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新型コロナ対策における専門家と政治の関係

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新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を終え、会見する(右から)座長の脇田隆字・国立感染症研究所所長、副座長の尾身茂・地域医療機能推進機構理事長、西浦博・北海道大教授、武藤香織・東京大医科学研究所教授=2020年4月1日午後7時46分、東京・霞が関の厚生労働省、川村直子撮影

感染症対策などの公衆衛生は疫学的な知見やデータに基づかなければならない。しかし、同時に公衆衛生は人々が感染症の拡大を阻止する意識を持ち、そのための行動をとり、もしそうした意識も行動も伴わない人がいれば強制的に行動を変容させる必要がある問題である。そうした強制力を持つのは政治権力であり、その権力の使い方を決めるのは政治家である。つまり、新型コロナウイルスとの戦いには公衆衛生の専門家と政治が共に行動し、目的を共有し、様々な施策を実行していかなければならない。

しかし、4月7日に発令された緊急事態宣言の下では「人との接触を8割減らす」という目標が掲げられ、その目標があまりにも厳しすぎるがゆえに、この目標を設定した専門家会議、とりわけ、この目標を設定した厚生労働省のクラスター対策班のメンバーで、感染症の数理モデル分析の専門家である西浦博・北海道大学教授への批判が高まっている。専門家会議への批判はさまざまであり、言いがかりと思えるものから妥当なものまで、拾い上げるとキリがないのでここでは取り扱わない。ここでは、専門家と政治の関係がどのような形があり得るかを検討し、新型コロナウイルスとの戦いに向けて、どのような形が望ましいかを論じることで、感染症対策を見るための補助線を引いてみたい。

「科学者の共和国」

専門家と政治の関係を巡る政治学や行政学の分野での研究は古くからあり、その嚆矢となったのはマイケル・ポランニー(Michael Polanyi)の『科学の共和国:その政治・経済理論(Republic of Science: Its Political and Economic Theory)』である。ここでは、科学者が専門的知識を独占することで、その知が権力となって政治権力を動かすという議論が展開され、同時に政治による利害調整や腐敗ではなく、科学的な分析によって政治が行われることはより良い社会を作るものという評価がなされた。この研究は1960年代の科学に対する楽観的なイメージと、政治に対する悲観的イメージを色濃く反映しており、「科学による統治」を礼賛するものであった。

しかし、原子力行政における「原子力ムラ」への批判に見られるように、科学者や技術者が中立的で、公平無私な存在であるということは幻想と言って過言ではないだろう。「原子力ムラ」においても科学者は「原子力を推進する」という価値に基づいた行動を取っており、また研究を進め、そこから得られる利益もある中で、原子力を推進するという立場を強く押し出し、それに反対する存在(いわゆる反原発運動家)は排除するという「共和国」を作っていた。また、国会事故調の報告書では「規制の虜(regulatory capture)」という概念を使って、事業者が規制者を「虜」にしていたと指摘し、原発運転の専門家である事業者が政治権力を行使する規制当局をコントロールしている状態であることを示唆した。もちろん、公衆衛生に関わる研究者が「原子力ムラ」と呼ばれるものと同様の共同体を作っているわけではない。しかし、ある特定の価値観、すなわち感染症を食い止め、人の命を守るという価値観にコミットすることで、それを実現することを優先し、「科学による統治」を目指すというモチベーションを持つ専門家も存在しうるだろう。

「科学を超越するトランプ王国」

科学者が政治を凌駕し、「科学による統治」を一つの極端なモデルだとすれば、政治が科学を無視し、科学的なデータや知見を超越して権力を振りかざすモデルもあり得る。それが極めて具体的に現れているのがアメリカのトランプ大統領である。

トランプ大統領はこれまで地球温暖化問題などに正面から反対し、パリ協定を離脱するなど、科学を軽視し、経済的な利益を優先してきた。新型コロナウイルスの感染拡大に対しても、当初、「これはインフルエンザと変わりない」「いつの間にか魔法のように消え去る」「弾劾裁判で有罪に出来なかった民主党がでっち上げた作り話(トランプ自身はそんなことは言っていないと主張するが、支持者集会でそう取れる内容の発言をしている)」などと発言し、米国疾病予防管理センター(CDC)や中国での感染拡大を掴んだインテリジェンス機関の報告などを無視し、楽観論を展開した。

さらに「ヒドロキシクロロキンは安全で有効だ。失うものはない。服用しろ」や「紫外線を当てたり、消毒液を体内に注入すればウイルスは消滅する」といった、科学的な根拠が全くない発言を繰り返し、本当に実行したら危険なことすら公の場で発言している。トランプ大統領は記者会見の際に新型コロナウイルス対策チームのバークス博士やファウチ博士を伴って発言しているが、しばしば彼らの発言と矛盾する発言をしたり、彼らの発言を遮ったりもしている。

さらには、国民が外出禁止令に対して不満を持ち、経済再開を求めるデモを行っていると、トランプ大統領は「ミシガン州・ミネソタ州・バージニア州を解放せよ!」とツイートし、感染拡大が収まっていないと知事が判断しているにもかかわらず、経済再開をけしかけている。なお、この3つの州はいずれも民主党が州知事であり、ミネソタ、バージニアは2016年でトランプが負けた州、ミシガンはギリギリで勝利した州である。

このように「トランプモデル」とも呼べる、「科学を超越した政治」を実行するケースが多いわけではないが、ブラジルのボルソナロ大統領も「トランプモデル」に近い立場を取っており、必ずしも「トランプ王国」特有のものではない。しかし、専門家を意見を無視し、自らの政治的利益を優先して判断するというケースが存在することは間違いない。

日本における専門家と政治のバランス

「科学者の共和国」も「科学を超越したトランプ王国」も極端なモデルであり、実際の新型コロナウイルス対策はこの両者の間のどこかで落ち着くのが一般的である。では、新型コロナウイルス対策に見られる専門家の役割をどう見るべきなのだろうか。

日本における新型コロナウイルス対策の一つの特徴は、「クラスター対策」という戦略をとっていることにある。これはWHOの西太平洋地域事務局長を務め、鳥インフルエンザ対応で尽力した尾身茂・地域医療機能推進機構をはじめ、同じくWHO西太平洋地域事務局でSARS対処の陣頭指揮を執った押谷仁・東北大教授などによって構成される専門家会議が、中国での感染者データの分析から、多くの患者が他者に感染させていないにもかかわらず、特定の患者が多数に感染させるという特性があることを発見し、それに基づいて感染力の強い感染者を追跡し、濃厚接触した人たちを検査の対象にすることで感染拡大を防止するという戦略である。この背景には、日本における医療資源の脆弱さ、すなわち検査態勢が十分に整っておらず、検査数に限界があること、また新型コロナウイルスが感染症法に基づいた指定感染症となったため、検査で陽性が出た場合は入院させることが義務づけられていること、さらには重症者を治療する集中治療室の病床が少ないことなどがあり、そこから生み出された戦略であった。

こうした戦略は当然科学的データと知見に基づいて作られている。政府はこの専門家が立てた戦略が現在の日本の状況に合致したものであると認め、科学者の提示する戦略をそのまま実施することとなった。2月中旬から北海道で感染の拡大が認められ、その対処としてクラスター対策を基礎とする戦略を適用したところ、大きな成果を上げ、北海道は3月19日に鈴木直道・北海道知事が法的根拠の無いまま発出した「緊急事態宣言」を解除すると宣言した。この時までは感染者の数が少なくクラスターを追跡することで感染拡大を抑止し、一定の経済活動を維持したまま、感染症対策が出来るという期待があった。この時点で政治と専門家の関係においては専門家が優勢な状況であった。

しかし、3月20日から始まる三連休で状況が変化した。北海道での感染が収まりつつあり、「緊急事態宣言」が解除されたことで、全国的に感染症対策に対する警戒感が緩み、好天に恵まれたこともあって多くの人出が見られた。この時を境に感染が急激に拡大したと見られ、また感染経路がわからない感染者が増えたこともあり、医療資源の乏しい地域や、感染拡大を阻止するためのより強力な手段を求める自治体の圧力が高まり、東京都は独自に外出自粛要請を三連休が明けた3月25日に発出し、そこから新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言を求める圧力が高まった。と同時に、法的根拠をもって外出自粛要請が出されるなら休業補償をすべきとの政治的圧力も高まった。その結果、4月7日に安倍首相は緊急事態宣言を発令したが、当初は感染が拡大している7都府県に限定したものであった。ここでは政治と専門家のバランスは感染拡大を防止するという専門家の求めよりも、政治的な要求や経済的影響に対する配慮、さらには経済支援策などの調整を優先した判断がなされた。つまり、専門家よりも政治が優勢に立った状態になった。

ここから急速に西浦教授をはじめとして、専門家会議やクラスター対策班のメディアの露出やSNS、ウェブ記事などを通じた発信が強まっていく。そこで伝えられるメッセージは、5月6日までの緊急事態宣言の期間、人との接触を8割に削減し、感染のペースを遅くさせることでクラスター対策が可能な水準まで新規感染者数を減らす、というものである。このメッセージは政治をバイパスする形で発せられ、専門家たちが自らのメッセージを国民に押しつけるかのような印象を生み出す結果となった。しかし、結果としてこうしたメッセージを政治のサイドも受け入れ、当初「最低でも7割、出来れば8割」の人との接触削減を求めていたのに対し、政治から発せられるメッセージも「8割削減」となった。この時点で専門家が政治に対して優勢な状況となり、政治の側も「専門家の意見を聞いて判断する」との姿勢を見せるようになった。そこには政治の側にも経済的な配慮や各種業界団体への配慮などよりも感染症対策を科学に基づいて行わなければならないという意識の変化があり、他方で当初は強い反発をもたらした緊急事態宣言だが、時間が経つにつれて国民の間の理解も深まり、社会的規範意識が醸成されたということもあるだろう。

今後のゆくえ

新型コロナウイルスとの戦いはまだ始まったばかりである。この感染症の恐ろしいところは、無症状の感染者でも感染力を持ち、発症前であっても感染するため、感染者を発見することも難しく、感染者を隔離してウイルスを封じ込めるという決着を付けることが出来ないことである。また、感染後に回復した人が再度陽性になるケースも少なからず報告され、回復後に十分な抗体が形成されないケースもあり、感染を通じて集団免疫を獲得することも難しいという問題もある。そのため、この感染症を収束させるためには有効なワクチンが開発され、それが国民の大多数に接種されなければならないが、それまでどのくらいの時間がかかるか見通せない状態である。そうなれば、この感染症とうまく付き合いながら、長期戦を戦い抜く体制作りが必要となる。

その意味でクラスター対策は有効な戦略である。現在求められているのはクラスター対策を可能にするために、新規感染者の数を減らしていき、医療崩壊や感染爆発が起きないようコントロールしながら、経済活動を続けていくことである。そのためには、専門家による知見と科学的データに基づく判断、それと同時に感染を広げないように慎重に調整しながら、経済活動を再開し、過大な経済的ストレスをかけないことが重要となる。

その際、重要になるのは専門家と政治が対抗的な関係になるのではなく、共に目標と優先順位を共有し、共に情報発信することである。これまでは専門家が感染拡大防止を、政治は経済活動や財政問題を重視し、バラバラに情報発信していた(首相の記者会見には尾身専門家会議副議長も同席するがあくまでも説明者としての役割しか与えられていなかったし、西村大臣のぶら下がりにも科学者が同伴することはなかった)。しかし、政治が「8割削減」に収斂したことで、専門家と政治の目標は共有され、同じ方向を向いて対処するようになったと見て良いだろう。今後求められるのは、両者が協力してメッセージを発し、国民に現状を納得させる作業である。つまり、政治がリーダーシップを発揮し、どうすれば感染症が治まるのか、どうやって長期戦を戦うのかというビジョンを示し、それを専門家が科学的なデータと知見で裏付けすることである。その両輪が噛み合って初めて国民は納得し、自らの行動を変容させ、新型コロナウイルスとの長い戦いを共に戦い抜くことが出来ると考えている。