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警察で実感したシステミック・レイシズム 警察官だった黒人男性の決意

ホワイトハウスへ猛ダッシュ 更新日: 公開日:
ホワイトハウス周辺で装甲車とともに警備態勢につく警官隊=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

セドリック・アレキサンダーさん(フロリダ州、元ジョージア州ディカーブ郡警察署長、66歳)

セドリックさんがフロリダ州ペンサコーラで生まれた1954年、米国では「ジム・クロー法」(1876年から1964年にかけて存在した人種差別的内容を含む米国南部諸州の州法の総称)のもと、人種隔離政策が当然の如く施行されていた。同じ年、公立学校で黒人と白人の生徒を分離するというカンザス州法を違憲とする判決が出たことにより、「分離すれども平等」の原理がついに覆された。この「ブラウン判決」が人種統合と公民権運動への道を開いた。

キング牧師記念碑の前で膝まずき、ジョージ・フロイドさんが首を押さえ付けられ苦しんだ8分46秒間、拳をあげて祈る人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月19日

セドリックさんは、ともに教職に就く両親のもと、米国の中流家庭で育った。とはいえ、「南部」であるフロリダでも人種差別法により、白人と黒人の結婚や交際が禁止されたり、学校が人種で厳密に分けられたりした時代があった。アフリカ系の血が16分の1でも含まれる人は「ワン・ドロップ・ルール」により「黒人」として扱われた。

2種類の差別

1968年、キング牧師が暗殺された時のことを、セドリックさんは今でも鮮明に覚えている。当時14歳。黒人に対する暴力と、浴びせられる言葉に対し、恐怖を感じた。続いて全米各地で起こった暴動にも衝撃を受けた。問題の本質を完全に理解できないながらも、とてつもなく恐ろしいことが起きているのはわかった。「人種問題がキング牧師の命を奪った。黒人の平等を求めたことが原因で命を絶たれたのだ」。セドリックさんは当時を振り返る。

少年時代のセドリックさん、フロリダ州ペンサコーラ、本人提供

高校を卒業する頃、学校での人種統合が始まりつつあったが、それでも「南部にいる」と頻繁に実感したという。「差別には、わかりやすい対立的なものと、人の意識に潜在する繊細なものがある。時には、相手がそれを差別だと意識していないこともある。でも私たち黒人は、その『マイクロアグレッション』(=自覚なき差別)を肌で感じ、認識する。それは、有色人種として生きるということの一部だ」

暗黙のルール

本当はFBI捜査官になりたかったというセドリックさんは、大学で社会学を専攻するも、妻との間に娘を授かり、経済的な理由から中退。そして若干23歳で保安官事務所に就職した。これが40年の警察のキャリアの始まりで、その後、「システミック・レイシズム」(=制度化された人種差別)と向き合こととなるスタート地点でもあった。

セドリックさんが警察に入った当時、特定の特殊部隊は白人男性のみで結成され、黒人や女性は入隊できなかった。幹部や署長などの重要なポジションに就いていたのも白人ばかり。同じくらい努力しても昇進するのは白人の方。ただ、やり方は不透明で、真っ向から差別だと訴えることができなかった。「『お前は黒人だからこの部隊に入るな』と言う人は誰もおらず、『暗黙のルール』によって巧妙に行われる人種差別には決定的証拠がない」。

ホワイトハウス周辺で抗議デモが行われる中、警備態勢につく警官隊=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

こうした「システミック・レイシズム」をセドリックさんは「米国の歴史の一部」だという。「起源はこの国が犯した『罪』である奴隷制度にさかのぼり、今も性差別、同性愛嫌悪、外国人嫌悪などと共にあらゆる組織の中で続いている」

ホワイトハウス周辺を警備する警官隊の前で抗議デモをする男性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

オバマ大統領からの任命

セドリックさんが警官としてフロリダ州マイアミ・デイド郡で勤務を始める数年前、事件は起きた。1979年、黒人男性が同郡の複数の白人警官から暴行を受け死亡。警官らは証拠を隠蔽して事故を装い、無罪判決が出た。これを受けて、市民の怒りが「マイアミ暴動」へと発展。3000人もの国家警備隊員が機動され、18名が死亡する事態となった。この教訓から「地域警備」というコンセプトが形成され、当時20代後半だったセドリックさんは、警察と地域の信頼関係を構築するプログラムに関わることになった。

ロチェスターの警察署長時代のセンドリックさん、ニューヨーク州ロチェスター、2005年、本人提供

だが、その後も黒人と警官を巡る事件は後を絶たない。2014年、ミズーリ州ファーガソンで18歳だった黒人のマイケル・ブラウンさんが白人警官に撃たれ死亡した。そしてその後、警官が不起訴になったことで大きな暴動に発展する。

これを受けて、オバマ大統領は大統領令を発令し、「21世紀の警察活動に関するタスクフォース」という対策本部を設立した。この時任命された11名のメンバーの一人が、セドリックさんだった。「自分が長年従事してきた警察の信頼構築が大統領令によって蘇った」と、この国にはびこる問題に立ち向かうことを名誉に思ったという。

ホワイトハウスで、オバマ大統領に「21世紀の警察活動」ガイドラインが提出された時に撮った記念写真(セドリックさんは左から3番目)、2015年3月2日、ホワイトハウス公式写真

セドリックさんは、黒人にとって不利な米刑事司法制度の欠陥を克服して国民の信頼を取り戻すには、透明性が鍵だと訴えた。その試みの一つがボディカメラだった。警官がクリップで胸に装着したり、小さなヘッドフォンのように頭や耳にかけたりすることで、市民とのやり取りや事件の一部始終を記録する。実験によると、警官が発砲する割合は、カメラ装着時に87.5%低下し、カメラを着けている警官は、付けていない警官よりも市民からの苦情が59%低かった。

このような実験結果に基づき、ガイドラインでは警官によるボディカメラの着用が推奨され、米司法統計局によると、この指針が出された翌2016年、全米のおよそ半分の警察機関でボディカメラが起用されるようになった。

電柱に上って両手を上げ「撃たないで」と言いながら抗議運動する男性。抗議デモ参加者で賑わうホワイトハウス前の16番通りは「ブラック・ライブズ・マター・プラザ」と名付けられ、新しい標識も加えられた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

黒人が改善できない差別

だが、問題は解決したわけではない。「ジョージ・フロイドさんの身に起こったことは、本当に残酷で、決してあってはならないことだ。白昼に(第三者が撮影した)カメラの前で殺人が行われたのだから。この事件は、警官の冷酷な行為、無慈悲、道徳心の欠陥、そして思いやりのなさを見せつけた。彼らには人間に対するリスペクトのかけらもない」。落胆、悲しみ、憤り、怒り。様々な感情を抱かずにはいられない。「警察に対する軽蔑の目と恐ろしいイメージが、またも人々に植え付けられた」

携帯電話をろうそくのようにかざしながら「リーン・オン・ミー」を合唱する抗議デモの参加者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

警察への信頼を取り戻すには、どうすべきか。「組織に人種差別がはびこっていることが上層部に認識されなければならない。その上で、組織全体で差別に反対するための議論や戦略が必要となる。米国憲法は『一部の人』ではなく『全ての人』に平等の権利を保障する。管理職も新米警官も、一人一人がこのことを理解しなければならない。そのための訓練、教育、管理、リーダーシップが極めて重要だ」

米国では今、警察改革を求める声が再び広がっている。「過去何十年にも渡り積み上げられてきた黒人に対するシステミック・レイシズムと虐待が頂点に達した。今が転換点なのだ」とセドリックさんは訴える。

一方で黒人の立場から差別の問題を解消することはできないと考える。「差別をする側によってのみ事態の改善は可能だからだ。白人は、自分たちで考え、議論し、どのように前に進むべきか、決めなければならない」。黒人への警察の暴力は米国社会全体の縮図に過ぎない。まずは「差別が『ない』ふりをするのをやめ、『ある』ということをしっかりと受け入れることが必要だ」。

ホワイトハウスを囲んで建てられたフェンスの前で拳をあげ、抗議デモする女性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

セドリックさんはロチェスター警察署長、ニューヨーク州刑事司法副長官、国土安全保障省のダラス国際空港(テキサス州)責任者などの要職を歩み、2013年にはジョージア州ディカーブ郡の警察署長代理に就任した。

黒人である限り、人生の中で幾度となく人種差別に遭遇する。これは有色人種として避けて通れない道だ。平等な機会が与えられているのかと疑問に思うこともある。でもそれにとらわれてはいけない。警察という大きな組織の中で人種差別を目撃し、体験し、それでも懸命に働いてキャリアを積み上げ、警察と市民の信頼関係の構築に人生を注いでこれたのは「困難をやる気に変えて、自分を奮い立たせたからだ」と言う。

「人々を尊重し、意見を聞き入れ、市民を守り抜く手本になることが警官の教育に一番大切だ」と語るセドリックさんは、66歳の現在、故郷ペンサコーラの警察で、偏見に対する訓練やリーダーシップを教えている。

 「私たちは戦い続けなければならない」