●シルクロード交易で重要だったスパイス
インドは、スパイスをはじめ、野菜や果物など、原産の食材も多い農業国です。国土は日本の9倍もの広さで、北方は氷雪のヒマラヤから、南端はコモリン岬の熱帯まで。西は砂漠に近く、東のアッサム地方にはジャングルが広がっているという具合で、気候や風土は地域によって大きく違います。
かつて、インドに通じる交易路といえばシルクロードでした。「陸のシルクロード」につながるインド北部は中国、イラン(ペルシャ)をはじめとする中央アジア、チベット、モンゴルなど、騎馬民族の影響が強く、遊牧民が多い地域です。標高も高く、スパイスはもちろん作物自体育ちにくい環境ですが、モンゴルやチベットから粉物文化が入り込み、スパイスや原産の果物なども流通してきました。
一方、中国南部から東南アジアを経てインド、西アジア、東アフリカに至る「海のシルクロード」では、インドはスパイスの生産地として重要視されてきました。また、イギリスの植民地時代に開花した紅茶の栽培も全土に広がり、フランス入植の影響で、コーヒーやワインの生産も盛んになりました。
●「カレー」という料理はない
さて、インド料理と聞いてまず思い浮かぶのものといえば「カレー」、そして「スパイス」でしょう。でも、インドでレストランに行っても、メニューに「カレー」はありません。代わりにキーマ(ひき肉のカレー)、ダール(豆のカレー)、サグマトン(ほうれん草と羊のカレー)といった料理の名前がたくさん並んでいます。
料理店には赤や黄色や緑、茶色、様々なスパイスが何十種類も並んでいて、それをお店が独自に調合して、こうした料理を作っています。スパイスの調合について、地元の人に「街ごとに違うのですか?」と聞いてみると、「店ごと、家ごとに違うよ」とのこと。地域や民族、宗教やカースト(階層)、またその家の習慣によっても異なるそうです。形状も、どろっとしたシチューのようなものから、サラッとしたスープのようなものまで多種多様です。
日本の家庭料理だって肉じゃがひとつとっても家庭によって様々ですので、同じように考えれば合点が行く感じもあります。「カレー」というのは、タミル語に香辛料を用いた炒め物や食事、おかずなどを意味する「kari(カリ)」という言葉が英語の「curry(カリー)」になり、日本に来て「カレー」になった、と言われていますが、確かに、スパイスを使った料理の総称のことを指すのだと思い知りました。
●宗教によって、扱う食材が少しずつ異なる部分も
インド料理が多様である理由の一つが宗教です。国内には数え切れないほど多くの宗教が存在しますが、宗派によって使える食材、使えない食材があります。
例えば、日本でいう「ビーフカレー」は、インドで多数派であるヒンドゥー教徒にはあり得ない料理です。というのも、牛が聖なる動物として大切にされているからです。次に宗教人口が多いと言われるイスラム教徒の場合は豚肉を食べませんので、やはり彼らも、日本でいうところの「ポークカレー」を作ることはありません。「根菜は生命の根元」とするジャイナ教徒も、厳格に戒律を守る人は日本のカレーには必須の玉ねぎなど、根のものは食べないので使いません。そして、西インドを中心に国民の4割がベジタリアンともいわれる特徴もあります。
そんななかで、豆類に関しては宗教などの垣根を超え、畑の肉として全てのインド人に大切にされている部分があります。牛乳から作られるバター(ギー)やチーズ(パニール)などに関しても、同様にありがたく扱われています。乳製品は遊牧民の暮らす北部が豊富ですが、決して安いものではないので、貧富の差の大きいインドでは、豆類は大切な栄養源と言えるようです。
●インド料理は、油とスパイスと塩の料理。
インド料理をまとめあげる共通の要素は、やはりスパイスでしょう。インド料理は、主に、油とスパイスと塩の料理といえます。まずは油。そして、スパイスを加える。あとは水分、そして素材と塩です。鍋で蒸し煮にして素材から水分を少し出し、油とスパイスと塩で旨味を加える料理が、いわゆる「カレー」と呼ばれるインド料理の基本です。他に、油で煮る、油で揚げる、油で焼くといった熱を通す料理の他に、漬け込む料理、サラダなどの熱を通さない料理もありますが、基本的には全てスパイスを加えます。そうそう、お馴染みの紅茶(チャイ)にもスパイスを加えますよね。
●インドには発酵調味料はない
また、インドでは発酵調味料や酒類を料理に使うことはありません。日本には、醤油や味噌といった大豆由来の発酵調味料がありますし、アジアの他の国には魚介由来のナムプラー(ヌクマム)、日本にも魚醤があります。ヨーロッパには、アンチョビーやトマトペースト、ヨーグルト、チーズやサワークリームなどといった、素材としても調味料としても使われる発酵食品は存在しますが、醤油や味噌のように使う調味料は「塩」のみです。インドも同様なのです。
●家庭料理のシンプルなスパイス使いに感動
前回も少しお話ししましたが、私が日本でインドの家庭料理を教わったのは、ムンバイ(ボンベイ)出身のレヌ・アロラ先生のところに伺ったのが最初で、23の頃でした。当時の日本では、料理人の出身地域とは関係なく、北インドの料理が主流でした。インド料理はスパイスを複雑に組み合わせる難しい料理と思っていた私に、まずは、と「クミン」「コリアンダー」「チリ」「ターメリック」「ガラムマサラ」といった軸になるスパイスの扱い方を教えてくださいました。旬の野菜を油で炒めて塩とスパイスを振りかけるような、シンプルな料理でした。
日本でお馴染みのカレー粉といえば、S&Bの赤缶でしたが、これはイギリスのミックスカレースパイスをベースに考えられた商品で、30種以上のスパイスが配合されたもの。このスパイスの複雑さをどうしたものかと思っていた私は、アロラさんの組み合わせを聞き、「やはり、家庭料理とはこのようにシンプルなものなのだ!」と、それは感激したものです。
→次回は10月16日に更新します。
インド料理=油+スパイス(辛・香・色)+素材+塩
・唐辛子(チリ)(辛)「血行促進、発汗作用、体内の脂肪を燃焼、食欲増進」
・クミン(香)「下痢、腹痛、解毒、消化促進」
・コリアンダー(香)「新陳代謝を高める、胃腸の働きを促進」
・ターメリック(色)「肝臓病、健胃、皮膚病、コレステロール抑制」
・ガラムマサラ(各家庭の味)
※基本のスパイスを軸に、その他のスパイスを加えて家庭ごとの味、地域ごとの味が生まれる。効能も家庭の知恵のように口伝で受け継がれる。
じゃがいものサブジ(野菜の炒め蒸し煮)の作り方
材料
具材(他にキャベツなど好みで)
じゃがいも(皮をむいて賽の目に) 2個
いんげん(2㎝長さに切る) 10本
カレーベース
玉ねぎ(薄切り) 1個
にんにく、しょうが(共にすりおろす) 各1かけ
トマト(賽の目に) 1個
クミンシード 小さじ1/2
唐辛子(種を除く) 2本
ベイリーフ 2枚
油 大さじ3
パウダースパイス
クミン、チリ、ターメリック、ガラムマサラ 各小さじ1/2
コリアンダー 小さじ1
塩水(水1/2カップ+塩小さじ2)
作り方
1 鍋に油、クミンシード 、唐辛子、ベイリーフ を入れて弱火にかけ、香りが出るまで炒める。
2 玉ねぎ、にんにく、しょうがを加え、中火できつね色になるまで炒め、トマトを加えて煮崩れるまでさらに炒める。
3 じゃがいも、いんげん、ガラムマサラ以外のパウダースパイス、塩と水を加え、蓋をして弱目の中火で15分ほど蒸し煮する。途中2、3回かき混ぜる。
4 ガラムマサラを加え混ぜ、5分ほど蒸し煮する。
キャベツのポリヤル(南インドの蒸し煮)の作り方
材料
具材
キャベツ(ざく切り) 250g
オクラ(2㎝長さに) 10本
玉ねぎ(角切り) 1/4個
ココナッツフレーク 大さじ2
カレーベース
マスタードシード、黒こしょう、フェヌグリーク、コリアンダーシード 各小さじ1
カレーリーフ 8枚
唐辛子(種を除く) 2本
しょうが、にんにく(すりおろす) 各1かけ
トマト(つぶす) 1個
ダル 大さじ1
油 大さじ3
パウダースパイス
クミン、ターメリック 各小さじ1
塩 小さじ1/2
水 1/2カップ
作り方
1 鍋にカレーベースを入れて中火にかけ、香りが出るまで炒める。
2 玉ねぎ、キャベツ、オクラ、パウダースパイス、塩と水を加え、蓋をして弱目の中火で15分ほど蒸し煮する。途中2、3回かき混ぜる。
3 ココナッツフレークを加え混ぜ、2分ほど蒸し煮する。