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森会長の問題が「日本の問題」である理由

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
2月10日、日本外国特派員協会の記者会見にて目標を掲げる松元千枝氏、酒井かをり氏、吉永磨美氏、岸田花子氏(左から)

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織員会の会長である森喜朗氏が今月の上旬にJOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議会で「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」「女性は競争意識が強い。だれか一人が手を挙げて言うと、自分も言わななきゃいけないと思うんでしょうね。みんな発言されるんです」などと発言し物議を醸しました。森氏は過去にも「子どもを一人もつくらない女性が、好き勝手とは言っちゃいかんけども、自由を謳歌し楽しんで年取って、税金で面倒見なさいっていうのは本当はおかしいんですよ」など女性差別的な発言をしています。今回これらの発言も蒸し返す形で森氏が叩かれているわけですが、これは本当に森氏だけの問題なのでしょうか。今回は色んな観点からこの問題を考えてみたいと思います。

ニッポンの「会議」のあり方

森会長は「女性が多い会議は長くなる」と女性を揶揄しました。女性を低く見ているこの発言は非難されてしかるべきですが、筆者は日本の「会議」のあり方も気になります。「会議」というものは当然ながらどこの国にもあるわけですが、ニッポンの会議というものは一部でいまだに「昭和の時代」を引きずっていることが少なくありません。それは各自が意見を述べ、そこから結論を引き出す形の会議ではなく、「結論ありき」の会議なのです。

昭和の日本では男性が定期的にゴルフ場や喫煙所に集まり、そこで仕事の話をする習慣がありました。そういった場で交流をはかり今後の仕事の進め方も決まっていったといいます。このようないわば「非公式な交流」を深めた上で、「公式の会議」に挑んだわけですが、ほとんどの場合、結論は既にゴルフ場や喫煙所で決まっていました。つまりは既に決まっていた事項を会議で反芻し、会議では「発言をする」どころか「寝ている」人も少なくありませんでした。長らく日本の会議は形式だけのものであり、各自が積極的に意見を発表する場ではありませんでした。

筆者が日本に来た20年ほど前、当時50代だったある日本人男性が「いやあ、会議に外国人がいると、話が長くて困っちゃうよ。思いつきで突飛なことをいうから会議が長引いてね」と愚痴をこぼしていましたが、今回の森会長の発言を聞いて、なんだか似ているなと思いました。

会議でなかったら、どこで発言すればよいのか

いわゆる「昭和的な感覚」を持つ人間にとって会議は「単なる形式」であることから、外国人や女性など「新しい人」が入ってくると、和が乱れて困ると考える人がいます。ゴルフ場や喫煙所、料亭や銀座のクラブなどで男性同士の交流をし、仕事の「流れ」が見えてきた後に、形式だけであるはずの会議にて外国人や女性から「思ってもみなかった」意見や発言があることが、「外国人や女性は分かっていない」という怒りの感情につながるのだと想像します。

森会長は東京オリンピック・パラリンピック競技大会という国際的な催しの組織委員会の会長でありながら、ニッポン独自の昭和の感覚をいつまでも引きずっていたために生じた問題だといえるかもしれません。

しかし「会議で発言すること」を批判してしまうと、ではどこで発言するのが良いのか、という問題も出てきます。筆者は今から数年前にある男性から「女性は会議で意見を言わないで、後になってから女性同士でぐちゃぐちゃ不満や悪口を言うから困る」という、これまた会議にまつわる愚痴を聞きました。この男性は「不満や言いたいことがあるなら陰で言わないで会議で堂々というべき」と考えていたようです。しかし森会長のように「女性が堂々と意見を述べること」をよろしくないと考える男性もいるわけですから、女性にとっては八方塞がりとなってしまいます。

海外でも報じられた森会長の発言

今回の森会長の発言は海外でも報じられました。ドイツの新聞Tagesspiegelは「日本のオリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長が、女性は『うるさい』と主張。男性が幅を利かせる組織の構造にノーを!」というタイトルの記事のなかで、「1981年までIOCに女性は参加できなかった」「1981年に女性がIOCに参加できるようになっても、会長に女性は一人もいなかった」「IOCのメンバーの103人のうち、女性は38人だけ」とIOC自体が女性差別的だとしながらも、森会長の発言は許されるものではないとし辞任が妥当だと書きました(※注 その後森氏は2月11日に辞任の意向を発表)。

日本外国特派員協会FCCJの記者会見

2月10日にThe Yoshiro Mori Controversy and Sexism in the Japanese Media(和訳「森喜朗にまつわる論争と日本のメディアにおける性差別」)という名の記者会見が日本外国特派員協会(FCCJ)で開かれ、岸田花子氏(日本民間放送労働組合連合会女性協議会副議長)、吉永磨美氏(日本新聞労働組合連合中央執行委員長)、酒井かをり氏(日本出版労働組合連合会中央執行委員長)の3人は「森さんを批判しにここに来たのではない」と前置きし、森氏の発言の背景には「日本の社会の問題」があると語りました。

2月10日、記者会見が行われた日本外国特派員協会

日本新聞労働組合連合中央執行委員長の吉永磨美氏は、日本のメディアのなかで「女性の性的な強調」や「性別役割分業を助長するような表現」などの性差別が野放しにされてきたことにはメディアの責任もあるとし、その流れについて「日本の社会の中に性差別があり、そういう差別感情を持った人がメディアで働き、無意識のうちに性差別的なコンテンツ(記事、イラストなどの表現)を作っているという現実があります。そのコンテンツを見た人たちが性差別を当たり前だととらえてしまいます。「社会の中にある性差別」が先なのか「メディアの中にある性差別」が先なのかは分かりませんが、グルグルと互いに影響しあい増長している」と語りました。

現在はメディアの大半が「女性役員ゼロ」であり、日本新聞労働組合連合などのメディアの労働組合は日本新聞協会など4業界団体と加盟各社に対して、女性役員の比率を上げるよう要請しています。

森会長の発言に対する周囲の「反応」

森会長の冒頭の発言を受け、菅総理は「オリンピック・パラリンピックの重要な理念である男女共同参画とは全く異なるものであり、あってはならない」と話したものの、あくまでも「オリンピックの理念に沿わない」という言い方であり、それは「女性差別を全面的に強く非難する」という言い方ではありませんでした。日本のジェンダーギャップ指数が153ヵ国中121位であることを考えると、もう少し踏み込んだ発言があってもよかったのではないかと感じました。

森会長の発言を受け、多くのボランティアが辞退したことについて、自民党の二階俊博幹事長は「そんなことでボランティアをやめたいなら、あらたに追加するだけ」と森会長の発言を「そんなこと」呼ばわりしています。また経団連の中西宏明会長は「SNSは恐ろしい」と、森会長の差別発言そのものよりもSNSが原因であるかのような発言をしており、森会長への「甘い」反応が目立ちました。森会長自身はその後「妻に怒られた」などと話し辞任はしないとしてしましたが、批判の声がおさまらないなか、ようやく11日に辞任の意向を発表しました。

周囲の反応なども含めたこのような一連の流れを見ると、先日の日本外国特派員協会(FCCJ)の会見で吉永氏も語っていたように、森氏の発言は本人が悪いという話だけで済まされるものではなく、「いまの日本が抱えている問題」だといえるのではないでしょうか。