1. HOME
  2. World Now
  3. 旅客機の強制着陸で「ルビコン川」渡ったベラルーシ その先に待っていたのはロシア?

旅客機の強制着陸で「ルビコン川」渡ったベラルーシ その先に待っていたのはロシア?

迷宮ロシアをさまよう
ライアンエアー4978便=2019年撮影、WIKIMEDIA COMMONS
ライアンエアー4978便=2019年撮影、WIKIMEDIA COMMONS

4978便にはベラルーシのジャーナリスト、R.プロタセヴィチ氏が乗っており、彼と同乗のガールフレンドがベラルーシ警察に逮捕された。

ベラルーシ当局は、当該機に爆弾が仕掛けられているとの通報があったので、緊急着陸の措置をとったと弁明している。

しかし、ベラルーシ政府の主張は不自然な点が目立ち、爆弾騒ぎは自作自演で、反体制派ジャーナリストの逮捕が目的だったと、欧米各国はみている。

ライアンエアーは欧州最大手の格安航空会社で、本社のあるアイルランドは欧州連合(EU)に加盟している。おそらく、4978便にはEU諸国の人たちが多数乗っていたはずだ。

空軍機が出動した際、4978便はベラルーシの領空を抜けようとしており、ヴィルニュスに到着する目前であった。

にもかかわらず、わざわざ4978便を引き返させ、ミンスク空港に着陸を強いたのである。国際社会から「ハイジャック」「空賊行為」と非難の声が挙がったのも当然であろう。

昨年8月のベラルーシ大統領選以降、ルカシェンコ体制による暴力支配がエスカレートしても、EUの対応はどこか腰が引けていた。

ベラルーシ国内の話であることや、ロシアが後ろ盾にいることから「ベラルーシについては仕方がない。我々の影響力には限界がある」というEU側の諦念が見え隠れした。

しかし、今回のライアンエアー機事件で、EUは否応なしにベラルーシ問題の当事者として前面に出ざるをえなくなった。EUは事件翌日の5月24日の首脳会議で、ベラルーシに追加制裁を導入する方針を決定した。

記者団の質問に答えるルカシェンコ大統領=2006年、ミンスク、駒木明義撮影
記者団の質問に答えるルカシェンコ大統領=2006年、ミンスク、駒木明義撮影

ベラルーシの政治評論家V.カルバレヴィチ氏は、次のように指摘している。

「EUにとってのベラルーシの位置付けが変わった。これまでベラルーシが国内の人権問題で批判されていたのに対し、今やベラルーシはEUにとっての安全保障の問題となった。従来、ベラルーシが『ならず者国家』と呼ばれても、それは比喩にすぎなかったが、今日ではそれは冷厳な現実となった」

それにしても、いかにルカシェンコ氏が独特の世界観の持ち主であっても、反体制派を捕らえるためにEU加盟国の民間機を強制着陸させるようなことをしたら、その後どれだけの代償を伴うかは理解していたはずである。

しかも、くだんのプロタセヴィチ氏がベラルーシ国内で大きな影響力を持っていたのは、昨年の秋くらいまでだった。

その後、プロタセヴィチ氏は体制側からの迫害を避けるため外国に逃れており、現時点では特にルカシェンコ体制を脅かすような存在ではなくなっていたのである。

にもかかわらず、なぜルカシェンコ政権は暴挙に及んだのか?これについて、現地の有識者たちの多くは、プロタセヴィチ氏の逮捕は国民に恐怖心を植え付けるための見せしめで、世界のどこに身を寄せようと逃れることはできないことを示そうとしたとみている。

一例として、Ya.ロマンチューク氏は次のように論じている。

「ルカシェンコ政権は現在、ベラルーシ社会に明確なシグナルを送っている。それは『恐れろ、震えろ、声を上げるな』ということだ。そして、もちろん、エリートたち、軍事・治安関係者たちにも、シグナルが送られている。我々は誰でも捕らえることができるのであり、だから私に忠誠を尽くせというシグナルである」

このように、ルカシェンコ政権はもはや「やりたい放題」の様相である。ただし、同政権そのものは、すでに自力では生き残れず、ロシアによる支援によって延命されている格好である。
その意味では、東アジアにおいて、本来であればとっくに行き詰っているはずの北朝鮮の現体制が、中国の水面下の支援によってなかなか倒れないのと似通った現象だ。

ルカシェンコ体制のベラルーシは以前から、ロシアから年間50億ドルとも100億ドルともされる実質的な補助金を与えられることで存続できていると言われていた。

2020年8月の大統領選で国民から駄目出しをされ、国際的にも孤立したルカシェンコ政権に救いの手を差し伸べたのもまたロシアであった。

ライアンエアー機事件直後の5月28日、以前から予定されていたものではあったが、ルカシェンコ氏がロシアのソチを訪問し、プーチン大統領と会談を行った。ここでも、プーチン大統領は今回のルカシェンコ政権による行為に理解を示している。

もっとも、6月4日のペテルブルグ国際経済フォーラムのセッションでプーチン大統領は、「その航空機の事件に関しては論評したくない。正直に言って、知らないのだ」とコメントしている。また、ロシアの特務機関が作戦に参加していたかを問われると、「もちろんしていない」と答えた。

さすがに国際経済フォーラムのような席ではプーチン大統領も、ならず者ルカシェンコと距離を置きたかったのだろう。外国からロシアへの投資を呼び込むためのイベントで、ダーティーなイメージは避けたかったはずだ。

東方経済フォーラムで演説するロシアのプーチン大統領=2019年10月2日、ウラジオストク
ロシアのプーチン大統領

以前のコラムでお伝えしたとおり、4月中旬に表面化したベラルーシ国家転覆およびルカシェンコ暗殺未遂騒ぎは明らかにロシアとベラルーシの公安機関による共同作戦であった。

それに対し、5月23日の旅客機強制着陸事件はやや様相が異なる。プーチン大統領が経済フォーラムで困惑気味に語ったとおり、本当にロシアは関知していなかった可能性もある。

ただし、前代未聞の国家権力によるハイジャックが、結果としてプーチン・ロシアの国益に好都合であったことは間違いない。ルカシェンコ氏は長らく、ロシアの庇護で政権を維持しながらも多極外交をひょうぼうし、欧米とも関係構築を図っていたからである。

それが今回の事件により、欧米がベラルーシ現政権との協力に応じることは全く考えられなくなった。ルカシェンコ氏は勝手に「ルビコン川」を渡り、退路を断ったのである。

ロシアとベラルーシは「連合国家」という形で国家・経済統合を進める条約を1999年に結んでいる。

ただ、双方の国情から統合は具体化することなく、20年にわたって条約は実質的に放置されてきた。

しかし、ロシア側はベラルーシを自国の勢力圏に固定するために、連合国家を再活用する路線に転じ、現在ベラルーシとの間で統合を深化させるためのプログラムを取りまとめようとしている。ロシア側はルカシェンコ体制が陥っている苦境に付け込み、ロシア側の利益をそのプログラムに最大限に反映させようとしている。

さて、現時点のロシア・ベラルーシ関係力学に関するこのような見立ては、多くの専門家によって共有されているものだが、ロシアの政治評論家D.オレーシキン氏はさらに踏み込んで、プーチン政権側の思惑を次のように解説している。

プーチン氏は2024年に大統領選を控えている。彼は有権者に何かご馳走をあげなければならない。ただ、国民の所得は増えないし、経済成長も考えにくいので、経済面でのご馳走を振る舞うのは無理だ。

ということは、プーチン氏がプレゼントするのは、地政学的な成果ということになる。プーチン支持者は、版図拡大が大好きだ。国民の85%がクリミア併合に拍手喝采を送ったことからも分かる。

プーチン氏の戦略は明快で、彼はベラルーシを手に入れたいと思っている。実質的か、象徴的かは別として、ベラルーシを版図に加え、選挙に向けたプレゼントを支持者に与えようというわけだ。

ルカシェンコ氏を残しておくか、いなくなってもらうかは、どちらでもいい。いずれにせよ、100%、いや少なくとも4分の1ほどでもいいので、ベラルーシをロシアに依存した国にする。ベラルーシ領にロシアの軍事基地を置くとか、両国で一体の経済空間を築くとか、単一通貨を導入するといったことだ。

ベラルーシ国民の多くも、そのプロジェクトに共感するのではないか。ロシアに働きに出ているベラルーシ国民は、ロシアの生活水準の方が高いと知っているからだ。

ベラルーシで視聴可能なロシアのテレビ番組も、ロシアを理想的に描いている。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったものだ。

クレムリンが、V.ババリコ氏(注:ロシア系銀行の頭取で2020年ベラルーシ大統領選出馬を試みたが、逮捕されて現在は獄中にいる)を、ルカシェンコの後継者候補として真剣に検討していることは、大いに考えられる。ババリコ氏はまともな人間であり、ルカシェンコとは違い、自らに課せられた義務は果たす人物だ。ウクライナのインターネットメディア「アポストロフ」

仮にオレーシキン氏の見立てが正しく、プーチン政権が2024年をにらみ、ベラルーシの取り込みに本腰を入れていくのであれば、ベラルーシ問題は新たな局面に移り、また別の国際的あつれきを生むことは確実であろう。