバスの窓を壊そうとした。その光景は僕の脳裏に焼きついている。本当に恐ろしかったよ。人間の性的アイデンティティーを理由に殴りつけるなんて常軌を逸している。もし国家主義的な考えがあるというなら、国境に行ってロシアやロシアの政治問題に抗議でもしたらいいのに」

『ダンサー そして私たちは踊った』より © French Quarter Film / Takes Film / Ama Productions / RMV Film / Inland Film 2019 all rights reserved.

皮肉なことに、一方でジョージア正教会では少年への性的虐待が明るみになり、問題になっている。「とてもおかしなことだよね。今作が文化や国民性に反すると言いながら、彼ら自身が反することをしている。LGBTQを問題呼ばわりしながら、彼ら自身の中に問題を抱えている。悲しいし、筋が通らないよ」

そんなジョージアも、「ソ連になる前までは非常に寛容で、とても開放的だった」と、出演にあたってリサーチをしたゲルバヒアニは言う。舞踊が盛んなジョージアでは、街頭商人が女性的な仕草で踊るキンタウリなどの伝統がある。そうした例を挙げ、「こうした文化を発展させた王もいたそうだ。でも今は極右の人たちが同性愛者たちを殴りつける。ソ連がジョージアの文化や人々を変えてしまったと僕は思う」。

ソ連は崩壊し、ジョージアは独立して29年になる。「でもロシアの影響は今も本当に大きく、経済的にも非常に近い。僕らは独立していると思っているが、実際はそうではない。ワインやチーズといった産品のほとんどは欧州よりもロシアで売られている。そのうえ、旧ソ連時代に育った上の世代は、ロシアに影響された考え方を持っている」

「若い世代は僕らがやったことをとても誇りに思って支援してくれている。彼らはEUに目が向いていて本当に開放的だからね。でも上の世代とは互いに理解できず、コミュニケーションや議論ができない。それは本当に大きな問題だ」

『ダンサー そして私たちは踊った』より © French Quarter Film / Takes Film / Ama Productions / RMV Film / Inland Film 2019 all rights reserved.

ゲルバヒアニ自身は、今作の出演を機に危険な目に遭ったことはないという。「これから何かはあるかもしれないし、確かにリスクは負ったけど、気にしていない。もたらした影響や結果は、リスクよりももっと大事だとわかったからね。多くの人たちが気に入ってくれたこの映画に参加してよかった。愛は憎しみよりも大切だから」

ジョージアから国外に移ることも、考えていないという。「もし僕や若い世代が国を出たら、変革したり闘ったりする人がいなくなる。ジョージアに居続けて、変化や自由のために闘わなければならないと思っている。だって、自分の家が壊れたら、放ったらかしにしたりせず直すでしょう? ジョージアの断絶をそのままにはしておけないよ」