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「欧米」と一括りにするのはダメ?言葉の選び方について考えてみる

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 

先日ツイッターに「欧米人は~」と投稿したところ、「『欧米人』と一括りにするのはいかがなものか」と指摘されました。そのなかには「欧米かっ!」のツッコミも。

確かにブルガリア、ドイツ、イタリア、カナダからニュージーランドまで、それらの国々を「欧米」とざっくり括るのは大雑把です。ヨーロッパとアメリカを「欧米」と括ることの問題点もたびたび指摘されており、ヨーロッパのことを指す時はキチンと欧州と言い、アメリカのことを指す時はアメリカと言うべきとの声も聞きます。今回はそんな「言葉の選び方」について考えてみたいと思います。

「欧米人」と一括りにするのはいけないこと?

友人などと雑談をするときに筆者はよく「欧米人は~」と言います。あまりにも「欧米人は~」や「欧米では」という発言が多いので、周りから「出羽守」(デワノカミ)と思われている可能性が高いです。それはさておき、なぜ「フランス人は~」とか「ドイツ人は~」と名指しせずに「欧米人は~」と言うのかというと…これは「先回り」している部分もあるのです。筆者の経験だと、たとえば「フランス人は~」と言うと、その後相手から「ドイツ人はどうなの?」「イタリア人は?」「スペイン人は?」などと聞き返されることが多いです。そのため先回りして「欧米人は~」とまとめてしまっているわけです。

もっとも「欧米人は~」や「欧米では」と一括りにできるテーマもあれば、そうでないテーマもあります。たとえば「有休」について。欧州連合のほとんどの国では年間20日以上の有休が法律に定められていますが、アメリカ合衆国の有休は年間10日程度です。そのため有休について語る時は「欧米では日本よりも有休が多い」ではなく「欧州では有休が多い」が正しいです。

その一方で価値観や生活スタイルについて「欧米人は~」「欧米では~」と一括りにできるものもあります。たとえば日本で「女子会」というものが市民権を得ていることからも分かるように、この国では人間関係を性別で分けがちであるのに対し、欧米は「カップル文化」です。映画館に行くのも、夜の時間帯にレストランで食事をするのも「外出はとにかくカップルで」という考えが強いのです。そしてこれはドイツやフランスなど特定の国に限った話ではなく、欧米社会全般に関して言えることから「欧米」と括るのが自然だと思います。

また「乳製品」に関しても筆者は「欧米」というふうに括って考えることが多いです。最近は「動物性の食品を口にしない主義」のビーガンの人も欧米で増えてきているとはいえ、昔から欧米人のほうが日本人よりもブルガリアからニュージーランドまでヨーグルトをはじめとする乳製品をよく口にする習慣があるのは事実です。日本でも近年は乳製品がよく食べられるようになりましたが、「昔ながらの和食」に「乳製品」は含まれていません。

ただ前述通り最近は欧米でビーガンの人も増えてきており「欧米にも様々な食生活の人がいる」のも確かです。しかしだからといって「欧米」や「欧米人」という言葉を使わずに、たとえば「ドイツ人はよく乳製品を食べる」と国名を名指ししたところで、「ドイツ人にもまたビーガンを含め多様な食生活の人がいて、全員が乳製品を食べるとは限らない」のですから【全員がそうだとは言い切れない問題】は残るわけです。

全員に当てはまるわけではなくても、食生活や価値観などについて語る時に、多くの欧米諸国に当てはまるようなことであれば、「欧米」「欧米人」と括るのはアリだと思います。

欧米人イコール白人なのか?気をつけたい「早とちり」や「勘違い」

そうはいっても「括る」なかで気をつけなければいけないこともあります。それは欧米人イコール白人ではないということです。欧米人といっても白人だとは限らず、欧米の国の国籍を持っている人が欧米人です。これはドイツ人やフランス人が必ずしも白人ではないのと同じことです。

日本に住むある白人のフランス男性は「飲み会にフランス人の友達を連れてきて」と言われ、長年の親友であるフランス人男性を飲み会に連れて行きました。この友達は「ベトナムにルーツを持つフランス人」だったため、飲み会では質問攻めに遭ってしまったそうです。この「ベトナムにルーツを持つフランス人」のように「ヨーロッパの国の国籍を持っている白人でない人」は何かと周囲から疑問を持たれがちです。しかしこれは必ずしも「本人が説明をすればいい」という話ではなく、今の時代は「フランス人とは白人である」というような思い込みを捨てる必要があるのは「社会」のほうではないでしょうか。

ただ「早とちり」や「勘違い」は日本に限った話ではありません。形を変えて似たような問題は海外にもあります。筆者の友達の黒人男性は何年か前に日本に帰化をし、当然ながら海外出張をする際には日本のパスポートを携帯しています。ところがスムーズに出国や入国ができるのは日本だけで、ヨーロッパに行くと必ず現地の空港で訝しまれるといいます。その背景には黒人差別もありますが、「欧米人の想像する日本人」がステレオタイプ的であるという理由もあるのです。

それにしても「フランスにいるフランス人は、ベトナムにルーツのあるフランス人に違和感を抱かない」のに、「日本にいる日本人は、ベトナムにルーツのあるフランス人に違和感を抱きがち」であり、「日本国籍の黒人男性」は日本の空港よりもヨーロッパ諸国の空港でトラブルに遭いやすいのは興味深い現象です。もしかしたら国が遠ければ遠いほど「あの国の人はこうである」というステレオタイプ的な思い込みも強くなっていくのかもしれません。

「欧米では」よりも更にざっくりしている「海外では」という言い方

サザエさんやドラえもんなど日本のアニメに登場してきた「外国のお友達」といえば金髪や栗色の髪の白人でした。さらにいうと、日本では一昔前まで「外国人」というと、アングロサクソン系の白人を指す傾向があったように思います。日本で「外国人は背が高い」とか「外国人は身体が大きい」というような発言がされるとき、それは今も「白人の欧米人」を指していることも多いのです。

面白いのは、日本では頻繁に「海外では」という言い方がされていることです。「日本よりも海外のほうが住みやすい」とか「日本より海外のほうが働きやすい」など。ただ日本以外の世界の国は全て「海外」なのですから、この言い方は「欧米」以上にざっくりしているといえます。

筆者の出身のドイツでは「海外では~」という言い方はしないものの、「アフリカでは~」とか「アジアでは~」と地域別で括る傾向が見られ、その大雑把さは日本の「欧米では~」と通ずるものがあります。ただヨーロッパで「アジア」と括る場合、中国・日本・韓国を一緒くたにしてしまっている問題だけではなく、アジア全般に対する差別感情が露わになることもあり、コロナ禍の今これは特に厄介な問題です。

ドイツではアジア諸国に対して大雑把な一方で、「アメリカ」に対しては大雑把な括りを許さず厳しい人が多いです。例えばドイツの学校で生徒がうっかりAmerika(アメリカ)と言うと、先生から「ブラジルのある南アメリカ(南米)も、アメリカ合衆国も全て『アメリカ』です」と厳しい指摘があります。もし生徒がアメリカ合衆国を指しているのであれば、ざっくりと「アメリカ」と言うのではなく「アメリカ合衆国(Vereinigte Staaten von Amerika)」と言わないといけないのです。

正確に伝えることの難しさ

そもそも文章を書くとき、「欧州」と書いたほうがいいのか、それとも「ヨーロッパ」と書いたほうがいいのか。「ヨーロッパ人」と書くのがいいのか、「欧州人」と書くのがいいのか。そう考えるとき「『欧州人』と書くと、かたい感じに聞こえやしないか?」「でも『ヨーロッパ人』だとカタカナで長いので、文章がそれだけで長くなってしまう…」など迷いや悩みは尽きないのでした。

「ドイツ人」について書く際にも「ドイツ人と書くべきか」「ドイツの人と書くべきか」、それともあくまでも「ドイツにはこういう人が多いです、と書くべきなのか」など考え出すと止まりません。

こんなに悩むのは筆者自身がドイツ人でありながら日本人でもあり、自分のなかで「欧米と日本を比べること」が日常になっているからなのかもしれません。

冒頭の「欧米と括ってよいのか」という問題を考えるとき、厳密にいうと「欧米にはこういう傾向の人が多いが、そうでない人もいる」と言うのが正しいわけですが、毎回このような前置きをすると、なんだか歯切れの悪い言い方になってしまいます。「まわりくどくなることなく、正確に伝える」というのは難しいものです。

「どの国やどの地域にも色んな人がいる」ということを前提にした上で、「欧米人は~」や「フランス人は~」などと括ることが問題だとは思いません。「そうでない人もいる!」とイチイチ突っかかるのはちょっぴりイジワルなのではないでしょうか。