「私はデブよ!だから何だっていうの!」。映画の中でノルウェー人のMarte Nymanは雪山で叫ぶ。
ノルウェー人のCarina Elisabethは、SNSで自分のプラスサイズの身体の写真をSNSに掲載している。 今はどんな体型でも愛そうというムーブメント「ボディ・ポジティブ」を後押しする人も多く、インスタグラムでは彼女の写真に「いいね!」をする人が増えている。一方で、オスロの街を歩いていると、肥満体の自分を見て、不快な発言をしてくる人もいる。
2020年となった今、Elisabethは今でも痩せた身体を基盤とする価値観を他人に押し付けようとする人に出会うと、驚いてこう思ってしまうそうだ。
「あら、あなたはまだそこにいるの?」
「痩せた身体」という従来の美の定義は、一昔前の価値観となってきている。あなたの価値観は、今どのポイントにいるだろうか?
デンマーク、スウェーデン、ノルウェー合作の映画『Fat Front』は、肥満体の自分の写真をインスタグラムで公開する女性たちを追ったドキュメンタリーだ。北欧3か国出身の4人の女性たちは、自分の身体の写真をネットに公開している。多くの投稿で、彼女たちは裸に近い恰好でダンスをしている。まるで何かから解放されて自由を喜ぶかのように。
ネガティブな言葉にされた「デブ」を自分たちのもとへ取り戻そうと、彼女たちは動く
デンマーク出身のLouise Unmack Kjeldsen監督とLouise Detlefsen監督は、新型コロナの影響でノルウェーでの上映会に参加することができなくなった。今は他国に簡単に移動できない時代だ。
そこで今回の映画制作の意図をメール取材した。
出演女性たちよりも年齢が上の2人の女性監督も、自分たちが子どもだった頃に同じような身体への圧力を感じたのだろうか?
「私たちが小さい頃も、肥満体形はおかしく、痩せているほうが幸せになれるということを刷り込まれていました。スマホやSNSはありませんでしたが、映画スター、写真モデル、芸能人、女性雑誌、ファッション業界、ダイエット業界が私たちの心に攻め込もうとしてきました。だから、自分たちの太った身体を恥じることなく公開する彼女たちに、大きな好奇心を抱いたのです。でも同時に懐疑的でもありました。『他の人の意見から自由になった』』なんて本当だろうか、と。この現象を調査したい気持ちが映画を作るきっかけになりました」
SNSで取材対象の女性を探す中で、監督が重視した条件のひとつは独身であることだった。本作では肥満体形であるが故の恋人探しの葛藤にも触れている。そもそも、恋人は必ずしもいないといけないのか?体形だけではなく生き方の多様性、恥の意識や自己肯定感というテーマにもつながってくる。
肌を露出した写真を公開したり、踊ることがボディ・ポジティブの活動家である条件ではないが、この映画では出演女性たちは楽しそうに踊っている。
「出演者には自分の身体を活動的な武器としても使ってもらいました。裸のままで出演するシーンがあるのは、肥満体形の人でも物語の語り手になれるという、新しいメディアイメージの必要性を感じていたからです。今までのメディアでは、偏ったシーンばかりが生産されてきました。太った人が幸せになるためには痩せる必要があったり、太った人はどこか悲しそうだったり、ずっと座っていたり、ソファでチップスを食べていたり、痩せた恋人の傍らにいる人という設定をされていたり」
映画では聞きにくいことにも突っ込んでいる。「あなたたちは本当に、『体重をへらしたい』と思うことはないの?」、「肥満は健康によくない、医療費増大の一因だという意見も世の中にはあるけれど?」。出演女性たちは自分たちなりの考えを作品で語っている(映画を見る機会がなければ、彼女たちのインスタグラムにじっくりと目を通すのもいいだろう)。
「誰だってちょっとした洗脳をされているものです。太る人には何かしら問題があるのだろう。今の自分に満足だと言いながらも痩せたいとどこかで思っているのだろう。自分の人生で起こりうる最悪な事態のひとつは太ることだとね。肥満を標的にしてお金を稼ぐ業界の存在を、私たちは忘れてはなりません。この映画制作は私たちにとっても目を覚ますきっかけになりました」
肥満体形に対して北欧諸国で価値観に違いはあるのか?
「デンマークよりも、ノルウェーとスウェーデンでのほうが肥満体形に対して受け入れがちょっとだけ進んでいる印象を私たちは受けています。ノルウェーとスウェーデンのフェミニストがこの議論において着々と動き、女性の身体は他者に評価される対象物ではなく喜び讃えるものだという啓蒙活動も進んでいたのでしょう」
「でも、今はFacebookのタイムラインやSNSに流れてくる他者からのコメントという課題が発生しているため、どこの国でも肥満体形の人には悩みの種があります」
国境を越えて偏見は存在する。映画のリリースにあたり、監督たち自身も奇妙な体験をすることになった。デンマークの首都コペンハーゲンにある「とある有名なホテル」で撮影しようとした際、映画の主旨を聞いたホテル側が撮影を拒否してきたのだ。理由は「そういうものと関連付けられたくないから」とはっきり言われた。
「黒人、ムスリム、ユダヤ人、同性愛者が映画のテーマであれば、ホテル側はそこまで明確に断る理由を言わなかったでしょう」と振り返る。肥満体形ともなれば、断る理由として成り立ち、それを口にしても問題はなく合法だと判断したホテル側の対応は、監督たちにとって忘れられない体験となった。「肥満体形を理由に排除することも差別だという学びが、まだないようです」と彼女たちは答える。
今の時間を楽しんで、自己批判や他人の意見から自由になろう
監督はこの映画は見る者が肥満体形かどうかは関係なく作られたものだと語る。「もしあなたに身体があるなら、もし自分の身体になんらかの生きづらさを感じているなら、この映画はあなたのためのものです」。
「私たちは監督として、出演した女性たちとは違う立場に立ってます。太っていることを理由に、人生を生きることをやめようとしたという彼女たちは、私たちに強い印象を残しました。時間はあっという間に過ぎ去り、若かった頃の時間が戻ってくることはありません。そんな時にダイエットに失敗したと嘆き、自分の身体との戦争に夢中で、今の時間を失うことほど残念なことはありません」
「私たちからのメッセージはこうです。あなたの身体を大切にして、今の人生を満喫して!」
私が住むノルウェーでは、身体のサイズに多様性を求める声はメディアでも大きく取り上げられ、時には議員や大臣も議論に関わろうとする。若者のメンタルヘルスを悪化させる加工写真や広告表示のないSNS投稿を規制する条例ができあがり、インフルエンサーや小さいサイズの服を売るブランドの持つ社会的責任が問われるようになった。
映画では「太っている」ことに対する違う価値観を持つ人々がすれ違い、互いに抱く「?」の対面が繰り返される。
スマホやSNS時代、若者は新しい手法で声を上げ、より暮らしやすい社会づくりに自ら関わろうとしている。この映画は今のフェミニズムの動きを知る資料となる。自分の考え方や思い込みが古くなっていないか、ふと問い直すことを忘れずにいたいと私は思った。
映画に出演する女性たちのインスタグラム・アカウント
Helene(デンマーク)
https://www.instagram.com/_chubbydane/
Marte(ノルウェー)
https://www.instagram.com/theonlymarte/
Pauline(スウェーデン)
https://www.instagram.com/paulinelindborg/
Wilde(ノルウェー)
https://www.instagram.com/happykropp/?hl=ja
「Fat Front」映画公式
https://www.instagram.com/fatfrontfilm/