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新型コロナウイルスへの対処と日米同盟

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
ソウル郊外の高陽市では、新型コロナウイルスの検査にドライブスルー方式が登場した=同市提供

■米軍が本当に重視する、同盟国の感染状況

前回の本コラムでは、「1918-インフルエンザ(スペインかぜ)」の経験から感染症対策を軍事的観点から極めて重視している米軍では、「パンデミックを抑え込むには、絶対に事実の隠蔽や歪曲を避け、真実をありのままに語ること」を教訓としていることに触れた。

中国軍関連情勢を常日頃、分析している米海軍情報関係者などが、中国武漢で新型ウイルスが発生し、感染が拡大しているらしいとの情報を得た昨年12月中頃から現在に至るまで、中国当局の発表する数字に全幅の信頼を置いていないのは無理からぬところである。

もっとも、2002~03年にかけて重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際、中国当局によるデータ隠蔽が著しく中国の国威を傷つけた。その教訓から、今回の中国共産党による情報操作は、SARS当時に比べれば改善されている。少なくとも、武漢でのアウトブレークを公表して以降のものに関しては、ある程度参考に堪え得るものと考えられている。

とはいえ、米軍(そしてトランプ政権が打ち出したアメリカの安全保障戦略ならびに国防戦略)にとって中国は仮想敵国筆頭に位置づけられている。その中国当局が発表する統計を真に受けないのは当然だ。むしろ、米軍当局者にとって慎重に見極めなければならないのが、同盟国や友好国での感染状況である。

なぜならば、それら諸国との間には軍事交流(合同訓練、セミナー、高官の相互訪問など)が頻繁にあり、日本をはじめとする同盟諸国には多数の米軍部隊が駐留し、それら将兵や軍属、その家族といった数多くの米国市民が滞在しているからだ。同盟諸国などで感染拡大が深刻なレベルに達すると、米国市民への感染の危険が増大するだけでなく、米軍の戦力が低下する恐れもあるからである。

対中国戦略に関係する軍関係者たちと違い、トランプ政権は2月末まで新型コロナウイルスに対する関心は極めて薄く、対策に本腰を入れ始めたのは3月になってからだった。しかし、すでに米軍当局は、各国の感染拡大状況や対処状況の把握に努め、トランプ政権が渡航規制や国家緊急事態宣言を発する以前から、米軍関係者の移動制限や外国軍関係者の米軍施設訪問制限などを実施していた。

■高く評価されている台湾

同盟友好諸国や地域で、もっとも評価が高いのは台湾の対応である。米海軍情報筋で新型ウイルスが取り沙汰されはじめた12月後半にはすでに、蔡英文(ツァイインウェン)政権は武漢からの直行便航空機内での検疫活動を開始。武漢での感染拡大が公になると、間髪を入れずに1月26日には湖北省から台湾への渡航を禁止にしてしまった。

続いて、台湾域内に滞在している中国人留学生などの隔離を開始して、中国人留学生から「人権侵害だ」といった声が上がるほどだった。さらには、素早く中国全域からの渡航制限を開始した。こうした厳格な水際対策と並行して、2月初頭から政府による台湾市民と台湾滞在外国人に対するマスクの配給コントロールなどの厳格な新型コロナウイルス対策も実施された。

買い占めや値段のつり上げを防ぐため、台湾では2月、指定薬局で健康保険カードを示してマスクを購入する仕組みが導入された=台北、西本秀撮影

米軍情報担当者などの間では当初、「中国本土との人的交流が密な台湾は『悲劇的状況』に直面するかもしれない」と考えられていた。ところが、台湾当局が効果的な危機管理対策をスピーディーに実施したため、台湾での感染確認者数は極めて低い数字に抑えられている。拡大スピードも緩やかなまま推移している。台湾は「悲劇的状況」どころか、「中国との直接交流が密接であった国々の中では、最も新型コロナウイルス拡大を抑え込んでいる国」という高評価を得ているのだ。

■日本の検査件数の少なさ

米軍にとっては、台湾同様に同盟国である日本や韓国の感染状況も大いに気になるところである。

2月中旬までは韓国は台湾と同様、日本よりも感染確認者数は低かった。例えば2月18日のworldometerのデータでは、中国の72438人に続く感染確認者数は、ダイヤモンド・プリンセス号542人、シンガポール77人、日本66人、香港61人、タイ35人、韓国31人、台湾22人、マレーシア22人……などとなっている。ところが大邱でのアウトブレークが確認されて韓国は危険な状況だと判断すると、米軍関係機関は素早く韓国との交通制限を開始した。

その後も日本での感染確認者数は、中国からの渡航制限が緩い状態が続いたにもかかわらず、極めて緩やかな増加カーブを描いていた。そのため、同盟国日本での感染症拡大封じ込め対策は、ダイヤモンド・プリンセス号での検疫停留の大失態は別として、比較的順調に進んでいるものと考えられていた。

ところが、アメリカ自身が新型コロナウイルスの水際対策に失敗し、アメリカ国内で感染拡大防止策と被害管理対策に本格的に取り組み始める段階になり、米軍関係者らが韓国以上に大規模な戦力を駐留させている日本での感染状況をより注意深く検討してみると、若干の疑念が生じてきたのだった。

もちろん、米海軍情報関係者としては同盟国の日本を中国のように疑いたくはない。しかし、日本関連情報の中には日本政府の言動を鵜呑みにはできないと米海軍関係者に考えさせざるを得ないような情報も少なくない。

例えば、日本での感染者数が比較的少なく、増加カーブが緩やかなのは、PCR検査の実施数が韓国やイタリアは別としても、その他の先進諸国と比較して少ないためではないのか、という疑いが米軍関係者に生じているのだ。

実際、オックスフォード大学が公表している調査データ(Our World in Data)などによると、日本で実施されたPCR検査数は、諸先進国と比べるとかなり少ないとみなさざるを得ない。Our World in Dataが示している3月20日までのPCR検査実施累計数の国際比較によると、日本は14901件で台湾の21376件、英国の64621件、カナダの113121件、米国(連邦政府CDCによる実施数とその他の機関実施数の合計)の141591件、などを下回っている。もちろん、感染確認者数が膨大な数に上っている中国、韓国、イタリアでのPCR検査数とは比較にならないほど少ない。

国ごとのPCR検査実施件数(Our World in Dataのサイトから)

同じくOur World in Dataが示している3月20日までの国民100万人あたりのPCR検査実施件数の国際比較によると、日本(117.8人)、米国(連邦政府CDC以外の機関が実施した件数のみで算出:313.6人)、フィンランド(537.6人)、フランス(559.1人)、台湾(898.9人)、英国(959.7人)、ドイツ(2023.3人)、カナダ(3389.7人)、韓国(6148人)、アイスランド(26772.3人、ただし国民総人口が少ないため検査実数は9189人)。オックスフォード大学によるこの集計は、日本での検査実施は絶対数でも人口比でも諸外国に比べてかなり低調であることを示しているのだ。

100万人あたりのPCR検査実施件数(Our World in Dataのサイトから)

厚生労働省は日本でのPCR検査実施能力について2月中は3800件、そして現在は6000件超はある、と公表している。とすれば、もし日本政府が主導して2月上旬から毎日1000件ずつ検査をしていれば、3月中旬までには4万件以上、3月から2000件に増やしたら6万件以上、同じく3000件に増やした場合には8万件以上の検査が実施できる能力を持っていたことになる。

にもかかわらず、日本でのPCR検査の実施が極めて低調であることを示す数字が出ていることは事実である。日本政府や衛生当局関係者などの言動から日本での検査能力レベルをある程度は認識している筆者周辺の米軍情報関係者や研究者などからは「世界中でこれだけ新型コロナウイルス感染確認者数が増大しているのに、(上記オックスフォード大学のデータのように)日本ではPCR検査実施数が少ないのは、そもそも日本にはPCR検査を実施するべき感染可能性の症状が出ている人が、極めて少数しか発生していないに違いない」と米軍関係者は受け取らざるを得ない。するとその次には「なぜ日本人は新型コロナウイルスに感染しないのだろうか?」といった命題が論じられ始めている。

一方、「GOD以外は全てを疑え」をモットーとしている米海軍情報局関係者たちの間には「日本人だけが新型コロナウイルスに感染しにくいというのは、科学的説明が提示されるまでは受け入れ難く、別の理由があるに違いない」との疑義も生じているのだ。

すなわち、上記のオックスフォード大学が公表しているPCR検査数が概ね正しいものとするならば「検査能力が欠落しているとは考えられない日本での検査実施数は、日本と同等の検査能力を備えているであろう諸国と比較すると、あまりにも少なく、日本政府が何らかの理由でスクリーニング段階においてPCR検査の実施を制限しているのではなかろうか?」という疑義である。

WHOは「感染拡大を低下させるためには可能な限り数多くのPCR検査を実施しなければならない」という呼びかけを行っており、実際、筆者が住んでいるハワイ州では、感染確認者が発生し始めたため急激に緊張感が高まり、急遽ドライブスルー方式でのPCR検査をはじめた。もちろん、政府機関や民間の専門クリニックでの検査も実施している。ドライブスルー検査を受ける際の条件は、

(A)最近ハワイ州外に旅行した経験がある者、あるいは、医療機関、観光業者、刑務所、ホームレス関係施設など潜在的感染者と直接接触する機会のある者、かつ

(B)咳、熱、息切れなどの症状がある者、といったものである。その流れは、事前に医師や保健所へ連絡する必要はなく、検査を受けたい者は直接PCR検査場に車で出向き、検温や問診によるスクリーニングを受けた後、検査に進むという、単純明快な手続きでPCR検査が実施されている。

実際のところ、感染症対策の教科書で理想とされる「緩やかな感染者増加カーブ」に則った低水準での増加傾向を示しているのは、Our World in Dataによると3月23日現在で感染確認者数が1000人以上の26カ国では、日本だけである。この「カーブ」が、ますます上記のような日本政府に対する米軍関係者たちの疑惑を増進させてしまうのだ。

感染確認者数の推移(WorldmetersのデータをもとにCNS作製)

上記のように、いくら自衛隊が信頼に足る友軍であっても、その自衛隊をコントロールする日本政府が信用できないとなると、有事における日米同盟に信頼を置くことはできないと米軍そして米政府が考えるのは当然である。今後も日本政府が日米同盟を最重要に考えるならば、新型コロナウイルス対策においては真実をありのままに語り、国際的信用を低下させることだけは避けなければならない。