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スポーツ選手はスポーツだけやっていればいい? 大坂なおみ選手のマスクから考える

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
「タミル・ライス」と書かれたマスクをしてコートへ向かう大坂なおみ選手=2020年9月12日、ロイター(Danielle Parhizkaran-USA TODAY Sports)

テニスの全米オープンで2度目の優勝を果たした大坂なおみ選手は、優勝後に仰向けでコートに寝転がり、空を見つめ喜びをかみしめました。寝転がったことについて大坂選手は「(優勝の瞬間)崩れ落ちる人もいるけど、怪我をしたくなかったので、安全に寝転びました」と語り笑いを誘いました。前回2018年に続き2度目の優勝となったわけですが、今回、大坂選手は「テニス」以外の部分でも大いに話題になりました。

先月8月23日に米ウィスコンシン州で黒人男性が背後から警察官に数回にわたり銃撃された事件を受け、大坂選手は同月の27日にニューヨークのウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝の棄権(ボイコット)を表明し話題となりました。その後、参加を発表し今回の優勝につながったわけですが、準決勝から優勝までの期間中、大坂選手は一貫して「黒人差別に抗議する」メッセージを発信し続けました。

マイノリティーはいつ声を上げればよいのか 

今大会の1回戦からの7試合で大坂選手は入場時などに毎回別の黒マスクを着用していました。どのマスクにも過去に差別の犠牲となった黒人の氏名が記されていました。当初準決勝の棄権を表明したのも「抗議」なら、その後の全米オープンで懸命にプレイをし続けた中でも大坂選手は「抗議」を続けました。

全米オープンで名前が書かれた黒いマスクを身につける大坂なおみ選手。マスクにはそれぞれBreonna Taylor、Trayvon Martin、George Floyd、Philando Castile、Elijah McClain、Ahmaud Arbery、Tamir Riceと書かれている=ロイター(Robert Deutsch and Danielle Parhizkaran-USA TODAY Sports)

マスクのメッセージ性についてインタビューを受けた彼女は「どんなメッセージを受け取ってくれたかだと思う。私のマスクで話し合いが起きてくれればいい」と語りました。自分の言葉で長い説明をするのではなく、あくまでも見ている人に「考えさせる」という手法を彼女はとりました。

ドイツのメディアは大坂選手の生い立ちを紹介するとともに彼女のこの抗議について好意的に報じていますが、日本では「もっと他のやり方があったのではないか」「スポーツに政治を持ち込むのはどうかと思う」など非難の声も多く聞かれました。そのなかには、スポーツ選手という彼女の「立場」を考えると政治的な意図のある行動をすべきではないといった意見も目立ちました。

しかし「立場」を気にしていてはマイノリティーはいつまで経っても声を上げられないということはもっと理解されても良いと思います。例えば「大坂なおみ選手はスポーツ選手であるから政治的な発言をするのはそぐわない」という声があるのは先に述べた通りですが、だからといって「普通の会社員」が公の場で顔を出して声を上げやすいかというと、それも雇用主との関係などから難しい場合もあります。また米国の黒人に関しては、非正規雇用など雇用形態が不安定な人も多く、選挙の際、投票をするために仕事を休むこと自体が難しいことも明らかになっています。つまり「マイノリティーの声は届きにくい」という状況があり、そういった事情も考慮すると「あなたの立場を考えて、声を上げるのは控えなさい」というのは酷なことなのではないでしょうか。

この問題については大坂なおみさん自身も「スポーツ選手が政治的な発言をしてはいけない、スポーツ選手は人々を楽しませるだけでいいんだ、という考え方は嫌いです。(中略)その論理でいけば、イケアで働く人はGRÖNLID(イケアのソファシリーズの名前)に関する発言しかしてはいけないことになってしまいますね?」とツイッターで発信しており、TIME100 Talks のインタビューでも「誰にも発言をする権利はあるのであり、アスリートはスポーツだけしていればよいという考えは好きではありません。床屋に対して、あなたは髪だけを切って他の発言をしないように言う人はいないでしょう。」と語るなど信念を貫く姿勢を見せています。

周囲が「今はコロナが大変だから」とか「今は黒人以外にも気の毒な立場の人がいるから」などと言ってマイノリティーの抗議をたしなめることは、彼らの悩みを軽んじ、結果として当事者の声を奪うことにつながりかねません。「声を上げるのに適したタイミング」など果たしてあるのかどうかという疑問も湧いてきます。そう考えると「何かを疑問に思った時」が「声を上げるタイミング」なのではないでしょうか。

「日本人らしくない日本人」に課せられる踏み絵

抗議の声を上げる大坂選手が日本で非難されがちなのは、「仕事をする人間は仕事以外のことに言及するのはよろしくない」という「暗黙の了解」が日本にあることとも関係しています。これは欧米との文化の違いもあると思うのですが、日本では「多くを語らないけれど仕事は確かな職人気質的な人」が評価されるところがあります。日本のあらゆる場で「和」や「立場」が重んじられているわけですが、実際のところこれがステレオタイプの押しつけにつながってしまうこともあります。

大坂なおみさんの場合は、2018年に初優勝を果たした際に、たどたどしい日本語がかわいいと話題になったり、「抹茶アイスやおにぎりが好き」ということが頻繁に報じられたりしました。微笑ましいエピソードではあるものの、大坂選手の「日本的な部分」にスポットがあたった背景には「日本国籍であるにもかかわらず、周囲が彼女を日本人として見ていなかったから」という事情があったように思います。大坂なおみさんは生まれたときから日本国籍であり日本人であるわけですが、日本での彼女に対する反応は「彼女が本当に日本人であるか」と何かと値踏みするものでした。

大坂選手が準決勝への辞退を表明する際にツイッターに「自分はアスリートである前に一人の黒人女性であり、その立場からいま何より考えてもらいたい問題がある」と日本語でも自分の心境について投稿しました。しかし自分の思いを率直に伝えた彼女に対して「黒人としてそんな行動をするなんて日本人じゃない」という内容の反応が多く見られました。

大坂選手に限らず、日本にルーツを持ち日本国籍であっても片方の親が外国人であるなど外国にもルーツがある人は、周囲から「あの人は、こういう行動をしたから日本人ではない」「あの人はこういう内容のことを言ったから日本人ではない」と言われやすい現実があります。「外国にもルーツのある日本人」は何かと「本当の日本人であるのか」を踏み絵のように試されることが多いのです。

黒人の日本人がいることを認めたくない人々

実は日本では「日本人の定義」は曖昧です。もちろん法律上は「日本国籍を持っている人」が日本人です。しかし実際の生活で常にパスポートを持ち歩いているわけではありません。そのため日本国籍であっても、容姿が外国風である場合、日常生活において「外国人」として扱われることは少なくありません。

少しでも「外国」の要素があると、日本人として扱ってもらえないのは日本特有かもしれません。多くの人は無意識のうちに「日本人」の定義を、「日本国籍がある」ということだけではなく、顔立ちや髪質などが「日本人風」であること、日本語が母国語であること、周りの空気を読むことができること、出る杭のような真似をしないこと・・・などの基準で判断しているので、なかなかハードルが高いのです。帰国子女のように外国で育っていたり外国にもルーツがあったりなど少しでも「外国」の要素があると、これまた周囲に「本当の日本人ではない」と判断されてしまうことがあります。

大坂選手の発信とそれに対する日本国内の反応を見ていて浮き彫りになったのは、日本には「黒人の日本人がいる」という事実を理解できていない人がいるということです。しかし大坂なおみさんのような黒人の日本人は既に存在しているわけです。もしかしたら「理解できない」のではなく「認めたくない」のではないかと勘繰ってしまいます。

【オリンピック】五輪憲章第50条の改正を求める動き

今までオリンピックで政治的な行動をすることは五輪憲章第50条により禁じられていました。そのため過去にはメキシコ五輪(1968年)の表彰台で黒人差別に抗議するため黒い手袋をして拳を突き上げる仕草(ブラックパワー・サリュートと呼ばれる敬礼)をした黒人の陸上選手のジョン・カーロス氏(金・銅メダルを獲得)が大会から追放されたこともありました。しかしあれから半世紀以上経った今、黒人差別に反対することは「政治的」というよりも「基本的な人権を大事にする」ことだという認識が世界で広まっています。

前述のカーロス氏は今年6月に国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に五輪憲章第50条の撤廃を要請しており、現在この五輪憲章第50条については改正を求める動きが盛んです。実際に米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は選手とともに「アスリートはもう沈黙しない」と記された書簡を公表しています。

「オリンピックは平和の祭典」---それなら平和を乱す人権侵害に対して「ノー」を突きつけるのは趣旨に合っている気がするのですが、皆さんはどう思われますでしょうか。