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「カネのなる木」持って強気のIOC、「ガバナンス」の文字は長年なかった

World Now

五輪憲章を読むと「大会の財政面で一切の責任を負わない」と書いてある。赤字が出ても知りません、というわけだ。商業主義が拡大する前の1976年モントリオール大会は大赤字になり、地元のケベック州民は30年後まで税金で負債の穴埋めを強いられた。

招致レースに敗れても、IOCは「オリンピック・ムーブメントに貢献してくれてありがとう」とねぎらいの言葉をかけてくれるだけだ。東京は2016年大会招致で落選し、投じた149億円は泡と消えた。

IOCが強気なのは、五輪が「カネのなる木」になったからだ。都市にとってはインフラ整備の起爆剤になり、知名度も上がる。

陸上の100メートル世界記録保持者ウサイン・ボルトも、テニスやバスケットボールの億万長者アスリートも、賞金はないのに喜んで集う。金メダルはお金で買えない名誉に加え、CM出演の市場価値も跳ね上げる。4年に一度のプレミアム感が、肉体年齢の旬が限られる選手の渇望をかき立てる。

IOCはテレビ局から巨額の放送権料を吸い上げ、グローバル企業から協賛金をかき集める。加盟国の分担金が頼りの国連と違い、経済的に自立しているのが強みだ。委員も仲間内で選ぶ。五輪を愛する世界中の人々が、ふまじめな委員を落選させるチェック機能が働かないから、批判が耳に入りにくい。開催都市選びも100人余の秘密投票で決まる。そこに明快な基準はなく、委員同士の義理、人情が左右する。

成長戦略に陰り

昨夏のロンドン大会は36億人がテレビ観戦し、ファンは地球の隅々に広がる。しかし、競技数の拡大、商業主義の進展とともに膨れあがった利害関係者への気配りは足りないようにみえる。組織の透明性に不可欠な「ガバナンス」という文言が五輪憲章に盛り込まれたのは2004年版と、歴史は浅い。

象徴的だったのが、競技の除外問題だ。今年2月、たった14人のIOC理事の投票で五輪の中核競技からレスリングを外した。それが猛反発を浴びると、3カ月後に追加競技候補に戻すという節操のなさは、その競技の衰亡を左右する自覚に欠ける。

IOCの歩みは、資本主義、グローバリズムの発展と親和性が高く、開催都市選びは、先進国への仲間入りを果たそうとする新興国に与えるケースが定着した。IOCに群がる協賛企業にとっても、未知の市場を開拓するチャンスになった。

しかし、「より速く、より高く、より強く」という五輪のモットーが肯定する永遠の成長戦略は、さすがに陰りが見える。

大会の肥大化は大都市でしか開催できない弊害を生み、開催都市で税金の無駄遣いという批判も浴びる。大会規模を膨らませないで、かつ若者の好奇心をくすぐる新たな競技を加えるなら、既存の競技を切り捨てるしかない。

拡大路線でみんなを幸せにできたサマランチ時代から、仲間に嫌われるのを承知で肥大化の抑制にかじを切ったロゲ時代。この9月に就任する新会長に求められるのは公平性だ。IOCがアマチュアリズムから脱皮し、スポーツの大衆化、グローバル化を成し遂げた今、排他的なプライベートクラブのような振る舞いは許されない。欧州貴族のサロンだった草創期の香りをふりまくのは、パーティーだけでいい。(稲垣康介、文中敬称略)

リサーチ協力:北川智尋(きたがわ・ともひろ)