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オリンピックと高校野球、あえて比較してみた

ギリシャ・マラトン市に2004年にオープンしたマラソン博物館。当時市長だったザガリスさんが中心となり立ち上げた。館内には、アテネで開かれた第1回近代五輪から大会ごとのレース展開や勝者の写真などが飾られていて、00年シドニー五輪で勝った高橋尚子選手や04年アテネ五輪勝者の野口みずき選手のシューズも展示されていた/photo:2012年6月15日、Hirai Ryusuke

オリンピックと高校野球。私が所属する朝日新聞スポーツ部は、夏になると大きな行事を2つ抱え、てんてこ舞いになる。選手たちはもちろん、スポーツ記者にとっても腕が鳴る大舞台だ。

五輪が4年に1度しか行われないということのほかにも、この2大イベントには大きな違いがもう1つある。全国高校野球大会の舞台はいつも甲子園だが、五輪は毎回開催地が代わるということだ。

どちらがいいか、一概には言えないだろう。だがIOCの会議をここ数年取材し、開催候補地のIOC委員への「すり寄り」を見てきた立場からすると、「五輪の舞台が毎回同じなら」と夢想することはある。

五輪開催地を決める1票を持つのはIOC委員だけ。各候補都市が数十億円単位の金と何年もの歳月を費やす選挙の有権者がわずか104人なのだ。104人全員が私利私欲のない高潔な人物などという保証はない。利権が集まるところには、腐敗も忍び込みやすいことは、ソルトレーク招致をめぐるスキャンダルの歴史が証明している。

毎回、ギリシャで開催してみたら 

もし毎回同じ開催地にするなら、舞台は古代オリンピック発祥のギリシャしかないだろう。昨年夏、ギリシャ・マラトン市で2010年まで市長を務めたスピロス・ザガリスさんに話を聞いた。紀元前490年、ギリシャがペルシャを撃退したマラトンの戦いで、伝令役フィリッピデスがアテネまで力走し、「勝った」と一言残して絶命した――。マラソン競技の起源になった、あのマラトン市だ。

ザガリス元市長は、「今の五輪はお金のための大会に成り下がった。勝者が得るのは栄誉とオリーブの葉冠だけ。この精神を思い出してほしい」と話してくれた。彼はIOC本部に「五輪は毎回ギリシャで」との手紙を送ったが、返事はないという。

取材した当時、ギリシャはちょうど深刻な財政危機にあえいでいた。だから、「五輪が必ず4年に1度来れば、景気も回復しますしね」と少し意地悪な質問もしてみた。ところが、元市長は怒ることなく、「スポーツに経済のことを期待するのは間違っている」と答えた。「テレビで世界中に流す必要もない。本当に五輪精神に賛同する人だけが、現地に見に来ればいい」と。

巨額な放映権料とスポンサー料がIOCを支える2大収入源となった今、彼の訴えは理想論だろう。そして、9月7日に決まる2020年五輪開催地の選挙で「イスラム圏初」を掲げて立つトルコのイスタンブール、または五輪未開催のアフリカ大陸や日中韓以外のアジアの国々の方に、私がこんな話をすれば、「お前のところは1度やって、おいしい思いをしているからそんなこと言えるんだろう」と怒られてしまうかもしれない。

もちろん、1964年東京五輪のおかげで新幹線も首都高速道路も整備された。ただスポーツとは本来、都市の発展を促したり、沈んだ経済を元気にしたりするためのものなのだろうか。五輪を、「景気浮揚の起爆剤に」などと言う候補都市には正直、強い違和感を覚える。

スポーツのための大会に

スポーツは、スポーツだからいい。人々に感動を与えるための多少の仕掛けや舞台設定が必要にしても、少なくともスポーツを金儲けの手段に使ってはならないのではないか。もちろん甲子園も絶対ではなく、「あんな暑い時期に暑い場所で高校生に毎日試合をさせるな」などの批判には配慮しなければいけない。

だから、東京でもマドリードでもイスタンブールでも、2020年五輪の開催権を勝ち取る都市には、前マラトン市長の訴えにも耳を傾けてほしい。開催権をギリシャに譲れとは言わないが、お金のための大会にだけはしてほしくない。

(平井隆介)